第7話

 その夜、帰って早々に部屋に来るよう言いつけられた。

 用事があるということだったが。


「……それで、ラックを用意してほしいと」

「うん。お願いできる?」


 ベッドに制服のまま腰をかけ、目を泳がせたまま愛花は口にした。


「分かりましたけど、どうして急に?」

「自分で服を選びたいの」


「あー……」


 あの時の見栄のことを気にしているようだった。


 服の数を過少申告し、自分で服は選んでるという見栄。


 麻里亜や未来にはそう言っていたけれど、実は私が選んでいる。


 理由は至極単純。


「多すぎて前にどれ着たか忘れちゃった」

「んーどれにしようかなぁ、迷う……」


 おしゃれも好きだし、アメリカラッパーの如くお金をばら撒いて服を買うのも好きな愛花。


 あまりにも多い選択肢からスタイリングの方向性すら決められず、もし彼女だけで服を選ばせたら軽く睡眠が取れるだろう。


 それに多すぎて彼女自身も、何のアイテムがどのくらいあるかを把握出来ていない。


「ちょっと服が多いよね。私でも流石に分かるかも」

「かもって……旦那様のお金で爆買いしておいてよく言いますね」


「別にお父様は許してくれてるもん」


 本当にこの人は……。


「協力してくれない?」

「はぁ……仕方ないですね」


「ありがと! 芽衣大好き!」


 満面の笑顔でこちらを見る愛花。


「はいはい、ラックを持って来させましょう。業者みたいな量ありますし、どうせ選ぶのにまた時間もかかるので」


 ただ私がそう返すと、彼女は目を細めた。


「どうせってなに」


「どうせはどうせです。せっかくでしたらもっと減らしたらいかがです? 決めやすくなりますよ」


「減らしてはいるじゃん。侍女とかお手伝いさんの家族や親戚にあげたりしてるし」


「出ていく量と同じ量を買ったら意味ないでしょう」

「いいの! 早く持ってきて!」


 ワガママお嬢様仕草でプイと彼女は背中を向けた。

 まぁいつものことなので私も言われるがまま、衣装部屋まで向かって他の人間にも声をかけてまとめて部屋にラックを運び入れた。


 ラックは4台、1台につき30着前後。


 しかもどれもハイブランド。


 ……いくらなんでも買いすぎでは。


 お手伝いが何人もいる豪華な屋敷に昔から出入りしてる私でも、この家の経済感覚のおかしさに気づけてしまう。


 この服の量……私の給金何年ぶんなのだろう……。


「今買いすぎって思ったでしょ」

「はい、思いました」


「やっぱり! でもね、どれも可愛いんだよ!」


 なぜか自慢げに笑っている。

 何を買ったのか覚えてないのに? という言葉は飲み込んだ。


 でも確かに愛花は見た目が整っているし、小さいながらにバランスがいいから綺麗な服がとても映える。


 西洋のお人形さんみたいだね。と小さい頃は何度も言われていた顔の良さも彼女の長所である。


「それで? いつもは私が選んでいますが、今回は自分で選びたいんですよね?」

「うん。自分で考える」


「それでは終わったら連絡してください。私は私室に戻ります」

「ままま待って! ほ、ほら! 私プロデュースの可愛い私をすぐ見たくない?」


「すぐ見られるのでしたら見たいです。すぐ見られるんですか?」

「すぐ……はちょっと」


 あー……っと愛花を後ろめたそうな表情で言葉を濁らせた。

 予想通りの反応すぎて、ついつい吹き出してしまいそうになった。


「ほら、私がいると愛花様は頼ってしまうので、1人で考えてみてください。私は衣装部屋の整理をしておきます。衣替えしたばかりですし、今年着なかった夏服はお手伝いさん行きにしなければなりません」


「うん……わかった」


 そう言って部屋を出て扉を閉める直前、何かが呻くような声が漏れた。


 所詮は服だし、そこまで悩まなくても。


 そんな風に思いながら少し軽くなった足取りで彼女の衣装部屋へ向かった。


 愛花はどんな服を選ぶだろう。


 それに想いを馳せ、期待に胸を膨らませて、もう着ないであろう彼女の夏服を整理した。

 

 ⭐︎


 1時間ほど経っても全然連絡が来なかった。

 だから整理を一旦切り上げて彼女の部屋に戻ったわけだけど……。


「ダッサいですね……」


 あまりにも珍妙な服を着た人間がそこにいた。

 とても珍妙で小さくて、愛らしい生き物が。


「ダサいってなに!?」

「いや……それは流石に……」


 いつも無難に選んでいたつもりだったけど、それが奇跡だったんじゃないかと思えるほどにおかしかった。


「なんでそんな癖のあるものを着ちゃうんですか」


 パッチワークのロングスカートにパッチワークのジャケット。

 その中に青いセーターを着ており、襟元から赤いシャツが見えている。


「えっとね。普段から芽衣が選ばないものを着ようと思ってね……」


「使いにくいから着るタイミングを考えてるんですよ。外し要因を全集合してどうするんですか」


「じゃあどうしたらいい? アドバイスちょうだい」


 その言葉に、いろんな考えが頭に浮かんだ。


 そもそもなんでこうなるんだ……。

 私のウルフカットの髪型とかメイクは、どれも愛花の「芽衣はかっこいい方が似合う!」という要望に合わせているわけだけど、私自身それなりに似合っていると思ってる。


 その審美眼を自分に向けるだけでは……?


 着たい服と似合う服が噛み合ってないならまだ分かるけど、そんなチグハグさすら感じない。


 なんでそんな奇抜さに突き抜けてしまうのか……。


 唇が少しだけ湿った。

 顎に手を当てて考えてみる。


「そうですね……」


 まずは色を絞ろうとか、シルエットを考えてとか、色々言いようはある。


 ただその中でもやっぱり私は、彼女の為になるようなことは……口にする気が起きなかった。


 だって今の服装も、間抜けで可愛らしいから。


 けれどその間抜けな格好が原因で、愛花が周囲に引かれてしまうのも喜べたものじゃない。


 ……どうしたものか、と頭を働かせる。


 そして左手小指のリングを撫でて、そこから彼女を感じ取る。


「そうですね、まず前提としてファッションは自由ですよ」

「でもダサいって言ったよね?」


「例え私がダサいと言っても、オシャレだと思って着ていれば自然と周りからオシャレに見えるものです。ブランドの発表会を見たこともありますでしょう?」


 んーと悩む彼女に、私は少し囁いてみせる。


「あれも奇抜なデザインですが、それを身に纏ったモデルが自信満々に歩くのです。紙袋だろうとおしゃれに見えましたよね」


「確かに……!」


 その無垢なキラキラの目が眩しい。


 やっぱりこの子はこういう間抜けを晒してる時が一番落ち着く。


 ただそれを顔に出さないよう奥歯に力を込めながら、改めて彼女の目を見つめた。


「だから、着たい服をオシャレだと思い込むのが1番大切です」


 間違ってはない。


 実際どんな服を着ていようがそれをオシャレだと思って着れる人間が一番の洒落者だ。


「試してみる! 私ね、これ着てみたかったんだ……!」


 そうして彼女は着ている洋服をこちらに渡して、新しくラックから洋服を取り出し袖を通した。


「どうかな?」


 そうして私の前で腕を広げて一回転する愛花はとても可愛らしかった。


 ただ……見たことのない格好だった。

 着ているのは……サメのような、何か。


 愛花のコーディネートを考えるために服を一通り眺めた時、私も「誰が着るんだろうこれ」と半分引きながら見ないフリをしていた。


 そんな服を彼女は見事選び抜き、その身に纏っている。


 服というか着ぐるみというか布の贅沢仕立てと言うべきか。


 なによりもダサいと言うにはあまりにも前衛的なそれを着る愛花が面白くて愛らしい。


 ファッションショーでモデルが着てたら、そりゃあオシャレ上級者に見たろうけどけど……。


「……お嬢様の顔面でもカバー出来ませんね」


 どうしようもなくおかしい。

 抱きしめたくなるほどに、愛らしいおかしさなんだけど。


「うん、私も着ながらなんとなくそう思った」


 そしてとりあえず翌日の放課後、改めてお店を見て回ってみようという結論に落ち着いた。


☆


 翌日の放課後、車を回して服を買いに回ることにした。


「ハイブランドは少し攻めすぎな気がする。自分で選ぶとなると初心者だから、普通のお店に行くのがいいと思う」


 そう言って普段行かない小さなセレクトショップへと足を運んだ。


 ラグジュアリーやデザイナーだけじゃなく、質と値段を両立したドメブラや、カジュアルブランドまで沢山取り揃えられている。


 何人か店にいるお客はラックのハンガーを捲るように物色している中、愛花はこの服の量に慣れているのか、奥の方へと足を進めながらボンヤリとお店全体を眺めている。


「へーいろいろあるね。うちの衣装部屋みたい」

「そうですね、負けてないと思います。1人の高校生がこれだけの量を持つ時点で異常ですけど」


「それはまぁ……ねぇ」

「なんで自慢げなんですか」


 愛花の持っている服の総額は多分このお店に勝っている気がする。

 いくら使ってるんだろう本当に。


 そんな当人のお嬢様はチラリと軽く覗いて、まるで視察のようにしている。


「あ、ねぇ見て! プライスも安いね。ほら! ここなら普段の倍買えるよ」


「お嬢様のペースで倍量の服を買ったらそれはもう仕入れですよ」


 ひやかすように伝えると、これまたわかりやすく頬を膨らませて不服を表明した。


(ついつい買いすぎちゃうのは分かってますって感じかな)


 表情だけでそのくらいは伝わる。

 そして、そんな彼女に私は心からの安心を覚える。


 筋肉が温まるような心地よさが、全身を包む。


「何笑ってるの」

「いえ、ほらムスッとしてないで早めに選んでください。夕食までには戻りますよ」


「うん。あっ、芽衣も見てて良いよ。困ったら呼ぶね」


 そうして彼女は私を置いて奥の方へ進んで行った。


 店内には同い年くらいの高校生もいて、いくらお嬢様とはいえ制服を着た愛花も馴染んでいる。


 ディスプレイされている洋服を触って、首を傾げたりしている。


 いつもはショップの個室で担当の販売員が持ってくるものを吟味する(大体買う)くらいだから勝手がわからないのだろうか。


 とりあえず自分も適当に何着か見繕っておく必要があるかも。


 そう思って何かやらかさないように視界に彼女を捉えつつ、私も店内を物色した。


「高校生向けって感じなのかな」


 愛花の着ている服に比べたら流石に劣るけれど、作りはまぁ悪くはない。

 色々と被りそうなのも、ある種の味って感じはする。


「……迷うな」


 こう言う時はどうしようか、わざわざダサいものを見繕って勧めて着させるのもなんか違う気がする。


 愛花が自分自身でダサいものを選ぶ、私にとって大切なポイントはそこなわけで……。


 そんな風に少し頭を悩ませていると、背中から声がかかった。


「なにかお探しです?」

「えっ?」


「学生ですよね? 高身長でスラっとしてるからつい声かけちゃいました」


 髪をお団子にした店員が突如視界に割って入るように話しかけてきた。


「は、はぁ……」


 いや、別に私は……なんて言いながら誤魔化しても店員は離れなかった。


 手こそ掴んではいないものの「あなたならきっとこんなブランドも……」などと言葉でガッツリ拘束してくる。


 すいません見てるだけなので……と切り上げにくい。


 想像以上に押しの強い店員に視線が泳いで、注意していた愛花が視界から外れた。


 中学の頃もだけど、たまに物凄い圧で迫ってくる女性がいるけど一体なんなんだ……?


 無性に沸き立つイライラを、拳に親指を握りこむことで抑える。


「価格に関しては別に問題じゃ……」

「じゃあ質? 高くても良ければもっと良いアイテムありますよ。好きなブランドとかあります? ドメスなら学生でも手が届きそうなものはウチにも……」


「いやちょっと……っ!」


 奥歯に力が入って、胸の奥底から泥のような溜め息が湧き上がりそうになっているとグイと腕を背中側に引っ張られた。


「ちょっとすいません!」

「あら……? お友達ですか?」


「……っ! そうです! お友達です! 幼馴染です!」


 同じ制服を着ているからそう言っただけだろうに、私の腕をグイと掴んで胸へと引き寄せる愛花は自慢げに鼻を鳴らして店員を見つめていた。


「ですが! 今は私の従者です」


 穏やかな表情で言う愛花。


「従者……?」


 そんな彼女の言葉がいまひとつ信じられない様子で、店員の方は眉毛をハの字にしている。


「こちらの従者は私のものですので、お話をするのでしたら私を通してくださります?」


「すいません。そう言うことですので」

「ほら芽衣! こっち!」


「お嬢様……ちょっと!」


 そして店員にイーっと敵意を剥き出しにすると、私の腕を抱きしめたままズンズン奥の方へ引っ張り込んで行った。


△


「まったく、芽衣はすぐ勝手にモテるんだから」


 そして奥のコーナーへ引っ張った彼女は、溜め息混じりに口を尖らせた。


「意味がわかりません……けど、ありがとうございます」


 あのまま押されてカモにされるところだった。


 主人に見事に助けてもらって従者冥利に……いや愛花に助けられるってのはどうなんだ。


 ついつい外で爪を噛んでしまいそうになった。


「それでさ、どっちがいい?」


 そしておもむろにラックからシャツを2着取り出した。

 ワンポイントの入った白いカッターシャツと、奇抜な柄のセーターの2択。


「私が選ぶのですか?」


「そりゃあもちろん! 芽衣が可愛いと思ってくれる格好がいい。それが大前提だよ」


「じゃあどちらでも可愛らしくて素敵です。これは従者としての言葉じゃないですよ」


 そう、どちらも可愛いと思う。


 片方はきっとダサいにカテゴライズされるのだろうけれど、私からしたらそれも可愛い。


 好みという点だと、まぁ一択なんだけど。


「というより、自分が選んだ服を着て遊びに行きたいのですよね? これだといつもと同じですよそれじゃあ」


「うっ……そうだった。んーじゃあどうしようかなぁ」

「これで嘘じゃなくなりますね」


「嘘じゃないもん、ただの見栄」


 そう言って口を尖らせながら両手に持った洋服と睨めっこをしている。


 どちらを選ぶんだろう。


 そんな風に思って見ていたけれど、まぁ愛花ならきっと私好みの服を選んでくれる。


「嘘も見栄も、カテゴリは一緒ですけどね」

「うるさい。んー……よし決めた」


 そして彼女は片方の洋服をラックに戻し、選んだ洋服を体にあてがって見せた。


 予想通り……そちらを選ぶと思った。


 思っていたというより、分かっていたに近いかも知れない。


 私の好きな愛花なら、きっとそちらを選ぶのだから。


 奇抜で派手で、あなたの綺麗な顔には似合わないセーターを。


 2択でも不正解を選べる愛花は、やはり輝いている。


 なんでこんな可愛いのに、間違いを選べてしまうんだろう。


「ほら、どう? 似合ってる?」

「とても素敵です」


 そんな彼女を見て、私の心臓は馬の駆ける音よりも速く脈打っている。

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