【15】ともだちバーサーカー(✧ω✧)――結成、未満トリオ
千鳥を拾うとなると、さすがにまわりがざわついた。
「若い男女でしょ? 何か起こらないの?」
「そんな元気が出てきたら蹴り出すよ、あくまでも避難措置だ」
凜が美也子とそんな会話をしていた頃、
「それは……武藤と恋愛関係になった、とかじゃないのか」
「いっそそれなら、わかりやすくてよかったんだけどな」
千鳥は風雅と問答をし、
「一つ屋根の下のロマンスとかは……」
「あ、そうか、ふつうはそういうのになるよね?」
天雫はナイトフォールズの店長に返答していた。実際には連日連夜、楽譜片手にあーでもないこーでもないとパジャマパーティーを開催していた。防音室を奪い合うように演奏し、二重奏もすれば三重奏もして研鑽を重ねている。ライセンス試験の準備も、毎日しのぎを削りあうように進めていた。
試験用に用意しているのは、パガニーニの「ラ・カンパネラ」だ。千鳥との合奏は当然、最初は惨憺たるものだった。個性さまざまな学生を導いてきた空人とは違う。衝突だらけで互いの音を食い合い、噛みつきあいながらなんとかかたちにしていった。手加減なしのぶつかりあいは不思議と心地よく、自分の演奏が研ぎ澄まされていく手応えがある。わたしの伴奏者は、千鳥くらいの暴れん坊なほうがいいのかも、しれない。
雨の日には少し心を緩めて、微妙に変わる響き方やトーンを聴き比べて遊んだりもする。頭を並べて、サンライズからテイクアウトしたドーナツをつまんで。普通とは言いがたかった子ども時代を、取り戻そうとするかのように。
同じやりとりを持ち帰った三人は、ルームウェアで顔を突き合わせた。
「まあそうなるわな」
「そうだな。ただれた三角関係とでも言っておけば逆に安心してくれるかもしれん」
「実際は異種間交配できるレベルでもねえけどな」
「そこについては同意だ」
想像さえもうまくできない。千鳥の言う通り、自分たちは違いすぎるのだ。あるいは似すぎているのかも。天雫が小さく手を挙げた。
「提案が……あるのですが……」
「ん?」
「これを機にわたしたち、正式にともだちになるのはいかがでしょうか……?」
「は? 友達? ……おまえらと?」
千鳥が反応したのをいいことに、天雫は瞳に星を散らしながらにじり寄った。
「そう……ただいまなんと、天雫とともだちになろうキャンペーンを開催中……天雫とともだちになれば……いろんな特典があります……」
「何? 怖えよ!」
「あなたの生活にそっと寄り添うともだち……加藤天雫をぜひどうぞ……」
「なぁこいつやべぇぞ、ぜってー臓器抜かれるよ」
「いつもそうだぞ、よく生きてこられたな」
バグっている天雫を、ふたりがかりで揺らして正気に戻す。
「さすがにそんな友達いないことある?」
差し出したカップに、天雫がコーヒーのおかわりを注ぎ足してくれた。
「“カランド”エリアでは、みんなと違うってだけで、……歌を歌うっていうだけでね、同じ人間としてはみてもらえないんだよ」
その話は以前にも聞いていた。歌える場所を求めて“フォルテ”に流れ着くまで、天雫は“カランド”の施設で育ったらしい。“カランド”にはハーメルン事件の舞台となったアルカディアホールがある。その名を聞くたびに胸の奥が痛んだ。
「ですので……この機会に……」
また雲行きが怪しくなってきたのを、慌てて断ち切る。
「そんな大層な関係じゃないだろう。“友達”の概念に怒られるわこんなもの」
「そっかぁ……」
しょんぼりする天雫をよそに、千鳥がカラースプレーのかかったチョコドーナツを齧る。
「俺らはなんつーの、遭難した山小屋でご一緒したみてぇなもんじゃん」
「そのとおりだ。……安全が確保できた奴から順次下山すればいいんだ、別に」
定義することさえ憚られた。音楽という命綱を互いに預け合う、けれどどのジャンルにもカテゴライズされない末端の、関係。
「……決めよう。わたしたちの誰かひとりでもこの関係性が心地よくなくなったり、もっと心地良い場所が見つかったら解消すればいい。だがここにいる以上は、残りのふたりを優先する。ここにいてまで傷つけ合ったり、奪い合ったりするのはごめんだ」
ふたりの顔を見た。三人でどうやって、と思いながら、手を差し出す。
「どうだ? ……三人の合意で決めよう」
「いーぜ、面白ぇじゃん。こちとら定型外の関係には慣れてるしな」
天雫の分を残す形で、千鳥が凛の手の下半分を取る。すぐに天雫が上半分を握った。
「……わたしも」
今日限りで終わるかもしれない脆い関係、名前のつけられない弱小の関係。だからこそ今夜だけはささやかなティータイムを全力で楽しもう。お互いに能う限り大切にし合おう。
「合意で決着ね。んじゃ乾杯だな」
「アルコールは切らしているぞ」
「いーんだよ、ウチじゃそうしてたから」
肉親未満、恋愛未満、友情でさえも、わたしたちは未満だ。爪弾きのこの関係の前には、水さえも乾杯に値する。コーヒーを、りんごジュースを、サイダーを注いだマグカップと樹脂製のタンブラーで乾杯した。わたしたちはみんな、終わらないパジャマパーティーをしたいだけなのにな、と、ちらと思った。ひとりっこで、ひとりきりで、眠る夜ばかりだったから。テーブルの上に受験票が置き去られている。ライセンス試験は、10日後に迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます