第31話 対決
三人で中庭にいた。
珍しい組み合わせだった。リアンが神殿の用事を終えて戻ってきて、オーレリアもその日は学院に来ていた。最近、オーレリアとリアンがよく会話をするようになった。いつのまにか仲良くなっていたようだ。最初の審査のときのような、礼儀正しい遠さは、もはや見る影もなくなっている。
わたしは二人の少し後ろに座って、文献を読んでいた。
「ルネ様」
オーレリアが言った。
「なに」
顔を上げた。オーレリアがこちらを見ている。珍しく、何かを企んでいるような目だった。企んでいる、という言葉がオーレリアに似合わない気がしたが、他に言い方が見つからなかった。
「お願いがございます」
「なに?」
「今度の審査で、わたしがリアン様に勝ったら——ご褒美を頂戴したくて」
文献を閉じた。
「なぜわたしに」
オーレリアが少し考えるような顔をした。「私が今、1番欲しいものを、ルネ様が持ってらっしゃるので」
「ご褒美の内容は」
「それは、勝ってから申し上げます」
断ろうとした。
でも言葉が出てこなかった。
「……わかったわ」とわたしは言った。
オーレリアが小さく頷いた。表情はほとんど変わらなかった。でも目が少し違った。「ありがとうございます」と言った。
その声が、いつもより柔らかかった。
「ちょっと待ってください」
リアンが口を開いた。
二人がリアンを見た。
リアンが少し頬を膨らませていた。「わたしは」
「何?」とわたしが聞く。
「わたしが勝ったら、ご褒美はないんですか」
「……あなたたちは競い合う立場でしょう」
「だから、どちらが勝っても、ご褒美があった方がフェアだと思います」
「フェアの使い方が少し違う気がするけれど」
「フェアです」リアンが言い切った。「オーレリア様だけご褒美があって、わたしにないのは不公平です」
オーレリアが少し笑った。声には出さなかったが、口元が動いた。
「リアン様のおっしゃる通りです」とオーレリアが言った。「どちらが勝っても、ご褒美があってしかるべきかと」
「どちらが勝っても、私は何かあげなきゃってこと?」とわたしは言った。
「公平に、ということです」
二人がわたしを見ていた。同じ方向を向いていた。さっきまでライバルだったはずの二人が、今は同じ側にいた。
「リアンのご褒美は」
「考えておきます」リアンが言った。「勝ってから言います」
「オーレリアと同じことを言う」
「オーレリア様から、いいことを学びました」
わたしは文献を開いた。読む気にはなれなかったが、開いた。
「……わかった。どちらが勝っても、ご褒美を出す」
「約束ですよ」とリアンが言った。
「約束ですね」とオーレリアが言った。
「約束よ」
二人が顔を見合わせた。何かを確認し合うような顔だった。
わたしは文献を見たまま、少し考えた。
競い合っている二人が、同じ方向を向いてわたしに何かを求めてきた。
「審査、頑張りなさい」とだけ言った。
「はい」と二人が同時に答えた。
またその声が揃っていた。
この回の審査は、オーレリアが勝った。原作のゲームだとそうなっていた。わたしがいない世界線では。
わたしの存在で、この結果がどう動くか。そういう意味でも、この勝負は興味深かった。
審査の日は、朝から雲一つなかった。
神殿の中庭は広かった。学院の演習場より広い。石畳が整然と並んでいて、中央に大きな魔法陣が刻まれていた。審査官の席が北側に並んでいた。神殿の長老が三人、神官が二人、外部から招かれた魔法研究者が一人。
わたしはその外側、観覧用の回廊に立っていた。
従者として帯同しているから、審査の場には入れない。ここから見ている。
リアンが中庭に入った。他の聖女候補たちと並んでいた。オーレリアがその端に立っている。二人は互いを見ていなかった。見ていなくても、互いの存在を意識していることは、この距離からでもわかった。
審査が始まった。
最初の項目は所作の審査だった。
一人ずつ前に出て、礼と立ち姿と歩き方を審査される。形式的な項目だった。でも形式的だからこそ、積み重ねてきたものが出る。
リアンは自然だった。
教えられた通りにやっている、という感じがしなかった。体に入っている。でも完璧という印象ではなかった。でも柔和であった。礼をするとき、相手に温かみを移すような所作だった。
オーレリアは完璧だった。
角度、速度、視線の置き方。全部が最適だった。でも機械的ではなかった。長年やってきた人間の、迷いのない動きだった。
審査官が何かを書いていた。
次の項目に移った。
魔法制御の審査だった。
光魔法を展開して、収束して、方向を変える。三段階の課題だった。
他の聖女候補が一人ずつ前に出た。皆、水準以上だった。でも見ていて、ルネの目には違いがよくわかった。魔力の純度、制御の精度、展開の速度——全部に差がある。
リアンの番になった。
前に出て、右手を上げる。
光が出た。
量は他の候補と大きく変わらなかった。でも質が違った。温かかった。光が広がったとき、中庭の空気が少し変わった気がした。審査官の一人が顔を上げた。書くのを止めた。
収束の段階。光を一点に集める。リアンの光は集まりながらも、温度を失わなかった。
終わったとき、一瞬の間があった。
それから審査官が書き始めた。
リアンが列に戻った。隣の候補に何かを言われて、少し笑った。緊張が抜けた顔だった。
オーレリアの番になった。
前に出た。
一呼吸置く。その一呼吸の間、静かになった。
少し、口が動いた。お守りのように、何かを呟いたようだった。
右手を上げた。
眩しかった。
展開された光の密度が違った。圧縮されていた。量ではなく密度。制御された光というのが、視覚的にわかった。
収束の段階。光が一点に集まった。完璧に集まった。誤差がなかった。
終わったとき、長老の一人が隣の審査官に何かを言った。小さな声だったが、口元の動きで「さすが」と言ったことがわかった。
オーレリアが列に戻った。表情が変わらなかった。
全員の審査が終わって、総評の前に休憩が入った。
リアンが回廊に来た。
「どうでしたか」と聞いた。
「よかった」とわたしは言った。
「オーレリア様の方が、上でしたよね」
「技術という意味では」
「技術という意味では、ということは」
「あなたの光は温かかった」
リアンが少し止まった。
「それは、審査の評価になるんですか」
「審査の評価がどうなるかはわからない。でもわたしが見ていて、そう感じた」
リアンが下を見た。オーレリアが審査官と何かを話していた。
「話しかけてきてもいいですか、オーレリア様に」
「あなたが決めることよ」
「行ってきます」
リアンが中庭に下りた。
オーレリアが審査官と話し終えたタイミングで、リアンが近づいた。
遠くから見ていた。声は届かなかった。でも二人が向かい合っているのはわかった。
リアンが何かを言った。
オーレリアが少し間を置いて、答えた。
それからリアンがまた何かを言った。
オーレリアが——止まった。
そして、リアンが戻ってくる。
「何を話したの」とわたしは聞いた。
「オーレリア様の光魔法について言いました」
「何と」
「あなたの光は制御している。わたしは光を信じている、と」
「信じている」
「うまく言えなかったかもしれないですけど」リアンが言った。「オーレリア様の光は、光を自分の思い通りに動かしている感じがして。わたしの光は、光がどこに行けばいいか、自分でわかっている感じがして。それが違うんだと思って」
「オーレリアはなんて言った」
「リアン様に言われるまで気づいていなかった、と言っていました」リアンが少し考えた。「あと、制御してきたことを後悔していない、とも」
「そう言ったのね」
「はい」
審査の場でオーレリアが見せた、あの迷いのない動き。長年かけて積み上げてきたものだった。それを後悔していない、と言えることは——簡単なことではなかった。
「お姉様」
「なに」
「ご褒美、楽しみにしています」
「まだ結果が出ていない」
「そうですね」リアンが笑った。
「何をもらうか、決まったの」
「決まっています。でも今は言いません」
「オーレリアと同じことを言う」
「同じ方法が、有効だとわかったので」
わたしはいつもの癖で文献を開こうとして、文献を持ってきていなかったことに気づいた。今日は従者として来ていたから。
手持ち無沙汰になり、仕方なく中庭を見た。
総評が始まろうとしていた。審査官たちが中央に集まっていた。
長老が立ち上がった。
「今回の審査において——」
声が中庭に響いた。
結果を聞きながら、わたしはどちらが勝ってもご褒美を出すという約束を思い出していた。
どちらが来ても、それはそれで構わなかった。
構わない、というより——どちらに来られても、困らなかった。
長老の声が続く。
リアンが隣で、少し緊張した顔で聞いていた。
総評が終わった。
結果は、引き分けだった。
正確には、技術の評価ではオーレリアが上だった。でも魔力の純度と、審査官全員の印象点という項目で、二人の総合評価が並んだ。
「引き分け、ですか」とリアンが言った。
「どう思う?」
「複雑です」リアンが少し笑った。「でも、納得はしています」
オーレリアが歩いてきた。
「引き分けでした」とオーレリアが言った。淡々としていた。
「そうね」
「ご褒美は、どうなりますか」
「え?どちらも勝たなかったけど」
「引き分けは、勝ちではないんでしょうか」
「……」
「どちらも負けていない、ということでもありますよね」リアンが口を開いた。「だからご褒美は、どちらも有効ではないですか」
「その論理は少し強引だけれど」
「強引でございますか?」とオーレリアが言った。「どちらも審査を全力でやった。負けていない。ご褒美の条件として、十分だと存じます」
二人がまたわたしを見ていた。
同じ方向を向いていた。
「……わかったわ」とわたしは言った。「どちらにもご褒美を出す」
二人が顔を見合わせた。
今日初めて、二人が笑った。同時に。同じ方向を向いて。
ライバルとして競い合ってきた二人が、同じ顔で笑っていた。
頭の中にはしっかりと、その光景が残っていた。
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