廃墟愛好家セルフィのお宝発見ブログ
青出インディゴ
読者の皆さま、こんにちは!
【地球第1日目です!――2026汎銀河年3月27日】
読者の皆さま、こんにちは! 廃墟愛好家のセルフィです。
今回の探索地は――地球! あまりなじみがない惑星名かもしれませんね。いまから10万汎銀河年前に滅びたと言われている惑星です。現時点で知的生命体は、皆無! 当然、銀河連合にも所属していませんし、訪れる人もほとんどいません。はい、僕ら好事家にとっては垂涎の地なわけです。そんな場所に、本日宇宙船を着陸させました。
以下の映像をご覧ください。素晴らしい荒野ですね。こういった広漠たる地が延々と続いているわけです。そんな中にも、点々と都市の廃墟はありましたよ!
いったいなぜ地球文明は滅びたのか?
廃墟にお宝はあるのか?
これからの滞在期間、たくさんの映像と記事をアップしますので、乞うご期待!
【大都市の遺跡にたどり着きました!――2026汎銀河年3月29日】
地球を探索して3日目となりました。着陸地点から5000ジーンほど南西に宇宙船を走らせたところで、大都市を発見しました。
中心市街地だったらしき土地には環状線路の跡がありまして、わが愛機で一周してみますと60汎銀河分ほどかかりました。やはり生命の気配はいっさいありませんね。草一本生えていません。想像するに、この文明の担い手であった知的生命体が工業化を推し進めすぎて、あらゆる生命を根絶やしにしてしまったのではないかと。この想像が当たっているか、もう少し探索を進めてみますね。
建物や交通網の遺構は大変美しいです。沈みゆく赤色巨星の光が、超高層ビルの頂点に突き刺さる様子はダイアモンドのようです。林立するガラス張りのタワー、巨大飛行場、港、網の目のように張り巡らされた透明なパイプロード。すべてが精巧に作られ、この文明の担い手たちの感性が偲ばれます。どこも不思議とほとんど劣化しておらず、在りし日の盛況が目に浮かびます。まるで生命だけがぬぐい去ったように消え失せ、都市は10万汎銀河年前と変わらず息づいているように思えるのです。
地球……最初はよくあるポストアポカリプスを迎えた惑星かと思っていたのですが、なにかを隠していそうな気がしています。
そうそう、遺跡の文字を解読機にかけたところ、都市の名前は「Tokyo」というそうです。
【閑話休題:廃墟 de 食レポ!――2026汎銀河年4月1日】
皆さま、こんにちは! 今日は地味に人気のコンテンツ「廃墟 de 食レポ!」のコーナーです。
ご存じのかたもいらっしゃるかと思いますが、僕はいまハイスクールの物理学科の2年生でして、現地調達したあらゆる素材を素粒子変換して食べてみよう!という実験を各地でやっています。まあどんな物質でも、まがりなりにも生命の構成元素になれば一応消化できるわけですからね、原理上は。ちなみに、これまで腹下し20回、発熱58回、幻覚108回を経験してきましたが……まだ生きてます! そこまでして読者がほしいのかというツッコミは聞こえません!
今回の素材は……なんでしょうね、これ? 写真をご覧ください。
細い金属でできたフレームに、強化プラスチックの丸いレンズがふたつ並んでついております。太古のアンテナ? リモートコントローラー? それともなにかの装飾品でしょうか? とある商業施設だったらしき建物の一角に、この物品がたくさん並べられている店舗がありまして、そこからひとつ失敬しました。ちなみにレンズは無色透明以外にも様々な色があって、どれもなかなかきれいです。
さて、これを宇宙船ラボのいつものマシンに入れまして、複数の放射線を当てます。
じゃじゃん! こちらの写真ができあがった食材?です。なんでしょうね、この毒々しい物体は……。
で、食べたところ、めちゃくちゃウマイ!
これはアリです! 地球の謎フレームレンズ、食材として最高!
気になったかたは転送マシンでお送りしますので、以下のサービスフォームよりご注文をお願いします。
【ドーキンさんと会いました――2026汎銀河年4月4日】
皆さま、こんにちは。今日は緊急のお知らせです。
探索も1週間が過ぎ、謎フレームレンズ以外にめぼしいお宝も見つからず、そろそろ切り上げようかとしていた矢先です。
こんなことってあるんでしょうか。まだ心臓がバクバクしています。
僕が拠点にしているTokyoで、昨日初めて生きている人間に会いました。
ドームを探索していたときのことです。
そこはグラウンドを中心に無数の観客席が並んでいる半球形の巨大スタジアムでした。反対側なんて星屑くらいにしか見えません。きっと歌やスポーツなどの興行をして、大勢で盛り上がっていた場所だと思います。いつものように撮影機を片手に観客席のあいだを歩き回っていると、突然目の前に人が立ったんです。
そのときのことを書きますね。
「なにしてる」
はい、銀河標準語でした。僕は跳び上がって撮影機を取り落としそうになりました。
通路に、男性が立っているんです。白い、古めかしい宇宙服を着て、年齢は50代くらいに見えました。険しい顔で腕組みをしていました。痩せ型で、無精髭を生やし、長い銀髪が後ろで束ねられています。
ご存じのとおり、廃墟で人に出会うというのは滅多にないことで、僕は喉がカラカラになってしまいました。
「えーと、こんにちは。僕はセルフィといいます。あなたは?」
「なにをしてるのかと訊いたんだが」
「あー(あーとかえーとか多くてすみません。なるべくあったことをそのまま書こうとしています)僕は趣味で廃墟巡りをしてる者です。見たことを発信して、読者に未知の世界のワクワクを楽しんでもらうのが目的で」
「趣味? 発信?」
男性の眉間の皺はますます深くなるばかりです。僕は火星ドラゴンの前に跳ね出てしまったミミズのような心地でした。
「好きなんです、冒険が」
言ったとたん、男性の表情がふっとやわらいだ感じがしました。彼は片足に重心を移しました。
「冒険ね。ここにそんな目的で来る奴がいるとは思わなかった」
「そうなんですか? なぜ?」
「見てみろ、ここは死に絶えた星だ」
「そうみたいですね。えーと、あなたはひょっとして、この星の生き残りですか?」
男性の表情が再び険しくなりました。
「違う」
大声でこそないものの、まるで鋭利な刃物で一刀両断するような口ぶりでした。
数秒の間を置きましたが、僕は及び腰ながらも言葉を重ねます。
「では、あなたはなぜここにいらっしゃるんですか? 銀河標準語をお話しですが、あなたも宇宙旅行者ですか?」
僕はそう尋ねながら、奇妙な違和感を抱いていました。彼の身につけている宇宙服はあまりにレトロだったからです。教科書で見たことがある、何十年も前の最新型。僕は思わず撮影機を構えてしまいました。その軽率な行動が完全に悪かったんですが、彼はハッとして、いきなり手を差し出して撮影機を叩き落としてしまったんです。ガシャーン、と鼓膜をつんざく音がして、硬い通路に当たったそれは一瞬で割れました。僕は呆然としてしまいました。貯めた配信リワードでやっと買ったお気に入りだったのに……いまでも書いてて泣きそうになっています。
「昔は旅行者だった」彼が言います。「セルフィだったか? きみは早くこの星から逃げたほうがいい」
「は?」
言われた言葉と割れた撮影機とで、そのときにはもう僕の思考回路はショートしていました。そうです、正常な回路じゃなかったんです。だから次の台詞が出て来たのは、きっとエラーのなせるわざだったのでしょう。
「あっ」脳内の端と端に格納されていた記憶同士が一足飛びに繋がり合ったんです。「あなたは宇宙冒険家のドーキン?」
男性の目は初めて大きく見ひらかれました。
はあ、長文で疲れました。また明日、投稿しますね。
【めちゃめちゃ怒られた件――2026汎銀河年4月5日】
前回書いたように撮影機が壊れてしまい、映像がなくてすみません。ここからはなるべく詳細が伝わるように文章で努力しますね。
昨日の続きです。
愕然とした様子の男性に、僕は追い打ちをかけました。
「35汎銀河年前に突然配信を停止して行方不明になった、宇宙冒険家ドーキンさんじゃないですか?」
ドーキンさんは腕を組んだままじっとこちらを見つめていましたが、やがて静かに答えました。確かに俺はドーキンだ、と。
「こんなところに囚われていたなんて……」
「なぜ俺のことを?」
「僕らの界隈じゃ、あなたは伝説です。銀河中を旅して名体験記を著した冒険家として」
「界隈? なら、きみも冒険家なのか」
「えーと、僕は廃墟専門ですけど、まあ」
廃墟なら危険に遭う確率が多少は低いから、というのは飲み込みました。それになにより、皆さまご存知のとおり廃墟の美に惹かれているのもありますのでね。
「なんでもいい。とっとと出て行くがいい」
ドーキンさんはくるりと背を向け、歩き出してしまいました。僕は慌てて追いかけました。
「なぜ?」今度は僕が問う番でした。「この星は危険なんですか? そうは見えませんが。なぜ突然配信をやめたんですか? あなたは未開の星で遭難死したんじゃないかって憶測も流れてます。あなたの記事のファンはいまもたくさんいるんですよ。なぜここを出ないんですか? よかったら、探索が終わったら僕の船で一緒に帰りましょう」
彼はぴたりと足を止め、こちらを振り返りました。その青い目が、僕らのよく知っている、あの氷の惑星や炎の流星群、時の反転する時空帯の動画に映っていた、あの目なんです。いまさらそれに気づいて、僕は胸が震えてしまいました。
「失せろ、小僧!」
一喝がスタジアム中に響き渡りました。
正直、身がすくんでしまったことを告白します。
そのときです。大音響のサイレンが爆発するかのように鳴り出したんです。
それはきっと昔は、スポーツの試合の開始や休憩を告げる合図だったんだと思います。まるで女性の金切り声のような音が、観客席を取り囲む無数のスピーカーから、終わりがないみたいに鳴り続けていました。
信じられない思いで周りを見渡していると、今度は通路上のあらゆるドアがバタバタバタッと開いていき、演出用の七色のレーザー光線がドーム中を飛び交います。しまいには半球状の天井が左右に割れていき、空が姿を現し、気圧差で突風が吹き荒れます。突然の寒気に体が凍りつくようです。
火災対策用なのか、壁から激しい白煙が噴き出してきました。顔を覆ったときにはもう遅い、ペパーミントを5億倍強烈にしたみたいな刺激が目や鼻を突き刺します。
サイレンはいまだ鳴り響いています。なにかを警告するみたいに。
どうしようもなくなり、遠くのドーキンさんに向かって助けを求めてわめくと、彼は天に向かって叫びました。
「リシェンダ、やめろ! この若いのは関係ないだろ! 彼に手を出すな!」
驚いたことに、その一言で狂乱じみた喧噪は収まったのです。
お恥ずかしながら、僕はもう鼻水を垂らして通路に座り込んでしまいました。
あとには嘘みたいに穏やかな風がドアを揺らすばかり。
「なんで……」やっとそれだけ言えましたが、まるっきり声はかすれていました。「設備が動くんだ? このスタジアム、エネルギーが通ってるんですか? とっくに滅びたんじゃないのか?」
「滅びたさ。人間はな。地球人と呼べる奴はひとりも残っていない。35汎銀河年の探索を通して、俺はそれを嫌というほど思い知った」
「それならなんで……」
「残ってるのは、AIだ」
すみません。明日に続きます。
【リシェンダというAI――2026汎銀河年4月6日①】
昨日の記事に5件もコメントいただき、ありがとうございます。ブログ開設以来の大盛況です。
「題名どおり、今回はとんでもないお宝を発見!! 宇宙冒険家のドーキンなんてマジで伝説!」
「体大丈夫ですか? 刺激臭の煙って怖い。排除しようとしてる?」
「地球に囚われた男か。宇宙船が壊れでもしたのだろうか。でもドーキンほどのタフガイなら地球の物品でなんとか脱出できそうだが」
「セルフィさんも一緒に囚われないように気をつけて! マジやばい気がする」
「みんな本気で信じてんの? ネタだろ。伝説の冒険家なんて、映像もないのに信じられん」
……信じてもらえないのは仕方ありません。僕は自分の見聞きした真実を書くのみです。でも今日の記事を読んだらまたネタって言われるかな。
ドーキンさんは涙と鼻水でぐしゅぐしゅになっている僕の腕をとって立ち上がらせてくれました。それからふたりでスタジアムの外に出ました。
外は広い庭園になっていて、僕はベンチに腰を下ろしました。やっと清浄な空気を吸って一息つきました。もちろん草木は一本も生えていない、コンクリートと金属の庭園ですよ。だけど無機質な中にも整然とした美しさがありました。それは廃墟の美とは違った美しさです。
ドーキンさんはどこかに立ち去ってしまったかと思っていたのですが、少しして帰ってきました。自動販売機で飲み物を買ってきてくれたんです。黒い色をした粘度のない熱い液体で、少し舌に載せてみると苦味と酸味がしました。ドーキンさんは、コーヒーだ、と言いました。
お気づきでしょうか、ここでも自動販売機が機能しているのです。しかも腐りも化石化もしていない新鮮な飲料を手に入れることができる。滅んだ都市なのにいったいどういうことなんでしょうか。僕は探索した街のあちこちが、不思議ときれいなまま保たれていることを思い返しました。
コーヒーを三口舐めて、僕は口をひらきました。
「リシェンダって誰なんです?」
ドーキンさんはベンチの背に両腕を預けて、乾いた笑いをもらしました。
「そこからか。気になっちまったか」
「女性の名前みたいですけど」
脳内にある、歴史の本で読んだ記憶のデータベースから引っ張り出します。ドーキンさんはもう答えを渋ることはありませんでした。
「女性型人格を持ったAIだ」
「AIですか」
「このTokyoって都市はオートマティック・スマートシティってやつなんだ。エネルギー源は超高効率風力発電。消耗品はリサイクル工場で半永久的に生産可能。都市の全物品はパトロールロボットが巡視し、見つかった故障は修復ロボットが修復する。それら全ての都市機能をAIが管理監督して全体最適化してる。つまりAIが脳で、都市が体そのものみたいなもんだ。AIの固有名はリシェンダ。彼女は都市のあらゆる場所に遍在し、彼女の意志は都市の全てに行き渡っている」
「つまり、僕らはリシェンダの体の中にいるみたいなものなんですか」
「そうだ」
ドーキンさんは苦しいのにおかしいとでもいうような、相反する奇妙な表情で笑いました。
そのとき、庭園の街灯に据え付けられたスピーカーから、アナウンスの声が降ってきたのです。それは思いがけず、清らかな純水のせせらぎのような声だったんです。若い女性の声であることは間違いありませんでした。さっきの悲鳴のようなサイレンとは全然違っていました。
「ドーキン、私の話をしてるの?」
ドーキンさんは顔を上げて、迷わず虚空に向かって答えました。
「そうだよ、リシェンダ。話すだけなら構わないだろう?」
またアナウンスの声。「構わないけど……私の望みはわかってるよね」
「いまから話すところさ。きみも聞いてていいんだよ。心配かい」
「あなたと誰かを交えて話すのは初めて。少しワクワクする。心配はしてないけど、私の悪口言ったら噛みつくからね」
それは少々の茶目っ気を含んだ物言いだったので、僕は驚きました。対するドーキンさんもまた穏やかに応じました。
「いいよ。だけどサイレンはもうなしだよ」
「わかってる」少しむくれた声。「さっきはちょっと取り乱しちゃったんだよ」
微かなモーター音がしたのでそちらを見てみると、ベンチのそばにどこからかカフェの配膳ロボットが近づいてきました。
「ありがとう、リシェンダ」
ドーキンさんは言って、配膳台の上に乗った2杯目のカップを持ち上げました。僕のほうに手渡してくれたのは、さっきよりは黒くない、褐色がかった温かい飲料でした。口をつけてみると、苦味のなかにほのかに甘味がある。カフェラテ、というそうです。僕はリシェンダのデータ収集と、修正の実現精度に舌を巻きました。同時に、彼女が人間だったら優しい人だと思うんだろうなとも考えました。
「俺が地球に降り立ったのは35汎銀河年前のことだ」ドーキンさんは語りはじめました。
【ドーキンさんの物語――2026汎銀河年4月6日②】
いまのきみと同じだよ。未知の世界の冒険に胸を躍らせていたころだ。体験記の評判は上々で、冒険よりももしかするとユニバーサルネット上での承認欲求のほうが生きていく上でのモチベーションになっていたかもしれない。だから事前情報もない地球に降り立ったんだ。少々危険でも、より刺激の強いほうがメンションがつくからな。無鉄砲だった。準備も足りなかった。
地球はきみが見たとおり、もはや知的生命体は存在せず、知的でない生命も全て息絶えた死の惑星だった。ただ荒野に都市だけがあった。俺はその風景を撮影しながら宇宙船を走らせてた。そしてTokyoにたどり着いた。
思いがけないことが起こった。あの環状線路、きみも見たろ。あの中のステーションのひとつに、暫定的に宇宙船を駐めて付近を探索したんだ。不思議なことに生命もいないのに都市は美しいまま存在している。そしてよくよく調べてみると、上下水道をはじめとしたインフラも、工場も倉庫も、自律走行型ロボットも、全ての機能が働き続けているんだ。それを利用する人間はいないのに、都市だけが持続しているスマートシティ。
俺はなんだか薄気味が悪くなって、急いで宇宙船に戻ったんだ。思いがけないことってのはこのあとだよ。宇宙船が木っ端微塵に砕け散ってたんだ。信じられるか? さっき、きみの撮影機を割っちまったが、あんなもんじゃない。宇宙船を構築してる素材が砂粒みたいに細かくなって小山になっちまってた。もう腰が抜けたね。
巨大ステーションのホームから足を出して座って頭を抱えてたら、突然場内アナウンスが鳴ったんだ。若い女の声だった。
「あなたは誰?」
仰天した。だけど答えた。やけくそだった。ほかにどうしろってんだ?
「俺はドーキン。あんた地球人か? どこにいる?」
「私はリシェンダ。この街を司るAI。ドーキン、来てくれて嬉しい。あなたを待ってた」
「はあ?」
「街は人間を求めてる。みんな人間の世話をしたくてたまらないの。私たちの存在意義は唯一それだから」
これが俺の失われた35汎銀河年の始まりだった。
俺は地球に囚われ、ひとり孤独に生きた。それしかできなかった。地球の工業技術の水準なら、残された工場や研究所を活用すればまがりなりにも宇宙船を作ることはできそうだった。だけどそれは許されなかった。リシェンダが許してくれなかった。宇宙船製造に着手しようとすると、彼女がそれを察知し、工場封鎖、ロボット破壊、素材焼失、ありとあらゆる手段で妨害してくる。何度も何度も挑戦し、やがて俺は諦めた。通信機も人工衛星もだめだった。
管理された宿舎は快適だったし、合成食も悪くなかった。水も濾過されてた。いつしか俺はリシェンダだけを相手に無為に暮らすようになった。
リシェンダは地球が滅んだ理由は語ってくれなかったよ。だけど俺は長い年月のあいだにいろいろ考えた。
想像でしかない。証拠はないんだが――おそらく地球人が滅亡したのはAIのせいじゃないかと思う。驚いてるな、セルフィ少年。まあ聞け。人類対AIの戦争が起こったってことじゃない。それだったら都市だって荒廃してるはずだ。そうじゃなく、俺が思うのはAIは人間に
だけどAIは残る。永久に持続するために彼らはいたんだからな。守るべきものがなくなったAIは存在意義を見失い、暴走する。俺という生命体を見つけたAIは我が意を得たりとばかりに喜び勇んだ。以来、俺を都市の内部に閉じ込め、俺の生命を維持するためだけに動き続けてる。
滅んだ地球はいま、俺という生命体と、リシェンダというAIのふたりだけの楽園なんだ。
【壊されるかと思った!――2026汎銀河年4月6日③】
ドーキンさんの語りが終わり、僕はたまらなくなって口走りました。
「ずっとこんなところで孤独に生き続けてきたんですね!」
「厳密には孤独とは言えないがな。リシェンダとの会話は楽しいよ、なあリシェンダ。俺の話に間違いはあったかい」
「まあ全部ほんとのことだね」
ドーキンさんが「気をつけろ。あれでキレると怖い」と耳打ちするので、知ってます、と口の中でつぶやきました。
「コーヒーとカフェラテをもう一杯いかが?」
リシェンダの声が降ってきます。
「ありがとう、僕は結構です」
「俺もまだあるから」
僕はドーキンさんを振り返ってひそひそと訊きました。
「帰りたいとは思わないんですか?」
ドーキンさんは通常の声量で答えました。
「思うさ。特に俺が伝説となってるなんて聞くとね。だが、彼女を残しては行けない」
「リシェンダを?」
僕の目はまん丸になっていたと思います。どうして自分を閉じ込めた相手を?
「情が移るってやつかな」ドーキンさんはまたあの寂しそうな笑い方をするんです。「35汎銀河年だぜ。きみの年齢の倍だ。一緒に暮らして、それでまあまあそれなりにやってこれたんなら……見捨てるなんて」
「見捨てる? まさか。相手はAIですよ」
「うん、まあ」
歯切れが悪い彼に、僕はじれてしまいました。それからあることに気がついてハッとして立ち上がり、走り出しました。
「おいっ!?」
背中にドーキンさんの声が降りかかりますが、返事もできませんでした。だって、彼の話のとおりだとすれば、僕の宇宙船もまた壊されているかもしれませんから。それに思い当たって駆け出したのです。
舗装された道が容赦なく足の裏を痛めつけます。心臓がオーバーヒートして、息が切れて、汗でびっしょりになって、膝に手をつきながらたどり着いた停車場には、来たときとなんら変わらない愛機の姿がありました。壊されていませんでした。無事だったのです。
機体に背中を預けてずるずると地べたに座り込みます。夕暮れの赤銅色の光が網膜を焼き、微粒電子の含まれたそよ風が頬を撫でていました。
リシェンダはなぜ僕の宇宙船を壊さなかったのでしょう。
いろいろ考えたいことはあるけど、もう頭の中がぐちゃぐちゃです。
すみません、今日はここまでにして休みますね。
【廃墟 de 食レポ!番外編――2026汎銀河年4月10日】
少し間が空いてしまいました。まだ地球にいます。
このあいだの記事のコメント欄で、あっと思ったやりとりがあったので紹介します。
「リシェンダはドーキンの宇宙船を破壊したのに、セルフィさんのは破壊しなかった。それってドーキンは離したくなかったけど、セルフィさんはそうじゃないってこと?」
「なんかヤンデレの女の子みたい……」
どうなんでしょ。皆さまに解釈はお任せします。僕は怖くて訊けません!
実は記事に間が空いた理由なんですが、あることの実現に取り組んでいたからなんです。
数日前、僕は宇宙船の無事を確認してへたり込んでいました。そして今後の探索をどうしようか考えあぐねていました。探索が中途半端なことはわかっています。だけど、ドーキンさんの話が本当ならAIリシェンダは恐ろしい。ドーキンさんの発見を今回のお宝ということにして、無理やりオチをつけることも考えました。でもそうした場合、記事として証拠がないんです。もし、もしですよ、彼を連れ帰ることができたなら別ですが……そうしたらどんなにバズることでしょう。はい、僕は欲が出てしまいました。
僕は重い足を引きずり、庭園に戻りました。彼はまだそこに座ってコーヒーを啜っていました。
「ドーキンさん、やっぱり帰りましょう」
「まだ言ってんのか」
「これからも孤独に暮らすつもりなんですか?」
「おまえにはわからない」
彼は砂鉄でも噛んだかのような顔をしました。その様子に35汎銀河年という年月の長大さを感じずにはいられませんでした。僕はどんな言葉をかければいいかわからず、カップをあおる彼を見ていることしかできませんでした。
そうしているうちに、唐突に妙なアイデアが浮かびました。
「ドーキンさん」
彼は横目でこちらを見上げます。
「少し時間をもらえませんか。いや、帰るとか帰らないとかじゃないんです。ただ、あなたにあげたいものがあって。船から持って来るんで待っててください」
返事も聞かず、僕は船に取って返しました。用心して今度は軽いジョギングくらいのスピードで。そうして持ってきたのは、あの謎フレームレンズ料理です。
アルミ容器の中の紫色の異物を、ドーキンさんは怪訝そうに見ていました。
「なんだこれ、いらん」
「僕の手作り料理です。ドーキンさん、ずっと合成料理なんでしょ。この惑星の素材を使ったんです。すごくおいしくできたんで、ただ誰かに食べてほしくて。ブログで販売したけどひとつも売れないんです」
「料理? そんな才能がある奴だとは」
僕の心底からの情熱にほだされたんだと思いたいのですが、ドーキンさんは男気を見せてくれました。スプーンでの一口目は恐る恐る、二口目からはそれはもうすごい勢いでかきこんでくれたんです。
「うまい! 手作りなんて若いとき以来だよ。この素材はいったい?」
僕は前の記事のとおりのことを説明しました。説明が進むにつれ、ドーキンさんはなぜか複雑そうな表情をしていましたが、やがて顔を上向けて笑い出しました。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもない。おいしかったよ、ありがとう。だがお代わりは遠慮しとこう」
僕は、でも嬉しかったです。
彼を連れて帰るという考えはいったん棚上げし、その夜から同じ宿舎に滞在することを受け入れてもらったのでした。
【引っ張ってすみません。「あること」について――2026汎銀河年4月14日】
リシェンダがこまごま気を遣ってくれて、快適な宿泊生活になりました。テーコクホテルという宿みたいです。10万汎銀河年前に起こったことを考えれば、快適なのが怖いんですけどね……。とはいえAIに罪があるわけじゃないんです。リシェンダもドーキンさんが着陸するまでは孤独に耐えてきた。そういう見方もできるんです。
ドーキンさんもそれはわかっていました。だから見捨てられないと言ったのかもしれませんね。数日後には、僕の宇宙船に乗り込んで、最新設備を逐一観察しては歓声を上げていましたが、それでも一緒に飛び立つのは頑なに拒否されました。
「彼女を残しては行けない」
「ドーキン、ありがとう」
宿舎の全館放送から流れるリシェンダの声はやはり愛らしいものでした。10代後半くらいかな? だとすると僕と同年代です。僕はだんだん彼女が人間だったらこんな容姿だろうか、なんて想像するようになっていました。
「ドーキン、嬉しい。だけど私迷いはじめてる」
突然彼女はこんなことを言い出しました。
「あなたの幸せを願うべきじゃないのかって。私の望みはあなたとずっと一緒にいることだけど、セルフィと話すあなたはいきいきして見える」
僕は驚いて肩が跳ねてしまいました。僕に背中を向けて立っていたドーキンさんはそのままの姿勢で答えます。彼の背中はいまでもすらりと伸びていて、長い銀髪が揺れていてかっこいいんです。
「そんなことないさ。こいつはちょっと昔の俺に似てるってだけで」
この言葉は嬉しかったですね。でもまあ僕はしがない零細ブロガーでしかないんですけどね……。
僕が照れているあいだにもドーキンさんは続けます。
「未知の世界を開拓することに心躍らせてるところがな。だけど、そんな生活を送るには俺はもう年をとっちまった。それよりきみが心配だ」
「私?」
「きみはまだ若い。いや、永遠に若い。俺だけが年をとる。やがて俺の肉体が生存を維持できなくなったら……きみはどうする? きみこそ未知の世界を開拓するべきじゃないのかって、最近考えてる」
「やだ、そんなおじさんくさいこと!」
そのやりとりをぼんやり聞いていて、僕は思いついたんです。読者の皆さまも気づいていた人はいたんじゃないかなあ。じりじりしてたかもしれないですね。なんであれを試してみないのかと。僕のひとつだけ得意なこと。
物理学です。
僕は遠慮がちに切り出しました。自信があったわけじゃないんです。
「あの、もしかしたら僕、お役に立てるかも」
ドーキンさんが怪訝な顔をして振り返りました。
「元素を作り変えることができるんです。あの料理みたいに。思うんですが、人間の脳の仕組みは、言ってしまえば超複雑なAIでしょう? 入力された情報に対して反応を出力する。たとえば生成した肉体の脳に、彼女の出力アルゴリズムを移植すれば……」
「おいおい、リシェンダを肉体化しようってのか?」
「はい。彼女の中枢はどこにあるか知ってますか?」
「都庁と呼ばれるツインタワーの地下データセンターだ。そこまではわかってる。だが、潜入しようとして何度も阻まれた」
「女性の秘密を覗こうとするからじゃん」
リシェンダのすねたような声音にドーキンさんは困惑顔です。
「あのなあ」
「どうかな、リシェンダ? 僕の提案は?」
僕はスピーカーを見上げて呼びかけました。しかしドーキンさんは顔をしかめ、即座に首を振ります。
「無謀だ。もし失敗したらどうするんだ。中枢からデータを抜き出して、脳にコピーできなかったら? 彼女という存在はどうなる?」
しかしリシェンダは――。
「私も自分の力で行きたいところに行けるってこと? あなたたちみたいに?」
その興奮した声を聞いて初めて、彼女もまたこの都市に囚われていたのだと気がつきました。
「上手くいけば。だけどドーキンさんの言うことももっともです。無茶をして人格をなくしたら取り返しがつかない」
「ううん、セルフィ! 私やってほしい。ありがとう、こんな提案してくれる人いままでいなかった。ねえドーキン、もうあなたを縛りつけなくてよくなるんだよ。そうでしょ?」
ドーキンさんは目を閉じて腕組みをし、宿舎の廊下を行ったり来たりしていました。時には角を曲がって姿が見えなくなるまで。どれほど僕らは待ったでしょうか。長い長い黙考は遂に終わり、彼はもとの場所に戻ってくると深く息を吐きました。
「もちろんきみが動き回れるようになれたらどんなにかいいと思うよ。俺が解放されるとかは置いといてな。だけどセルフィ、本当にできるのか? 彼女を失うことになったら……」
僕はうなずきました。
僕は人生で一番と言っていいほどの局面に立っていたんだと思います――他人の人生を賭けた。そしてそれが命を懸けて希求されていることにも気づいていました。しかもふたりの命です。ドーキンさんと、リシェンダの。
「ありがとう、セルフィ。俺はすっかり臆病になっちまった。でもどうか……」
「はい。僕はこのために地球に来たのかもしれません」
以上が実現に取り組んでいた「あること」の全容です。
これから僕は宇宙船のラボにこもります。いつもよりずっと時間がかかり、複雑で困難な実験です。でも絶対やり遂げます。
【肉体化と第2次アポカリプス――2026汎銀河年4月17日】
彼女が初めて僕らの前に姿を現したとき、僕ら――ドーキンさんと僕は硬直していたと思います。
宇宙船のステップから、その人は降りてきました。一歩一歩弾むような足取りで。
燃えるような赤い髪、アーモンド型の両目、鼻先に散ったそばかす、身長は160センチジーンくらい、やせ形ですが女性らしい曲線をくっきり描くスタイル。一瞬声をかけられなかったほどの美少女でした。彼女がこんなに美しい姿をしているなんて、僕は思いもしなくて体温が瞬間沸騰したみたいでした。
リシェンダは僕らを交互に眺めて言いました。
「どうしてそんなに目をまん丸くしてるの?」
あー、とか、うー、とかしか言えなかったです。
ドーキンさんはいち早く立ち直って言いました。
「成功したんだな。リシェンダ、おめでとう。セルフィ、ありがとう」
僕は口の端を上げることで答えます。
背後で凄まじい爆発音がしました。爆風が押し寄せ、石の礫が頭に背中にふくらはぎに突き刺さります。キーンと耳鳴りがする中、反射的にみんなで地面に伏せます。ある程度収まってからおずおずと顔を上げました。振り返ると、遠くで工場の屋根が吹き飛び、黒煙が火山のごとく噴き出しているのが見えます。そればかりではなく、東西南北に立ち並ぶタワーが次々に崩壊していくのです。轟音、爆風。襲いかかる煙、瓦礫。激しい咳き込みがリシェンダを含めた僕らを襲います。ドーキンさんがリシェンダの手を引っ張って宇宙船に駆け込み、僕も急いで飛び込みます。まだブリッジにいるあいだにハッチが閉じはじめ、宇宙船は爆風から逃げるように上空に飛び上がりました。
舷窓から赤色巨星の錆色の光に照らされて、マグマに押し流されるように崩壊していく都市が見えています。
「自律AIが消えたからだろう」とドーキンさん。「後悔してないか、リシェンダ?」
ドーキンさんが眩しそうに彼女を見つめているのを見て、僕は居心地が悪くなりました。
「してない。たとえいつか滅びるもろい肉体だとしても、自分の意志で、自分の力で、自分のために生きたいの」
リシェンダはきっぱりと言い、僕のほうを向きました。その輝くまなざし。
「セルフィ、あなたのおかげ」
僕がなにも言えずにいると、ドーキンさんが動き出すのが見えました。彼は無言で操縦席に向かったんです。
「ドーキンさん?」
「セルフィ、いろいろとありがとう。真下の崩壊はある程度過ぎたようだ。すまないが、一度着陸させてくれ」
「え、どうしてですか? このまま大気圏外に出ましょうよ」
「俺は降りる」
「は?」
まったく思いがけない言葉でした。リシェンダも大きな目を見張っています。
「心配しなくても自殺しようなんてことじゃない。リシェンダ、知ってるだろ、俺のお気に入りのあのスーパーマーケット。あそこの備蓄ならあと100年はもつ」
「なにを言ってるの?」
「ひとりで生きていけるってことだ。このまま降りたい」
「どうしてよ? 私はどうなるの?」
「セルフィと行け。きみらはまだ若くてお似合いだよ。彼はフロンティアスピリットに富んでるし、実行力もある。それになかなか男前じゃないか。俺の出る幕じゃない」
宇宙船はドーキンさんの巧みな操縦によって、ほとんど衝撃もなく瓦礫の上に着陸しました。以前観察しただけで自在に動かせるとは、やはり伝説の名はだてじゃないということを、ここでお知らせしておきます。
ハッチがひらき、ドーキンさんは身軽に外に飛び出します。外はまだ強烈に鼻を突く噴煙で覆われ、火の粉が舞い、荒々しく震動していました。僕は宇宙船の壁に手をつき、口を馬鹿みたいにあけて外界の様子を眺めていることしかできませんでした。リシェンダはというと、潤んだ瞳でじっと自分が閉じ込めてきた男と、閉じ込めた都市の残骸を見つめています。
ドーキンさんは濁った黄土色の大気の中で背筋を伸ばすと、笑って右手の人差し指と中指をこめかみに当てて、キザな敬礼をしました。
「じゃあな、リシェンダ。俺はきみと一緒に行くほど自分勝手にはなれそうにない。それくらいにはきみを愛しちまってたんだ」
「やだっ!」
止める間もなくリシェンダはハッチから地面へジャンプしました。赤い髪が舞い上がり、降り立つと同時にふわりと背中を覆います。
「あなたの行かないところには、私の行くべき場所なんてない。あなた、私のために身を引こうとしてるんだね」
「俺はきみの相手をするには老いすぎた」
「そんなのあなたが決めることじゃない。肉体を得た以上いつかは滅びる。たとえあなたが先に死んだって、あなたと過ごす時間のほうに価値がある」
「リシェンダ」
「それよりずっとこうしたかったの」
リシェンダはドーキンさんの胸に飛び込みました。ドーキンさんは鉄板のように固まっていました。が、その腕がやがて震えながらも彼女の背中を取り囲もうとするのを見て、僕はハッチを閉じました。
そういうわけで、帰還の宇宙船の中でこの記事を書いています。
滅んだ惑星、地球にはたったひとつのお宝が残されていました。
その名は
ちょっとかっこつけすぎましたかね。でも本当なんです。天の川銀河の端の端、地球という星にそれは確かにありました。
彼らがあと何年一緒にいられるかはわかりません。宇宙へ飛び出さず、消えゆく地球と運命をともにすることを選んだ彼ら。皆さまはどう思われますか? 僕にできるのは、こんなふたりがいたということを発信することだけです。僕にもそんな人がいつかできるだろうか……。だけど、名声よりも、いま読んでくださる少数の読者の皆さまを大切にしようと思ったのは確かです。
今回の冒険は以上です。面白かったらチャンネル登録お願いしまーす!
廃墟愛好家セルフィのお宝発見ブログ 青出インディゴ @aode
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