エピローグ

 式の日は、雲ひとつない快晴だった。


 秋の光が、学院の中庭に差し込んでいる。


 リアンが部屋の前の廊下で待っていた。


 純白のドレス。


 制服、いつもの装いではなかった。それでも、いつもと同じ顔をしていた。


「お姉様」とリアンが言った。

「……」


 答えられなかった。


「どうしましたか」

「何でもない」

「顔が」

「何でもないわよ」

「口元がにやけてますよ?」

「何でもないから来なさい」


 リアンが笑った。


 いつもの笑い方だった。目元に表情が出る笑い方だった。



 中庭に出た。


 月見石の前に、全員が集まっていた。


 エドヴァルトが立っていた。今日は礼服だった。普段とは違う格だった。公爵家の礼服だった。


「遅い」とエドヴァルトが言った。

「時間通りよ」

「あなたたちを待つ間が長かった。体感としては遅刻だ」

「それはあなたの問題」


 エドヴァルトが少し笑った。


 シリルが隣にいた。目が赤かった。まだ式は始まっていないのに。

「シリル、もう泣いているの」

「泣いていません」とシリルが言った。「目が少し、滲んでいるだけです」

「同じでしょう」

「ぜんぜん違います」


 レヴが少し離れたところに立っていた。腕を組んでいた。いつもどおり、中二病の構えだ。


「来たのね」とわたしは言った。

「……来ないとは言っていなかった」とレヴが言った。

「来るとも言っていなかった」

「……来ないとは言っていなかった」

「そうね」


 ミエルがレヴの隣にいた。

「クールな式になりそうですね」とミエルが言った。


「どこがクールなの」

「ルネさまがいるので」

「……」


 オーレリアが来ていた。

 神殿の仕事の合間に来てくれた。


「おめでとうございます」とオーレリアが言った。「お二人とも」

「来てくれてありがとう」とリアンが言った。

「来たかったので」オーレリアが言った。少し間を置いた。「リアン様」

「はい」

「あなたのおかげで、向かう先が見つかりました。今でも、そう思っています」

リアンが少し目を丸くした。それから笑った。「わたしも、オーレリア様がいてくれてよかったです」

オーレリアが少し頷いた。ルネを見た。「ルネ様」

「なに」


「……お幸せに」

「ありがとう」とわたしは言った。


 オーレリアが少し目を伏せた。でも微笑んでいた。本物の笑顔だった。


 月見石の前に、二人で立った。


 向かい合った。


 エドヴァルトが前に出た。今日は司式を務めてくれた。


「始めよう」とエドヴァルトが言った。


 全員が静かになった。

 中庭が、静かだった。

 秋の風が吹いた。木の葉が揺れた。月見石が、昼間でも白く光っていた。


「ルネ・ド・クロワール、リアン・ド・クロワール」エドヴァルトが言った。「この場所に集まった者たちの前で、お互いへの言葉を述べてほしい」

「では」とリアンが言った。「わたしから」

「どうぞ」とエドヴァルトが言った。

リアンがわたしを見た。

まっすぐ見ていた。

「お姉様」

「なに」

「聞いてくれますか」

「もちろん」


 リアンが少し息を吸った。


「わたしは最初、お姉様が怖くなかった。夜の庭で闇魔法を見たとき、きれいだと思いました。それが始まりです。それからずっと、お姉様を見てきました。怒っているときも、困っているときも、嬉しいときも——全部見てきました。顔には出ていないけど、全部わかりました。ずっと見てきたから」

「……そう」

「お姉様はわたしを守ってくれました。ずっと守ってくれました。廃工場でも、神殿でも、祭りの夜も。でもわたしは、守られるだけではいたくなかった。だから聖女になりました。お姉様の隣に、ちゃんといられるように」

「……」

「今日、ここに立てて、よかったです」リアンが言った。「お姉様と一緒に、ここまで来られて、よかったです。これからも、一緒にいてください。ずっと、一緒に」

「ええ、もちろんよ」

 

 全員が黙っていた。シリルは泣いていた。

「ルネ」とエドヴァルトが言った。「あなたも」

 わたしはリアンを見た。

 リアンが待っていた。


「わかっている」とわたしは言った。「考えてきた」

「どうぞ」

「リアン」

「はい」

「あなたが夜の庭に来た夜から、今日まで」とわたしは言った。「あなたがいたから、ここにいられた」

「……」

「何のためにここにいるのかわからなかった。でもあなたがいた。あなたがいるから、いられた。あなたが図書館に来るから、研究室にいた。あなたが笑うから、ここにいてよかったと思えた」

「お姉様」

「待って」

「はい」

「あなたがいるから、ここにいられた」とわたしは繰り返した。「それが、わたしの全部よ。これからも、あなたのそばにいる。どこに行っても、何があっても、あなたの隣にいる。それだけよ」

「……それだけ、ですか」

「それだけよ」

「十分です」とリアンが言った。声が震えていた。「十分すぎます」

「大げさね」

「大げさではないです」


 エドヴァルトが「指輪を」と言った。

 ポケットから恋人石を出した。

 

 二つあった。

 

 リアンの手を取った。左手に、恋人石を置いた。


「指輪代わりよ」とわたしは言った。

「もうずっと持っていましたよね」とリアンが言った。

「お揃いで持っていた。だから今日はそれを使いましょう」


 リアンがもう一方の石を取った。わたしの左手に、置いた。


「じゃあ、お揃いです」

「最初からお揃いだった」

「でも今日は、みんなの前で」リアンが言った。「お揃いにしました」

エドヴァルトが「誓いのキスを」と言った。

 シリルが「エドヴァルト先輩、それは」と言った。


「式には必要だ」とエドヴァルトが即座に言った。

「でも」

「必要だ」


 ミエルが「クールですね」と言った。

 わたしとリアンが顔を見合わせた。


「どうしますか」とリアンが言った。

「……好きにしなさい」

「好きにします」


 わたしは少し屈んだ。


 唇が触れた。

 短かった。

 温かかった。

 後ろで、シリルが完全に泣いていた。

 レヴが「泣くな」と言っていた。声が少し高かった。


 ミエルが「クールな式でしたね」と言っていた。


 エドヴァルトが「……よかった」と小声で言っていた。

 オーレリアが静かに拍手をしていた。


「終わりね」とわたしは言った。

「終わりました」とリアンが言った。「始まりましたよ」

「始まり」

「はい。そして、今日から、正式に始まりです」


 月見石が光っていた。

 昼間でも光っていた。


「お姉様」

「なに」

「幸せですか」


 少し間を置いた。


「……そうね」とわたしは言った。

「わたしもです」リアンが言った。「今日、一番幸せです」

「今日だけ?」

「今日が一番です。でも明日も幸せです。明後日も。ずっと」

「大げさ」

「大げさではないです」リアンが言った。「お姉様といれば、ずっと幸せです。それだけのことです」

「……そうね」とわたしは言った。

「お姉様もそうですか」

「そうね」

「言ってくれましたね」

「言った。それだけよ」

「十分です」


 リアンが笑った。

 いつもの笑い方だった。

 最初に見た笑い方と、同じだった。


「では、みんなでご飯を食べに行きましょう」とリアンが言った。「ミエルがジュースを持ってきているので」

「式が終わったら飲もうと言っていたわね」

「終わりました」とミエルが言った。「クールに乾杯しましょう」

「乾杯はジュースでするものではないわよ」とわたしが言った。

「クールな人はジュースで乾杯します」

「そんな話は聞いたことがない」

「ボクもジュースがいい」とレヴが言った。

「……レヴ、クールですね」とミエルが言った。


 シリルが目を拭いていた。「先輩、泣きすぎました」とミエルが言った。「クールではないですね」とレヴが言った。「そういうことを言わないでください」とシリルが言った。

オーレリアが「わたしもご一緒していいですか」と言った。

「どうぞ」とリアンが言った。

「ありがとうございます。では」オーレリアが少し間を置いた。「今日は、楽しみます」


 全員で歩き始めた。


 中庭から、食堂に向かった。


 月見石が後ろで光っていた。


 ここで、最初に干渉実験をした。

 ここで、告白があった。

 ここで、式を挙げた。


「お姉様」

「なに」

「手、繋いでいいですか」

「もう繋いでいる」

「そうでした」とリアンが言った。「では、このままで」

「……ええ」


 秋の光が続いていた。

 全員で歩いた。

 平和だった。そんな日々が、これからも、ずっと続いてほしい。そう心から願った。




 ――完――

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