第9話

   愛花


「おはよー!」


 両手で目一杯、友人2人に声をかける。

 気を使わせないように遠くに送迎車を止めてもらって、そこから少し歩く。


 2人で、時には芽衣に不安を漏らしながら。


「変じゃないかな……?」


 正直、服装とかあんまり自信がない。

 いろんなものを見すぎているのもあって、何が正しいのか良くわからない。


 そんな不安な中でも芽衣は「大丈夫ですよ」と笑ってくれた。


 優しく、穏やかに、こちらを安心させるような笑顔で。

 幼馴染じゃなく従者モードの芽衣でも、その笑顔に違いはない気がした。


 そんな笑顔が私に自信をくれる。


「あ、愛ちゃんおはー……っ!?」

「愛花ちゃんおはよ……およ?」


 駅前のモニュメントで話していた2人がこちらを見た瞬間、同時に表情が固まった。


「おはよう。麻里亜、未来」

「おはよっ! 2人とも早いね」


「「あー! ……っ、おはよう」」


 目と言葉をシンクロさせてこちらを見る2人。

 なんだか上に下にと視線が泳いでいた。


 私を……見ている? 何かおかしいのかな……?


 少しばかり口を閉じて、考えて納得した。


 あーやっぱり。


「やっぱり私の方が決めすぎて温度差あるよね」

「えっ」


 あれ? 違う?

 予想と少しずれた反応に心の奥がザワついた。


 とにかく落ち着くために芽衣へと視線を移す


「ほら、やっぱり芽衣もキメキメにするべきだったんだよ。私プロデュースで」

「えっ」


 そう伝えると芽衣の方は顔色を変えず言葉を詰まらせた。


 その一瞬で理解した。


 未来ちゃん達がこちらを見て目を泳がせているのは、明らかに私達がおかしいからだと。


 それに、この視線には覚えがある。この高校に入学した時に受けた視線。

 従者を引き連れた令嬢である私を不思議そうにクラスのみんなが見ていた。


 あの時の視線だ。


 自分の思ってることと、相手の思ってることの間にギャップがある時の視線。

 私はこれでいいと思ってるけど、実際は違う時の目だ。


「ほら、だから出る前に言ったでしょ? 私ばかりがキメキメでバランスおかしくないかなって」

「あー、そうかもしれませんね。少し間違えたかもしれません」


 こちらに合わせるように笑う芽衣に「仕方がないなぁ」と笑顔を合わせて2人を見ると、2人とも笑っていた。


 その2人の笑顔は、少しだけ表情が強張って見えた。


「あっ、ほら。早く並ぼっ!」

「そうだねぇ、あそこ凄い並ぶんだぁ。愛ちゃんってそういえば行列は大丈夫?」

「大丈夫だよ! 並ぶのも楽しみ」


 おぉ〜と帳尻を合わせるように、2人声を合わせて歩き出す。

 背中を追うようにして、並んだ。


 並ぶなんていう新鮮な感覚はとても楽しかった。


 2人の視線の動きや瞬きの多さが少し気になったけど、何気ない話をしながら時間を潰すことはとても楽しくて、嬉しかった。


「並ぶってほとんどしたことないけど、楽しいね」


「そうなんだぁ、たしかに愛花ちゃんのお店って並ぶほどの人が来れなそうだねぇ」

「それに完全予約制になってそー」


「そんなこと……あるのかな?」

「ありますよ。外で食べる時は私が予約していますから」


「うわーお嬢様だねぇ」

「種ちゃんスパダリ〜、愛ちゃん何も出来なくなっちゃうんじゃない?」


「そもそもお嬢様に出来ることはほとんどないよ。未来」


 ……むっ。

 なんて心の奥で何かが唸った。

 芽衣の砕けた口調が気になる。


 いつも通りに私のことをこき下ろすのは、もう慣れたと言うか芽衣の甘噛みのようなものだから気にしない。


 ただ……そのタメ口はズルい。


「全部芽衣がやってくれるから私は何も出来なくていいの!」

「胸を張らないでください、未来や麻里亜に迷惑かけるかもしれないですよ」

「私はいいよぉ、友達だし」

「いいもん、迷惑かけるのは芽衣だけにするから」

 

 ただ小さな嫉妬を表に出すことなくこなしてみせる。

 主人たるもの、それくらいは出来ます。


 そんな感じで学校でするような本当に何気ない話題をしながらお店の順番を待つのは、とても楽しかった。


 車の中で芽衣とお話をしながらお店に到着するのを待つ時間も好きだけど、こっちも楽しい。


 私が麻里亜ちゃんや未来ちゃんと同じ世界で呼吸が出来てるんだと安心する。


 一人ぼっちじゃない。

 クフフと胸の奥が笑顔になってしまうほど嬉しい。


「それでー……あっ、そうだ。種ちゃんってさ、1日のうちどのくらい愛ちゃんと一緒なの? バイトみたいにシフトがあるの?」

「シフトというか……屋敷の掃除とかの雑務がない時は基本的に一緒かな、あとは呼び出されればすぐ駆けつけるかな」


「そうなんだぁ、芽衣ちゃんは愛ちゃんの執事だねぇ」

「従者だからね。麻里亜の言う執事みたいなものだよ」


 でも、2人からはどことなく距離を感じる。


 視線が顔以外にチラっと動くのが少しだけ気になる。

 んー……やっぱり格好かな。


 視線の動き的に多分私……だよね。


 そう考えた瞬間、思い当たる。


(もしかして……かな……?)


 やっぱり見栄を張るべきじゃなかったのかな。

 そんな少し薄暗い罪悪感が、お腹の奥底から噴き上がった。


「お兄様は優秀だけど妹の方は……」


 誰もそんなことを言ってないのに、頭の中に言葉が響いた。

 ざわざわと鳥肌を撫でるように、嫌なものが体を上がってくる。


 もう芽衣と再会して気にも止めなくなったそんな陰が足元に伸びた気がした。


「お嬢様?」

「えっ? あ、なに?」


「疲れましたか? かれこれ30分くらい立ちっぱなしですけど」

「えっ? 愛ちゃん大丈夫?」


「疲れた? まだかかりそうだけど……列抜けて空いてるカフェで休む?」


 別のことで気を遣わせたことに気付いて、背中に氷を入れられたような冷たい感覚が走った。


 けど、それをブルンと身震いで弾くように笑ってみせる。


「大丈夫だよ! 疲れたら芽衣におんぶしてもらうから」

「あなたは子供ですか?」


「子供とか以前に従者なんだからそういうものでしょ?」

「はいはい……」


 呆れる芽衣を眺めて、それを見て笑う麻里亜ちゃん達を見て安心する。


「いっつも未来ちゃんは調子のいいこと言うよねぇ」

「えー! 調子いいかな? うん、たしかに絶好調かも」

「そういうことじゃなくてぇ、前もノート貸してあげたでしょ〜?」


 そうして話していくうちに、2人が中心のテーマになった。


「ねぇねぇ……」


 そしてそのタイミングを見計らってポンポンと私は芽衣の肩を叩き、耳を貸すようにジェスチャーをする。

 なんですか? と屈んだ彼女に、私は気になっていたことを耳打ちした


「……やっぱりオシャレじゃなかったかな?」


 やはり2人は服装を見ている気がした。


 私と芽衣のファッションにギャップがあるのは分かってる。


 けどやっぱりそのギャップを生んでいるのは私じゃないかと、少し……少しだけ不安になった。


 そう声をかけた瞬間に、芽衣は親指の爪を口に運びそうになったのを堪えた。


「ダメですよお嬢様、そんな不安そうな顔をしては」

「でもさ……さすがにもうちょっと大人しくすべきじゃなかったかな? ほら、周りを見てもこんな色をいっぱい使ってる人なんていな……」


「周りの視線で納得してはいけませんよ。言いましたよね? おしゃれは自分が納得するかですよ」


 芽衣はこちらを糸で縫い止めるように強く視線を向けて、静かに言葉にした。

 ただ、そんなことを言われても2人の視線が気になる。


 穏やかに笑っていつも安心をくれる芽衣だけど、今はその顔と同じくらい2人の表情が気になるんだ。


「それでもさ……このニットくらいは脱げばそれっぽくな……」

「……少しだけ待っててください」


 私の言葉が最後まで口から出ることなく、焦った様子で芽衣はそう制した。

 そして私の顔を見下ろして、口角を上げて笑うと視線を前方の2人へ向ける。


「ちょっと麻里亜、未来、良いかな……」


 さらに彼女は2人で話していたのを遮り、麻里亜ちゃん達の方へ体を寄せた。

 何かを不安に覚えるように


「芽衣……?」


 こそこそと打ち合わせするように話をしている。

 なに話しているのかな……?


 気になって少しだけ耳を近づけようとした時に、弾けるような声が飛び出した。


「えっ!? 愛ちゃんマジ!?」

「うわっ!」


「愛花ちゃん、早く言ってよぉ!」

「えっ!?」


 すると2人はうわぁっと声をあげて私に抱きついてきた。

 まるで泣きそうな勢いで「愛花ちゃん」「愛ちゃん」と私の名前を呼びながら。


「ちょっ、ちょっと2人とも……!」


 肝心の芽衣は……一歩引いたところで穏やかに笑って、その様子を眺めていた。


「何したの?」

「正直に伝えました。あなたが見栄を張ってたこと」


「えっ!?」


 嘘でしょ……?


 唖然としそうになってしまったけれど、そんな間もなく私を抱きしめる2人が今にも泣きそうな声を出した。


「なんだよー! 言ってくれればよかったじゃんかー!」

「頑張ったんだねぇ。おしゃれしてくれたんだねぇ」

 

「いや、でも、おしゃれ上手く出来なかったよね」

「そんなことないよぉ」


「そうだよ! 愛ちゃんが私たちと遊ぶのを楽しみにコーデ考えてくれただけで愛おしいよ! 素敵なファッションだよ!」


「ほら、言いましたでしょ。自信を持てばいいんですよ」


「そ、そうかな……? えへへ、そっか。なら結構ファッショナブルかもね、私」

「ええ、愛花様」


 彼女はした下唇を内側に巻き込んで湿らせると、芽衣は満足そうに笑った。

 私はこの笑顔が好きだった。


 それはもう、蜂蜜をかけて食べてしまいたいくらい。


 この子は……本当に私のことが好きなんだと伝わってくる。

 仕事だったらこんな笑顔はしないはずだ。


 私を想っているからこうして動いてくれて、救ってくれる。


 そうして救われた私を見て、笑うんだ。


 彼女がいれば私は安心だと、確信できる。


 葉矢川の家でも、外でも、芽衣と一緒にいると私は気分が高揚する。


 大好きな人といるということにじゃない。


 こうして世話を焼いて笑ってくれるのが、私を温めてくれているみたいで……素敵な気持ちになる。


「ありがとう、芽衣」

「いえいえ、仕事ですから。愛花様は愛花様でいてくれればいいんですよ」


 その言葉が……なによりも嬉しい。

 ずっとずっとずーっと、私は彼女を信じてるから。


「あれ? すみませーん次の方は……」

「あっ、ほら愛ちゃん行こうよ!」

「そうだね!」


「愛花ちゃん生クリーム好きだもんねぇ」

「太らない程度にしてくださいね」


「良いと思うよぉ、ずっと立ってたからねぇ」

「そーそー大丈夫だよ! あ、すいません4人ですー!」


 そうして私たちはパンケーキを食べた。


 太らないようにと言いつつも、生クリームが苦手な芽衣は私に一部を分けてくれた。


 友達とこうして休日に何かを食べに出かけることが楽しくて、幸せだった。


 不安な気持ちを芽衣が晴れ模様にしてくれた。

 そんな日にに食べたパンケーキの上に乗る、沢山の生クリームは最後の一口まで甘かった。


 体すらも室温で溶けてしまいそうなほどに。

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