吹き出す牛乳と水道管の水に、少年少女のエネルギーのほと走りと、どうしようもない衝動の象徴を感じた。一方、中学は体力が増してくるにつれ暴力性も高まり、それがいたずらにも反映されている。
男の器用さについては、アイヌ民族のことが思い出された。アイヌ文化では小道具の美しさによって、優れた男か否かが決まっていたという。武器などを一通り自作しなくてはいけない時代では、「手先が器用=生活力があり信頼できる男」という意味になるからだ。そういった観点から見ると、破壊一辺倒の遊びと美しい道具が必要な遊びの開発では創造性が異なる。また、加菜実は女性文化の連帯におさまるが、持ち前のセンスまで失ったわけではなかった。そこに対する恭平の距離感も面白い。
前半は子ども世界のカオス感が描かれているが、後半はハードボイルドな雰囲気さえ感じさせる。男女の違いと登場人物の個性を同時に描き、その変化をシームレスな文体で表現しているのが見事。