第7話 [降臨]有名配信者とコラボです!

「お風呂上りですし、何か飲みます~?と言っても私未成年なんでソフトドリンクだけですけど。 …あっ、そういえば料理酒ならありますけど?いえ、料理用にスーパーで買ったらそのまま買えちゃって。私は飲んでませんからね!」


 元気だがマイペースな声が響いてくる。動画収録の時は少なからず意識しているようだが、それにしても気取り無く、天真爛漫で、良い意味で人間臭い少女だ。


 その彼女…姫野才花が買い与えてくれたデニムジーンズに無地のネルシャツを着込み、シギルは苦笑しながら応じた。

「ありがとう。でも俺にはお構いなく」


 ソファに腰かけたままテレビを付ける。代々木公園近くにあるギルドで乱闘騒ぎがあったというニュースを報道していた。

「男4人が殴り合い、ねぇ。日本でさえ物騒な世の中なのはどこの世界線でも一緒か」


「すみません、その物騒な所に、明日日曜日なんですけど付き合って頂けますか?」

「それは一向に構わないが、それまた何で? …君なら暫くは怖がって行かないと思ったのだが」

「ふっふっふっ…実はお昼ごろに緊急コラボの依頼があって…その相手があのセイレンチャンネルのセイレンさんと、ホーリー・タンカーのリンさんなんですよ!」


「…あの、と言われても俺には凄さが分からんのだが、要するに君の大先輩的な人たちなんだな?」


「はい!何としてもコラボ企画成功させたいんです!…あの、それとすみません、先に謝っておきますね。…ごめんなさい」


「…藪から棒にどうしたんだ?」

 流石にシギルが怪訝そうな面持ちでキッチンでやたら腕によりをかけて調理に励む才花を見た。


「あの…急で申し訳ないのですが、これからここでそのお二人をお招きして明日の打ち合わせをしたいと思っていまして…」

「結構な事じゃ無いか。 しかし何故それが俺への謝罪に?」

「あんまり急だったので…ご迷惑だったかと」


「なに、その間俺はどこかへ行っていれば良いじゃ無いか。邪魔にはならないよ」

「それじゃダメなんです~!二人も視聴者の皆さんもシギルさんにだって興味があるんですから!それにそんな寂しい事、このマスターが許しません!」

「俺が居ても水を差すだけだと思うが……ん?視聴者?」

「あっ、はい。打ち合わせが終わったら宅飲み生配信するので。私は飲みませんけど」

「精力的で結構な事だ」


 才花の携帯が微動し、忙しく塩胡椒を振りながら肉と野菜を炒めている才花は慌てふためいた。

「あぁっ、もう家の傍に!? もうひとつごめんなさい、シギルさん!マンションの玄関ホール外まで迎えに行ってあげて下さいませんか!?」

「分かったから、落ち着いてくれ…ああ、任せてくれ」


 才花の部屋から出たシギルはマンションの古めかしい通路を移動し、階段を下りた。

(…俺は良いが、ここが暗いから危ないかもな)

 

 二階階段のすぐ先…目線の高さに見えるLED街灯に向け、手を伸ばした。


(少し、借りるぞ)

 街灯の光が数度激しく点滅したが、元通りの明るさに戻る。


 そのまま階段を下り切り、玄関ホールへと向かっていった。自動ドアの向こうに、大き目の不織布マスクで口元を覆った若い二人組の女性が所在無げに立っていた。しかし薄暗い玄関ホールに現れたシギルを見て、少し驚いたように身じろぎした。


「あー、お二人がセイレンさんとリンさんで?…シギルです。ルルナの部屋まで案内しますよ」

 言いながら進み出て、シギルは改めて街灯の下で二人の女性を見た。背の高くスリムなおさげ髪の女性と、逆に背が低いが肉付きの良い体つきをした黒髪ボブの少女。手土産か、二人とも手にコンビニのロゴが入った重たげな買い物袋を提げていた。よく見ればそれぞれリュックサックも背負っている。

 

「あっ、あなたがシギルさんですね?私、リンです。昨日の生配信で見ましたよ!凄かったですね!…でもその、本当に英霊…なんですか?」

 背の低い少女がシギルを上目づかいに見上げた。


「そのようです。だが、特殊でしてね。この世界一般では英霊って言うのは一定時間しか召喚できないらしいが、俺はこの通り現在進行形で記録更新中のようだ」


「そこなんですよ、私らも視聴者も気になっているのは。打ち合わせの後で、たっぷり聞かせてもらいますよ?あ、私がセイレンです。今日はお世話になります」


「ルルナが会いたがってましたよ。どうぞ。 古めの建物なので足元に気を付けて」


 さりげなく二人の持つ袋を片手に受け取り、例の階段まで二人を連れてきた。…ちなみに中身はチューハイやビールの缶、そして各種ソフトドリンクだった。


 シギルは再び手をかざすと、眩い光球がふわりと頭上に浮遊した。


「えっ!? えっ!? て、手品ですか!?」

 後に続くセイレンとリンが狼狽えた。


「はは、まさか。 そんな高等なものじゃありませんよ。光を借りただけです。どうぞ。四階なので少々不便を強いますが…若いから大丈夫だろ?」


「…あの、敬語無しで結構ですよ?」

「そう言ってくれると助かる。育ちが悪いモノでね」

「そうは見えませんけど…でも、本当は魔導士だったりとか?」

「そんな大層な事どころか手品すらできないよ」


 二人を才花の待つ部屋へと案内した。


「ここだ。…我がマスターがテンパっているかもしれないが、生暖かい目で見守ってほしい」


「あっ、ど、どうぞ、散らかってますが上がって下さいっ!」


 シギルがドアを開けて二人を誘うと、慌ただしくエプロンを脱ぎながら才花が飛び出して出迎えた。本人はそう言うが、才花はこまめな性格なので今日も昼過ぎから掃除していたし、客人を迎えて恥ずかしい所は無い筈だ。


「とんでもない!こちらこそ急に無理を言ってすみませんでした。 でも、どうしても視聴者の反応が熱いうちに便乗したかったから、受けてくれて本当に感謝です。 お邪魔します」


「お邪魔します…わっ、すごく良い匂い。お腹減って来た」

「リンさん、先に打ち合わせですよ」

「わ、わかってます」


 才花に手招きされ、シギルと才花、セイレンとリンが向かい合う形でダイニングのテーブルに座った。

「改めて初めまして。セイレンチャンネルの水殿漣みどの れんです」

「ホーリー・タンカーこと御楯鈴みたて すずです」

「初めましてっ、姫野才花と、英霊のシギルさんです」


「早速ですが、明日の主な計画に入ります。日曜日…明日一日という事もあり、指定下層部への到達は到底不可能ですので第一回偵察という形にします。 目標は40階層到達です」

「40階層…」

 才花は息を呑んだ。…本来の自分では10階層前後が厳戒到達点だ。40階層など自分にとっては深海へ行くよりもよっぽどハードルが高い。


「当然、その為にはシギルさんの協力が必要不可欠になります。…最下層のボスを倒した以上、シギルさんに到達できない場所は無いでしょう。シギルさん、そしてルルナさん。どうか最下層到達の目的達成まで力を貸してください!」

 セイレンとリンが深々と頭を下げた。


「ああ、そんな、顔を上げて下さい! …と言っても私もシギルさんにお願いする立場なんですが…お願いできますか、シギルさん?」


「無論。 …だが、今日見たあの行列は皆お宝目当てに進んでいる連中だろう?最終的には先を越される事も考えて、あまり期待しない方がいい」


「はい。何もお宝だけが目当てでは無いんです。最終的に100階層に辿り着ければそれで目的は達成です。私達がダンジョン最深部に辿り着くことに動画としても意味がありますから」


「なるほど。俺はルルナに従うだけだし、彼女が望むならそれは俺が望む事だ。障壁は何であろうと排除するから任せてくれ」


「…ち、ちなみに収録の方はセイレンさんとリンさんにお任せしてもよろしいですか?私の撮影ドローンは修理中でして…」

 何故か若干頬を赤らめた才花が身を乗り出した。


「え? ああ、大丈夫ですよ。ドローンはじめ機材も既にギルドに運び込んでありますから」

「ところで、今回の偵察もライブでやるの?」

 鈴がオットリと確認した。

「基本的にはライブで、要所要所でカットします。ライバルへの対抗策ですね。シギルさんやルルナさんの名が付く以上、解析班…動画内の道順や迷路を細かに記録してマッピングしている半営利集団が徹底的に分析して情報化している筈ですから。…もっとも、所々カットしても効果は限定的ですがね」


 明日の打ち合わせを終えると、三人はそれぞれウィッグを被り、それぞれのファッションマスクやスカーフで口元を隠して彼女らのキャラに変装した。


「シギルさんもこれ、良かったらどうぞ」

 サングラスを渡され、シギルはそれを付けてみた。


「似合います似合います!」

「ワイルドに磨きがかかりましたね!それじゃ皆さん、宅飲みライブ本番行ってみましょう!あ、室内の様子は編集掛かるので安心してください。マスクとかウィッグも最初だけで、後はAI補正機能が付いてるので食べたり飲んだりするときは外しちゃってオーケーです。それじゃ…3、2、1…スタート!」


「いぇーい!皆みてくれてるかな~?」

 ややボーイッシュな口調に変えた漣が陽気に開幕を盛り上げた。チャット欄が三人のファンがぶつかり合って大洪水になっている。

「セイレンさんは800万人、リンさんは1800万人の登録数を誇る、超大物配信者なんです」

 隣のシギルに才花が耳打ちした。

「君は?」

「昨日一気に増えて、60万になりました!…まぁ、シギルさんが目当ての人もいるとは思いますけど…それでも嬉しいです!」

「君が良ければそれでいい」


「今夜の出陣式にはスペシャルなゲストが降臨中でーす」

 オットリとした口調のまま、鈴が9%チューハイの500ml缶を二つ開け、一つをシギルにマイクのように手渡して来た。

 …ノリのいいボケか天然か、シギルは生真面目に部屋の中を見回す。才花は直感的に後者だと思った。


「この通りノリのいい不思議な英霊さん、シギルさんです!…はい、チャット欄にもあるように、あの無双アニキです!シギルさん、明日の東京ダンジョン偵察に向け、何か一言お願いします!」


 何食わぬ顔で500ml缶を傾けていたシギルが自分のコメントを求められると、缶を置いて頷いた。


「俺にできる事はそう多くない。ただ、ルルナの邪魔をする敵は全て叩き斬るまでだ」


 一切の迷いも茶化しもなく淡々と答えるシギルに、チャット欄に怒涛の「これは惚れる」「無双ニキ」コールとルルナとの絆を囃すチャットが溢れる中、才花はそのパッド画面で気恥ずかしげに顔を隠した。


「さて、そのルルナさんはどこかな~?」


「あっ、あのっ、明日も皆さんの援護、よろしくお願いしますっ!」

 顔を真っ赤にしながらルルナが締め、そこからはただ宴会模様を中継しつつチャット欄の質問に答える様な形で和気あいあいと進んだ。深夜12時、チャット欄も流石に落ち着き、明日のダンジョン探索に向けて全員が就寝する事となった。

 …本来、二人はギルドの宿泊施設で寝る予定だったのだが、案の定というか酔い潰れたため才花の部屋で寝る事とした。幸い、二人とも用意周到なもので寝袋だけはダンジョン探索にも携行する物がリュックに詰まっていたので問題なかった。

 それを見届けたシギルは、久方ぶりに感じる不思議な感覚の余韻を反芻しつつ目を閉じた。

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