華やかおじさん
翌朝、私とガルドさんは下見という名の買い出しのために城下町へ出かけた。
もちろん今日は城に入るわけじゃない。まずは城の外壁沿いを歩いて、記録室のある棟の窓の位置を確認する。それだけだ。
「ルイには何と言いましたか」
「ちょっと出かける、と言った」
「あの子本当に物分りがいいですね……。正直怖いくらいです」
「まあその物分りの良さに助けられているからな。文句は言えん」
(ガルドさん、ルイへの説明がいつも最小限だど、ルイはそれで納得しているんだよな……)
山道を抜けると、城への道が伸びている。石畳の道の両側に家が並んで、朝の空気が澄んでいる。
私はガルドの体の大きな足で歩き、ガルドさんはリゼットの体の小さな足で歩いた。
歩幅が、全然違う。
「……この体は歩くのが遅いな」
「体格差を考えてください。これが限界です」
「そうか。俺の足は長いな」
「…………ソウデスネ」
初めてガルドさんが得意気な顔をした。とは言っても元は悪役令嬢。得意気な顔が様になっている。
歩調を合わせながら、城の方角へ向かって歩く。
ガルドさんが特に何も言わないので、私も黙って歩いた。二人で黙っていても、そんなに変な感じがしないのは、ガルドさんが元々無口な人だからだと思う。
―――――――――――――――――――――
城への道の途中、市場の端を通り抜けることになった。…………という振りをしているが、実は陰のメインだ。
前回私が一人で来た時とは、空気が違う。今日は私の隣にリゼットの姿のガルドさんがいる。
最初に声をかけてきたのは、花売りの若い女性だった。
「ガルドさん!おはようございます。それで……あの……失礼ですが、こちらの方は?」
ガルドさんを見上げて、遠慮がちに話しかけている。
「この者の親戚だ」
「そうだったんですね! ところで、どちらからいらしたのですか?」
「隣国だ」
「隣国! とても素敵なお召し物で。よくお似合いです」
「そうか」
「あの、よかったらこれをどうぞ」
小さな白い花を一輪、差し出した。ガルドさんが少し間を置いてから、
「……ありがとう」
と受け取った。
花売りの女性が、最後私の方をチラッと横目で見て、耳まで赤くして戻っていく。
(……今の、何だったんだろう)
ガルドさんが受け取った花を、何の感慨もなさそうに手に持っている。令嬢の姿で白い花を持っていると、絵になる。やはり私は可愛い。
「ガ……リゼットさん」
「なんだ」
「その花、どうするんですか」
「持っていく」
「下見に花を持っていくんですか」
「邪魔にはならないだろう。それに、持っていく以外の選択肢は無いはずだ」
(……まあ、そうですね)
それから先も、声がかかり続けた。
ただし、今度の矛先は——私だった。
布屋の前を通りかかると、店先の女性がこちらをじっと見て、
「あの……すみません、少しよろしいですか」
と、私に向かって声をかけてきた。
「なんでしょう」
「よかったら、この生地を見ていただけませんか。お体に合いそうな色があって」
(……私に?)
私はガルドの体を持った、どう見てもおじさんだ。四十代、白髪交じり、古傷あり。自分で言うのもあれだが、声をかけるならリゼットの方だと思う……。
それに生地を当てながら、店の女性が目を細めている。
「やっぱり……お顔立ちがいいから、何色でも映えますね」
「……そうですか」
「こういう深い青はどうでしょう。目の色に合いますよ」
(目の色……。ガルドさんの目は、確かに少し青みがかった灰色だ)
ガルドさん――リゼットの姿をした――が隣で小さく「ほう」と言った。
「いいんじゃないか?」
「そんなわ……俺は別に……」
「どうせ俺の金だし」
店の女性が微笑みながら、青い生地を畳んで袋に入れた。
「よかったらどうぞ。お代はいりません。また来てくださいね」
私はお礼を言って、受け取る。
歩き出してから、ガルドさんがゆっくりと口を開いた。
「……よくもらうな」
「私がですか?」
「さっきからそうだ。お前の方が多い」
(……言われてみれば)
振り返ると、さっきの布屋の女性がまだこちらを見ていた。目が合うと、ぱっと顔を逸らした。
(……これは、もしかして)
―――――――――――――――――――――
それから先は、もはや流れ作業だった。
香草売りのおばさんには「男前だねえ」と言われながら束を押しつけられ、宿屋の前を通れば中から女将のマリスさんが飛び出してきた。
「あら! ガルドじゃない、珍しい。……って、隣のお嬢さんは誰?」
「まあ……遠い親戚です」
「へえ! ガルドに親戚がいたの。……ねえ、ガルド最近なんか雰囲気変わったって思ってたんだけど、やっぱり変わった? なんかこう、柔らかいっていうか」
(また言われた。柔らかい。……私のせいだ、確実に私のせいだ)
「気のせいですよ、マリスさん」
「そう? でも話し方とか、なんか丁寧になった気がして」
「鍛冶に集中しているので、普段どう喋っていたかとか覚えていないですよ」
「へえ……。まあいいや。ねえ、今度うちの娘に鍛冶場見せてあげてよ。あの子最近ガルドのことが気になってるみたいで」
(……え?)
「気になっている?」
「そうよ。先月包丁を打ってもらった時から、ちょこちょこ話してたじゃない。覚えてない?」
「……ああ」
この体の記憶を辿ると、確かに赤い髪の娘さんの顔が浮かぶ。革細工屋の娘さんだ。
(あの子が、ガルドさんのことを……?)
「まあ考えておきます」
「そう言って考えないやつの顔ね、それ」
「失礼しちゃう」
「あははは! ガルドが「失礼しちゃう」なんて言うの初めて聞いた。やっぱり変わったじゃない」
マリスさんの笑い声を背中で聞きながら、私は早足で歩いた。
隣でガルドさんが静かについてくる。
「……ガルドさん」
「なんだ」
「あなた、この町でかなり人気がありますよ」
「そうか」
「「そうか」じゃないですよ。女の子が好意を持っているかもしれないんですよ」
「俺には関係ない」
「関係なくはないと思います」
「今は元に戻ることが先だ。それ以外のことは考えていない」
(……本当に仕事と目の前のことしか考えていない人なんだな)
感心しているような、羨ましいような、少し複雑な気持ちで私はガルドさんの横顔を見た。
リゼットの顔が、さっぱりとした目をしていた。
(私もそのくらい、すっきりしていられたらいいんだけど)
王子のことが、頭をよぎった。
私はすぐに頭を振った。今は城の下見だ。集中しなければいけない。
―――――――――――――――――――――
城の外壁が見えてきた頃、ガルドさんが立ち止まった。
壁沿いに目を動かして、棟の位置と窓を順番に確認している。
「……あの棟の、三階の右から二番目か」
「そうです」
「あそこから忍び込むのか……」
「……そうです」
まずは、私の身の潔白を……か。
私一人では成し遂げられなかったことを、今度は二人で―――。
その時、私たちはまだ気づいていなった。
私たちを尾行する存在があったことを。
転生悪役令嬢、今度は鍛冶屋のイケオジになる 神代玲 @taki0090
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