第21話

まりなちゃんが外に出てくるまで、僕は店の前で待った。


何を話すかなんて、何も決めていなかった。


ただ、君と話したいと思った。


春の夜の風は、冷たかった。


勢いよく吹く風に、桜の花びらが巻き込まれていた。


寒かった。


20時を少し過ぎた頃、彼女が店から出てきた。


スマホを取り出して、何かを見ていた。


僕は近づいて、話しかけた。


「お疲れ様」


顔を上げて、驚いた顔をしていた。


「え、あの…何か用ですか?」


警戒をするのも無理はない。


君は僕を覚えていないんだから。


「少し、話したくて」


やっと、会えたんだ。


もう君を離さない。


「少し、だけなら」


僕は、彼女に合わせて歩幅をゆっくり合わせる。


「寒いよね、どこか中に入ろうか」


「…はい」


そんなに怖がらないでよ。


僕は彼女の緊張を和らげるために、少しだけ笑った。


自分でも久しぶりに笑ったと思った。


記憶を戻す前の僕は、よく笑っていたみたいだけど。


「バイトには慣れた?」


「少しですけど、慣れました。みなさん良くしてくださるので」


「そうだよね、君は仕事を覚えるのが早かったから」


僕は君に仕事を教えることに苦労したことはなかった。


一度言えばたいていのことは、なんでもこなせるようになっていたから。


「前は、ケーキを落としそうになってたけど」


「前…?」


首を傾げる。


君は僕に、こんな表情を向けたことはなかった。


胸の奥が重くなった。


あの花屋はまだあった。


外観は少し古くなっていたが、間違いなかった。


その少し奥に、見覚えのないカフェができていた。


New Openの文字。


あいつが言っていた新しくできたカフェのようだった。


「あそこ、入ろうか」


少し重たい、木でできたドアを開けると軽快な鈴の音が転がった。


「いらっしゃいませ〜」


このカフェは全体的に明るくて、眩しかった。


新しくできたばかりだからなのだろう。


たくさんの人で溢れていた。


「どこか空いているところに座ってて。買ってくる」


「お、お願いします…」


キャラメルラテを注文した。


まりなちゃんがいつも頼んでいたものだった。


この間まりなちゃんにコーヒー風味のものを勧められたことを思い出し、ティラミスも追加した。


きっと好きだろう。


「お待たせ」


いつも通り、ラテを渡した。


「あの、これって…」


「キャラメルラテだよ」


「どうして、私がこれを好きって知ってるんですか?」


一瞬、息を呑んだ。


よく考えたらおかしい。


ますます疑いの目で見られる。


「ある女の子が、好きだったから…」


思わず視線を逸らしてしまう。


すると、口をゆっくりと開いた。


「あの、すみません。間違えてたら申し訳ないですけど、久世先輩ですよね?」


名前を呼ばれた。


「えっ?」


勢いよく顔を上げ、彼女を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る