我々日本人にとって空想の存在ではありつつも、最も身近で、けれど畏怖の対象でもある者ーー。それが、鬼ではないでしょうか。
鬼が棲むと言われる山。近づくなと言われている山。今でも日本のどこかに、そんな場所は沢山あるでしょう。
そんなリアリティのある舞台が提示され、続いて畳み掛けるように語られる主人公・桜の閉塞感。思わず眉を顰めながらページを繰ってしまうほど、現実味のある彼女の辛い、喉元を締め付けていくような生きづらさ。主人公に憑依してこの世界に没入していく感覚がたまらなくて、読む手が止まらなくなります。
鬼と人。種族を超えて関わり合うその美しさを、桜の描写に託す筆致もお見事です。
三万字ないのに素晴らしい余韻。皆様もぜひ!
恐ろしい伝説とは、人々が畏れ、避けるもの。
なぜ避けるのか? おそらく、失う怖れ以上に、守りたいものがあるからだろう。
けれど私には、もうずっと前に、失うことを恐れるものなど何もなかった。子供の頃から。
両親は離婚し、母と二人で、魂を抜かれた人形のような日々を送っていた。
息苦しいその環境から少しでも離れられた瞬間だけが、私が本当に生きていると感じられる時間だった。
だって、あの誰もが恐れる存在が、何にも未練のないこの私を、何のためらいもなく受け入れてくれたから。
鬼は人を喰らい、攫うという。
それって、本当に怖いこと?
私を煩わしいと感じていた母ですら、自分の幸せを追い求めている。
私には不安に映る、そんな幸せを。
ならば私だって、私の幸せを追い求めていいんじゃないか。
たとえ、人々の目には不安に映るとしても。
いや、幸せなら、不安なんてない。
これは私だけのもので、他人とは関係ない。
だから今回は、迷わず私だけの道を歩みだす。
私だけの人生を、咲かせていくために。