学園一の嫌われ令嬢(実は超絶不器用)が、隣の席の俺にだけ「心の声」がダダ漏れな件について

宵月綴

第1話氷の令嬢は、僕の脳内でだけ悶絶している

窓際の後ろから二番目。僕、佐藤誠(さとう まこと)の定位置は、平和そのもの……のはずだった。

 隣の席に、「氷の令嬢」こと神代凛花(かみしろりんか)が座るまでは。


「……どいて。邪魔よ」


冷ややかな声が鼓膜を打つ。

 見上げれば、一糸乱れぬ黒髪をなびかせ、彫刻のように整った顔立ちの少女が僕を見下ろしていた。その瞳には、親の仇でも見るかのような鋭い光が宿っている。


学園で彼女を知らない者はいない。

 名家・神代グループの令嬢であり、成績優秀、容姿端麗。しかし、あまりにも傲慢で刺々しい態度から、全生徒から恐れられ、遠巻きにされている孤独な女王。


「あ、ごめん。ちょっとカバンがはみ出してたね」

「わかればいいのよ。馴れ馴れしく話しかけないで。空気が汚れるわ」


彼女はスカートを整えながら、優雅に、そして威圧的に席についた。

 相変わらずの塩対応だ。クラスの連中が「神代の隣は罰ゲーム」と囁き合うのも無理はない。僕も正直、この三年間を穏やかに過ごしたかった。


だが。

 一ヶ月前から、僕の日常は別の意味で崩壊している。


(((((((((((あああああああああああああああ!!!!!!!!))))))))))


脳内に、爆音の絶叫が響き渡った。

 僕は思わずシャーペンを落としそうになる。


((((((やってしまった! またやってしまったわ! なにが「空気が汚れる」よ凛花! あなたの口はドブ川にでも繋がっているの!? 佐藤くん、あんなに優しく笑ってくれたのに! 今の「ごめん」って顔、ちょっと困ってて守護(まも)らなきゃいけない可愛さだったじゃない! バカ! 私のバカ! 猛省しなさい!!)))))


……これだ。

 なぜか知らないが、僕は隣に座る神代さんの「心の声」が聞こえるようになってしまった。


それも、ただの声じゃない。

 外面の冷徹さからは想像もつかない、ハイテンションで、自己肯定感が低く、そしてなぜか僕に対して激甘な、彼女の「本音」が。


(((((あああ、佐藤くんが今、落としたシャーペンを拾おうとして指が震えてる……。私のせいね。私の邪気(オーラ)のせいだわ。ごめんなさい、本当はそれ、私が拾って差し上げたいの。でも今の私にできるのは、般若のような顔で教科書を開くことだけ……。せめて、せめてその震える指先に、私の視線という名の愛の加護を……!)))))


やめてくれ。視線が痛い。

 横目で見ると、神代さんは眉間にシワを寄せ、親の仇を討つような顔で数学の教科書を睨みつけている。だが、僕への「加護」とやらのせいで、その眼力はもはやレーザービーム並みの殺意を放っていた。


「……あの、神代さん。教科書、逆だよ」


いたたまれなくなって声をかける。

 神代さんはピクリと肩を揺らした。


「……フン。これくらい知っているわ。あえて逆から読むことで、脳の活性化を図っているのよ。凡人の貴方には理解できないでしょうけど」


((((((死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!!! 逆!? 逆なの!? 嘘でしょ、もう10分近くこのままだったわよ私! 脳の活性化って何!? そんなの聞いたことないわよ! 恥ずかしい! 穴を掘ってブラジルまで逃亡したい!! 佐藤くん、お願いだから今の記憶を消去して! 5000兆円払うから忘れてえええええ!!)))))


5000兆円もいらないから、せめて心の中で叫ぶのをやめてほしい。

 僕の脳内は、さっきからパチンコ屋の店内みたいな騒がしさだ。


神代さんは震える手で教科書を正位置に戻した。

 その耳たぶが、真っ赤に染まっているのを僕は見逃さなかった。


世間では「氷の令嬢」と呼ばれ、冷酷非道と恐れられている彼女。

 でも、僕だけは知っている。


彼女が、誰よりも不器用で。

 誰よりも僕のことが大好き(らしい)だということを。


「……佐藤くん」

「えっ、あ、はい」


突然、神代さんが僕の方を向いた。

 心の声がピタリと止まる。

 彼女の瞳に、いつになく真剣な光が宿っていた。


「今日の放課後、空いているかしら」


クラス中が静まり返った。

 あの神代凛花が、名もなきモブ男子の僕を誘った?

 ざわざわと周囲の視線が集まる。


「ええと、特に予定はないけど……」


「……そう。なら、私の執事に連絡しておくわ。貴方を『調教』する必要があるから、屋敷に来なさい」


周囲から「ひぇっ……」という悲鳴が上がった。

 「佐藤、終わったな」「ついに粛清か」という同情の視線が突き刺さる。


だが、僕にだけは聞こえていた。

 彼女の、心臓が破裂しそうなほどのバクバクという鼓動と――。


((((((((((誘っちゃったあああああああああ!!!!! 調教って何!? 私、何を言ってるの!? お茶に誘いたかっただけなのに、昨日見た深夜アニメの台詞が混ざっちゃったじゃないのよおおお! 佐藤くん、震えてる! 恐怖で震えてるわ! 嫌われた! 完全に終わったわ! でも来て! 来てくれたら、最高級の茶菓子と私の全財産で全力でもてなすからあああ!!))))))))))


神代さん。

 君、全財産払いすぎじゃないかな……。


こうして、僕と「氷の皮を被った爆音令嬢」との、騒がしすぎる放課後が幕を開けた。


放課後の校門前には、およそ高校の風景には似つかわしくない漆黒の高級リムジンが鎮座していた。

 道行く生徒たちが「おい、誰が連行されるんだ……」「佐藤だろ、神代さんに睨まれてたし」とヒソヒソ声を漏らす中、僕は神代さんに背中を押されるようにして後部座席へ押し込まれた。


「……座りなさい。逃げようとしても無駄よ」

「逃げないよ。……というか、これ、どこに向かってるの?」

「私の家よ。言ったでしょう、『調教』が必要だって」


神代さんは窓の外を見つめ、組んだ足の先を苛立たしげに揺らしている。その横顔は、触れれば切れる刃物のような冷徹さに満ちていた。

 だが、僕の脳内は、相変わらずの「お祭り騒ぎ」だ。


((((((((((あああああああああああああああ!!!!!! 隣! 隣に佐藤くんがいる! 密室! これ実質的に密室じゃない! 距離、わずか30センチ! 彼の体温を感じるわ……! 彼の残り香を吸い込みすぎて肺が佐藤くん成分で満たされていく! 幸せすぎて死ぬ! 誰か私の心臓を止めて、じゃないと爆発して車を吹き飛ばしちゃう!!))))))))))


……幸せすぎて爆破テロを起こさないでほしい。

 僕は彼女の心臓の鼓動がリムジンのエンジン音より大きく聞こえるんじゃないかとハラハラしながら、必死に平静を装った。


やがて車は、街外れの高台にある、要塞のような門をくぐった。

 そこに建っていたのは、家というよりは美術館か城といった趣の巨大な洋館だった。


「着いたわ。降りなさい」


出迎えた十数人のメイドと、白髪の老執事が一斉に頭を下げる。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「セバス。彼を客間に。最高級の『尋問準備』を整えておいて」


((((((((((セバス! 準備はいいわね!? 冷蔵庫に眠っている、一切れ一万円するあの究極のメロンショートケーキを出すのよ! 紅茶はダージリンのファーストフラッシュ! 佐藤くんの口に触れるカップは、私が昨日こっそり洗って磨き上げたマイセンの特級品よ! 粗相(そそう)があったら全員クビにするから覚悟しなさい!!))))))))))


……どうやら「尋問準備」というのは、「極上のおもてなし」の隠語らしい。

 通された客間は、僕の家のリビングが丸ごと三つは入りそうな広さだった。ふかふかのソファに座らされ、震える手で運ばれてきたショートケーキを一口食べる。


「……美味しい」

「フン。当然よ。私の家にマズいものなど存在しないわ」


((((((((((「美味しい」って言った! 今、佐藤くんが「美味しい」って!! ああ、フォークになりたい! 彼の唇に触れるあの銀色の肢体になりたい! 咀嚼されるケーキになって彼の血肉になりたい……! 待って、今の私の発想、ちょっと変態っぽくない!? 大丈夫!? 嫌われてない!?))))))))))


大丈夫、ちょっとどころか結構変態的だけど、今のところ僕しか気づいてないから安心してほしい。

 神代さんは僕の正面に座り、扇子で口元を隠しながら、冷たく言い放った。


「さて、本題に入りましょうか、佐藤誠くん」

「……はい」

「貴方、最近、私のことをジロジロ見ていたわね? 何か企んでいるのかしら」


ギクリとした。心の声を聞いているのがバレたのか、と一瞬焦ったが、彼女の脳内は別の方向へ暴走していた。


((((((((((本当はわかっているのよ! 貴方が私を気にかけてくれていることくらい! 教科書の逆転を教えてくれた時のあの慈愛に満ちた瞳……! 私は忘れないわ! だから、これは私からの感謝の印……! さあ、受け取って! 私が三日三晩かけて夜なべして作った、これを受け取りなさい!!))))))))))


神代さんは、おもむろに机の下から小さな箱を取り出した。

 外面の彼女は、それをゴミでも捨てるかのような無造作な動作で僕の前に突き出した。


「……これ、あげるわ。道端で拾ったの。捨てるのも忍びないから、貴方に押し付けてあげる。感謝なさい」


開けてみると、そこにあったのは――。

 丁寧すぎるほど丁寧に編まれた、手作りの「ミサンガ」だった。

 「誠」という僕の下の名前が、少し不格好な刺繍で入っている。


「これ、手作り……?」

「……さあ、どうかしら。私の執事が暇つぶしに作ったんじゃないかしら」


((((((((((私が作ったのよおおおおお!! 指に絆創膏を五枚も貼りながら、愛を込めて編み上げた世界に一つだけのミサンガよ! 「誠」って刺繍するのに三時間かかったのよ! 重い!? 重いわよね!? でも受け取って! 捨ててもいいから! 嘘、捨てたら泣く! 枕を濡らして明日から登校拒否する!!)))))))))))


僕は、彼女の指先を見た。

 白い綺麗な指に、確かに小さな絆創膏がいくつか貼られている。


外面では僕を汚物のように扱い、冷たく突き放す「氷の令嬢」。

 でも、その内側では、僕への想いが爆音で鳴り響き、不器用な優しさが溢れ出している。


……なんだこれ。

 めちゃくちゃ、可愛いじゃないか。


「ありがとう、神代さん。大切にするよ」

「……勝手にすれば。……あ、あと、明日も隣の席で、ちゃんと私のことを見なさい。いいわね?」


((((((((((きゃあああああああああああ!! 言っちゃった! 明日の予約しちゃった! 佐藤くん、笑った! あの笑顔、破壊力100万ボルトよ! 私、明日まで生きてられるかしら!? とりあえず今夜は、このソファに染み付いた彼の残り香を瓶に詰める作業に入るわ!!))))))))))


……残り香を詰めるのは全力で阻止したいところだが。

 どうやら僕のこれからの学校生活は、静かではいられそうにない。


神代さんの「本音」という名の爆音を聴きながら、僕は二口目のケーキを口に運んだ。

 砂糖の甘さよりも、彼女の心の声のほうが、よっぽど甘酸っぱかった。

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