プロローグの最後の一文で持っていかれました。「英雄の記録というより、使い切れなかった資産の引継書に近かった」——この一文が、作品全体の温度を決めている。
戦闘描写の解像度が異常に高いのに、語り手は制御された低体温を崩さない。「獣より関節が多く、獣より考えているふうだった」「停止という概念を拒否している動き」——この種の比喩は、書ける人にしか出てこない。
「救護ではなかった。回収だった。」この二文の転換が、プロローグで最も冷たい瞬間。英雄が「人」ではなく「器材」として扱われるその転倒が、たった二文で描かれる。
ポストアポカリプスものとして、「世界が終わった後も人間は人間を消耗品として扱う」という後味の悪さ。それが「誰も悪くない」というキャッチコピーに繋がる。読みたいと思わせる力がある作品です。