第17話
愛花
上手く出来ないのは分かってる。
なんでもそうだった。
「ちょうだい!」
ディフェンスが手薄な場所へ走り込み。斎藤さんへ向かって声をかける。
私には大体のことは出来ない。
芽衣が言うように私はダメ人間なんだと思う。
それは気にしてない。昔からそうだもん。
よく転ぶし、集中力もあまりないし怠け者。
「まったく……本当に上手くいくの……?」
斎藤さんからワンバウンドで回ってきたパスを受け取る。
斎藤さんは私のことを嫌そうにしているけど、渋々ボールを回してくれた。
私はダメな人間で、迷惑をかけちゃってるけど……今回は芽衣が根気強く付き合ってくれた。
ダメで良いとかダメな私が好きって芽衣は昔言ってくれたけど、私は頑張りたい。
ダメで良いと言われたからってダメなままでいるのは、良くないことな気がする。
従者は仕える主人の出来で格が決まるのだ。
葉矢川の娘である以上、従者を抱える主人である以上、その意識だけは忘れてはいけない。
それに私は私が褒められることで、あの子が褒められて欲しい。
芽衣が付き合ってくれたから、私は出来るんだって誇りたい。
「ふんっ!」
両手でボールを持って練習の時みたいに、ボールを投げた。
前半は上手く動けなくて、一際嫌そうにしていた斎藤さんの顔は、ゴールネットの音をきっかけに晴れた。
晴れたというより、弾けた。
「やった!」
芽衣のほうを一瞬見ると、あの子は笑ってこちらを見ていた。
いつもこちらを見て幸せそうにしているあの笑顔が、私はどうにもたまらなく大好き。
いつもはダメな時にあの笑顔を見てるけど、今回は上手く出来た時にそんな笑顔を見れている。
汗をかいた身体よりも、心の温度が上がっている。
「マジか、シュートは出来るんだ……」
そんな声を漏らす彼女とも目が合うと、視線がさっきまでのチクチクするものとは違うものに変わっていた。
それが嬉しくて口角が自然と上がる。
「私、頑張るから!」
「……ディフェンス!」
そう伝えて守備をしたり攻撃に回ったり、短い時間で何度も攻守が入れ替わっていくなかで、少しずつ私たちのチームは追い上げていった。
「葉矢川さんマークして!」
そう言われても、気にせず練習通りにシュートをした。
そして、それは外れない。
芽衣と練習したんだから、外すわけがないという自信まで生まれてる。
「また入った!」
「あの投げ方ヤケクソじゃなくて狙ってるの!?」
ゴールネットを揺らすたびにいろんな声が上がる。
嬉しい。気分が良かった。
「葉矢川さんって先週は全然出来てなかったよね?」
「種市さんと練習したんだって」
「へー凄いんだね、やれば出来るんだ」
そんな声がコートの外から聞こえる。
嬉しい。芽衣のおかげでこんな風に言ってもらえて、爽快な気分。
風通しの良い部屋にいる気分。
ほら、芽衣のおかげで私も出来るご主人様になれたよ。
あなたのおかげで……。
「えっ?」
攻守の変わり目でチラッと芽衣の方を見ると目が合った。
彼女の方が遅れて私の視線に気付いた。
その時に一瞬だけ焦りの顔を浮かべてから、ぎこちない笑顔を返してきた。
さっきのポカポカした笑顔ではない。
「芽衣……?」
それにその前、こちらの視線に気づく前。
彼女はさっき私のことを話していた話していたであろうグループを、冷たく睨みつけていた。
落ち着かない様子で爪をいじりながら。
(怒ってる……?)
ディフェンスにつきながらも気になった。
何が気に食わなかったんだろうと考えながら、一生懸命に手を広げてコースを塞ぐ。
ただ頭にチラつくあの顔。
イライラしてる時に芽衣はいつもあんな顔になっているけど……なんで?
なんで今、そんな顔をしていたの?
その後も芽衣の顔を何度か確認したけれど、少し考え事をしているくらいでさっきの険しい顔が嘘のように穏やかにこちらを見ていた。
そして、そんな考え事をしながらも、試合の時間は過ぎていく。
「あと10秒」
ぼんやりと考えながらそれに集中できるほど、余裕はなかった。
ただ試合の終盤、一点差のこのタイミングでボールが回ってきた。
「葉矢川さん! 決めて!」
そしてボールを受け取った瞬間、いつの間にか芽衣が視界に入る位置へ移動していた。
そして、左手を添えるタイプの綺麗なシュートのジェスチャーを、こちらに見せた。
「うん……っ?」
何を……と思った瞬間、神経に鎖が絡まったような感覚を覚えた。
(あれ、どうシュートしてたっけ……!?)
と思うまま、身体は流れてボールを放った。
どう動いたら良いかが頭の中から抜け落ちて、とにかくボールを高く投げた。
「……はい、試合終了! ブザービーターならずだな。じゃあ次、後半チーム。軽くアップしてすぐ試合」
最後に打ったシュートは変な方向へ飛んで外れ、先生の笛ですぐ空気が切り替わった。
「ナイスプレイ、最後は惜しかったけど良かったよ」
「お疲れさま」
「本当に練習してたんだね」
「……ありがとう」
コートを出る時、斎藤さんやチームの子達にそう言われた。
みんなに褒められて悪い気分はしなかったけど、少しだけ引っかかった。
△
試合後、更衣室で芽衣から直接労われた。
「良かったですね、練習の甲斐がありました」
「……わざとやったでしょ」
そうハッキリと言葉にすると、すでに着替えを終えた芽衣は目を丸くしてこちらを見下ろしていた。
「何がですか?」
「シュート打つフリ、これ見よがし」
「……ブザービーターでかっこいいお嬢様を見たかったですから」
本音を隠すような笑顔を、彼女は崩すことはなかった。
いつもそうだ。
私を褒めたりするときの芽衣の笑顔は、何かを含んでいる。
それが悪い感情ではないのは分かるけれど、どこか違和感がある。
現に今回だって満足そうにしているけれど、その中身が今ひとつ見えてこない。
ただ分かることはその言葉が嘘だっていうこと。
「ブザービーターって、あんな風にされたら失敗するって分かってたでしょ」
「失敗しても可愛かったので、良かったですね」
良かったのは芽衣だけじゃない……?
混乱するからそのままでいいって自分で言っておいて……。
正直こんなことをして何を狙ってるのか分からない芽衣だけど、普段とは違う種類の笑顔で私を見ていたのだから……まぁいいか。
芽衣がそんなふうに言うってことは、それが正しい形なんだろう。
どっちにしろ途中まで上手く行ったからよし!
最後が締まらないのがいつも通りって感じであれだけど、うん。
これでよし。
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