第6話[一触即発]英霊(?)さんといろいろ準備していたら…

「おはよーございます!よく眠れましたか?」

 声に反応すると、デニムパンツにTシャツの上に…何故か往年の男子向けロボットがプリントされたエプロンを掛けた才花が、湯気を立てる皿をダイニングのテーブルに置きながら挨拶してきた。

 

「ああ、おかげさまでな。姫野」

「…ありゃ?苗字呼びに変更ですか?」

「ふむ。考えてみたんだが、うら若い乙女を親しげに呼んでいるといらぬ誤解が君にかかるのでは無いかと思ってね」 

「へぇ、ダンジョンの中で記憶喪失になっていても、そういう現代の常識はちゃんと備わっているんですね?」

「ああ、俺も恐らくこの世界とほぼ同等の世界で暮らしていたような記憶がある。自分に関する記憶は全て黒塗にされたように全く見えないがね」

「じゃあ、親しい人の記憶は?」

「親しい人…」


 言われて思い出したのか、シギルはソファの上で思考を停止させたようにフリーズした。


「…親しい人という概念自体、今の今まで忘れていたよ。…自分以上に全く思い出せん。記憶を取り戻せる兆しすら見えない気がする。」


「それじゃまるで…」


 工場で生産されたばかりの部品とか機械…そんな無機質なイメージが浮かび上がりかけて、そのあまりに酷くて失礼な考えを打ち消した。


「でも、それだけリアルな記憶があるなら、きっとシギルさんのご家族や親しい人達も居るはずですよ。シギルさん、とても親切で人に好かれる人柄ですし」


「…ふむ。それに、いつまでも君に厄介になっている訳にも、あんな陰気臭いダンジョンで眠り続けるのも嫌だしな。俺は俺で、さっさと帰る場所を見つけないとな」


「あー、いくらでも厄介になって下さい。こちらも助かりますし。…味を占めた、って訳じゃ無いけど、シギルさんの協力を得れば最下層まで行くことも夢じゃ無いって事が昨日見事に証明されましたし…あっ、それはそうと朝食どうぞ!冷めないうちに」


「ん…折角作ってくれたのなら、ありがたく頂こう」

 


 膝丈スカートに落ち着いたブラウス。歳相応の可愛らしい私服姿に着替えた才花と共に市外へと連れ立って歩いていた。


「実は英霊召喚システム、って言うものについて調べてみたんです。そうしたら日本では一般にはまだ知られていませんけど海外と一部の詳しいネット交流サイト利用者の方の間では結構有名みたいでして」


「ほう。俺のようなのが世界中にいるのか?」


「いえ、それがシギルさんに関してはシステムからして個性的でして……これが一般的な召喚システムなんです」

 手を伸ばしながらシギルに見せる動画には、台座のようなものがあった。欧米配信者がそこへ手を置いて「我来たり。我助けよ。汝出でよ」と呪文を唱えると、台座を挟んで反対側に眩い光が形作られ始めた。…ここだけはシギルと同様だった。光が落ち着くと、そこには背から翼を生やした美しい戦乙女ヴァルキリーの姿があった。

 配信者の絶叫に近い歓声が響き渡ってくる。


「…俺の場合は?」

「床に描かれた魔法陣だけでした。これは幾ら探しても他に事例がありませんでした。 それだけじゃなく、こうして召喚された英雄は一定時間しか召喚されず、一定時間が過ぎると消えてしまうのですが…」

「俺は半日以上は持つようだな」

「もしかしたらシギルさんの場合には制限が無いのかも」


「はっはっはっ、君はとんだ厄介者を抱えたという訳だ」

 にやりと口元を歪めながらシギルは笑った。


「や、厄介なんて思ってませんよ。 ただすみませんね、部屋が無くて」

「なに、それこそお気遣いご無用だ。 …ところでどこへ向かうんだ?休日のようだが」

「はい、代々木公園の傍にあるギルドへ! シギルさんの当面の服とか寝具、生活雑貨、それから防具と装備ですね!」

「…あまり俺には必要ないと思うが…」


「あります!服とか生活必需品はもちろん、防具と装備も!これから私のチャンネルにシギルさんも映るようになるんですから、防御力も勿論ですが見栄え大事です! 女性視聴者獲得のチャンスでもあるんですから、汚れた黒ジャケットだけ着せている訳には行きません!」


「ははは、それは期待外れに終わるだろうが、もちろんマスターの意向には全面的に従うよ」

「え~?シギルさん受けると思うけどなぁ」

 

 バスを利用して代々木公園の外…かつて福祉系の施設があったという跡地に建てられた三階建ての東京ギルド拠点へと向かった。…正面玄関の前に立つと中から違和感を感じた。 普段に比べて人がやけに多い気がする。確かに休日だから、自分のような学生や社会人探索者で賑わうのはごく自然な事だが、それにしても多すぎる。 嫌な予感がして、急いでバッグの中から不織布マスクを二つ取り出し、自分とシギルに付けさせてから入場した。


 案の定、ダンジョン探索の受付に来た人々で長蛇の列が並んでいた。何組か、屈強な海外パーティーも見当たる。


「なるほど、昨日の君の動画を見て、攻略の希望が湧いたって事か」

「どちらかというとシギルさんがボスを倒したからだと思いますけど…うわ、凄い…レベル40クラスパーティーなんて生で初めて見た…Aランクだ…」


「日本に居合わせたんだろうが、それにしても素早いリアクションだな。君の配信からまだ一日と経っていないというのに」



 長蛇の列の先で、見知った受付嬢達がバイトを導入しててんてこ舞いの多忙によって忙殺されている。

 時折日本語を離せない海外パーティーもあり、その度に受付嬢達は涙目になりながら翻訳パッドを使いながら互いに注意・禁止・免責事項などの説明に追われている。

 

 食堂の方も腹ごしらえを済ませた冒険者がそれぞれの武器を手に続々と出てくる。


「こりゃ大変だ…と、とにかくショップの方に並びましょう!」 

 シギルの手を引き、二階へと駆け上がる。


 ショップも、サプライ消耗品雑貨ショップは大混雑していた。

「うわぁ、お昼の購買の人気商品みたい…」

 反対にギア装備品ショップの方には冷やかし程度しか人がおらず、一人の女性店員が隣のブースに申し訳なさそうに佇んでいる。


「よかった、すぐに済みそうですね」

 シギルを従えてギアショップに入ると、女性店員もようやく仕事ができて報われたように頭を下げて出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ」

「こちらの彼なんですけど、試着をさせてもらってもよろしいですか?」

「ええ、勿論です。そちらに試着室がありますので、ご自由にお試し下さい」

「ありがとうございます。 それじゃ、行ってみましょう!リクエストがあれば言って下さい」


 シギルは店内の防具や衣服を見回した。 今、自分が装備しているミリタリー系の戦闘服もあれば雰囲気と機能性を兼ね備えた中世風のバトルドレス、鎧も対魔法に特化した厚地の特殊な布鎧やローブから現代的なミリタリーアーマー、ゴテゴテのフルプレートアーマーも揃っている。


「メイルアーマーは…ないか。ああ、この皮鎧にでもしようか」


 胸部を守るレザーアーマーで、薄い金属板が申し訳程度に心臓部と左肩のレザーアーマーに縫い付けられた物だった。特殊な防御効果も通常防御力もさして無いが、とにかく装備ストレスが軽くて安い。

「分かりました。折角だからそのセットおすすめの中世風ジャケットも買っちゃいましょう。さぁ、試着室へ行っちゃって下さい!」


「わかったわかった」

 簡素な鎧であることもあって、五分程でシギルは試着室から出てきた。装備の着脱が容易な事も軽量防具の利点だ。


「おー、良い感じですよ、シギルさん!凄くらしくなってます!ブーツはそのままで似合いますね!」


 興が乗ってきた才花は回転式ラックに掛けられた灰色のバンダナを取り、シギルの首にイメージで重ねてみた。 

「すみません、これ一式下さい!」

「ありがとうございます。5万2000円になります」

 シギルのマスクを外させ、早速買ったバンダナもシギルの首に巻いてみる。 …うん、良い感じだ。

「シギルさん、ちょっと跪いてもらえます?そうそう!ちょっと髪、触らせてもらいますね」

  

 手櫛でサッサッと硬めの髪を弄る。…少し乱れた感じになった。立たせて見ると、狼っぽい男の雰囲気に軽装の出で立ちも相まってワイルドな色香が漂ってくるようだった。


「完璧です!次、ダンジョンに入る時はこれで行きましょう!」

 親指を立てて満足げな才花に苦笑しつつもシギルは頷いた。

「畏まりました、姫。…もう着替えてよろしいでしょうか?」


「まだ駄目です!ダンジョン入り口で一緒に写真撮りましょう!シギルさん関連の催促がもう結構来てるんですよ!」

「それはまた物好きな御仁が居たものだ」


「女の子枠に違いありませんって! とにかくそのままでお願いします。それじゃ、行きましょう!」


 一階に降りると、異様な雰囲気に気付いた。どよめきと怒鳴り声。才花が階段の縁から覗き込むと、受付カウンターに迫った大男達が外国語で担当の受付嬢をまくし立てている。まだ二十にもならない少女はカウンターから後退り、涙目で落ち着いてくれるよう懇願するが、頭に血が上った人間に一番必要ながら一番通じない説得でもあった。


 レベル40クラスのAランクパーティに歯向かえる者が居るはずもなく、その列を遠巻きにするように人々が分かれていく。


「そりゃ泣きたくもなる。 …どうされますか、マスター?」

 シギルが冷やかすように才花を見た。


「も、もちろん助けます!……シギルさんがっ…」

「りょーかい」

 

 シギルが縁を乗り越え、一階フロアへと飛び降りた。

「あっ、でもでも、絶対に手を上げずに収めてください!シギルさんが暴力沙汰を起こすと、不利になってしまうので!」


「安心してくれ、優しくしてやるから」

「…なら、なんで指の骨鳴らしてるんですか?」

「冗談だ」


 シギルはつかつかと問題のカウンターへと向かっていく。

 シギルは男の隣に立つとカウンターをトントンと叩いて自分に注意を向けさせた。

「あー、ミスター?ここは平和で大人しい人々が住む国なんだ。もっと優しく話さなければダメですよ。例えば幼い我が子と会話するように…」

 理不尽な剛腕がシギルの顔面にクリーンヒット。 才花も周りも、息を呑んで絶句した。


 …が、どういう訳かシギルはほんの一歩離れた場所に…カウンターにもたれ掛かった同じ姿勢のまま立っている。

「ボクシングの練習かな? 危ないから、そういうのは誰も居ない所でやってくれ」

 

 男が大きく一歩踏み込み、シギルに殴りかかった。…確かにクリーンヒットしているように見えるのに、拳は虚しく宙を空振りしながら巨体が無様に体勢を崩して転がり込む。…そのまま頑丈なカウンターに顔面をぶつけ、その場で悶え回る。


「大丈夫か、ミスター?救急車がいるか?それとも帰国便か?」


 本気の親切とも挑発ともつかない様子でシギルが覗き込む。取り巻きの男達が逆上して次々シギルに突進するが…そこで居合わせた人々は世にも奇妙な光景を目撃することになった。 

 三人のパーティーメンバーである男達が互いの仲間を殴り合っている。…まるで催眠術で操られるように。 

 ある意味それはシギルの催眠術なのかもしれない。シギルは止めるよう、落ち着くよう促しながら男達の間を舞うようにただ動き回っている。 指一本触れず、足を引っかける事すらせず、暖簾のように男達の間をぬらりくらりと避けているだけ。


 強力なステータスを持ちながら互いにボコボコに殴り合った男達はその場に崩れ落ち、完全に戦意喪失した。

「大した怪我じゃないが、一応警察を呼んだ方が良いかもな。代々木署はまだ忙しいだろうから少し時間がかかるかも」

 カウンター越しに語り掛けると、それまで涙目のまま呆気に取られていた受付嬢が我に返り、深々と頭を下げた。

「あっ、ありがとうございます」

「災難だったね。お仕事お疲れ様」



「あんなになるまで殴り合うとはたいしたものだな」


 何食わぬ顔でシギルは才花の元へ戻って来た。国際的なAランクパーティーが一人の男相手に自滅するというあり得ない現場を目撃して、それまで傍観していた人々は倒れた男達にスマホを向けている。


「す、すごい…催眠術なんですか?相手の距離感を狂わせるとか?」

「はは、まさか。見切って一歩動くだけだよ。 …じゃ、帰りますか、マスター殿」

「は、はい……ッて、さりげなく帰らない!写真撮ってからですってば!」

「ちっ…憶えてたか…」 

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