乙女ゲーの主人公の姉に転生したから妹を溺愛してみたら「お姉様と結婚する」と言って攻略対象に見向きもしなくなってしまいました

ただの百合好き

闇の姉と光の妹

第1話 転生、そして

 目が覚めたら、知らない天井だった。


 石造りの、古い天井。漆喰に細かなひびが走っていて、窓から差し込む光がそのひびを白く縁取っている。自分の部屋の天井ではない。自分の、という言葉がどこを指しているのか、しばらく考えた。


 体を起こす。軽い。腕が細すぎる気がして、自分の手を見た。指が白くて長い。爪の形が綺麗だ、とどうでもいいことを思った。


 鏡台が壁際にあった。そこに映っているのが自分だと理解するまで、少し時間がかかった。


 銀に近い白髪。淡い紫色の瞳。整った顔立ちなのに、どこか翳がある。


 知っていた。


 この顔を知っていた。


——ルネ・ド・クロワール。


 脳裏でタイトルロゴが弾けるような感覚があった。乙女ゲーム『星詠みのガーデン』、その最初の敵にして、主人公の姉である「彼女」が、いま鏡の中にいた。


 敵、というほどの存在でもなかった。ただ消える人間だった。光属性の才能を信じて、上達しないまま、最後は主人公である妹の才能に嫉妬して、闇属性魔法を撒き散らして、暴走して、倒される。


 あまり深掘りされずに退場していったため、プレイしていたとき、少し気になっていた。どんな人だったんだろう、と。


 立ち上がって、窓へ行く。中庭が見えた。朝の光の中で、庭師らしき男が花壇の手入れをしている。屋敷の敷地は広い。貴族の家だ。


 扉を叩く音がした。


「お嬢様、お目覚めですか」


 侍女の声。答えると、扉が開いた。


 朝の支度を受けながら、頭の中を整理した。ゲームの設定。ルネの末路。そしてリアン——妹の顔が、思い浮かんだ。


『星詠みのガーデン』のヒロイン。光属性の聖女候補。誰からも愛される、物語の中心にいる少女。


 プレイヤーとして、リアンが好きだった。攻略対象と紡ぐ恋愛よりも、時々見せる無邪気な表情が好きだった。姉に怯えているような、でもどこか縋りたそうにしているような、そういう場面のリアンが一番好きだった。


 あれは姉が悪かったんじゃない、とずっと思っていた。ルネが間違った方向を向いていたせいだ。自分を聖女だと信じ込んで、光属性の練習ばかりして、上手くいかなくて、焦って、歪んでいったせいだ。


自分がルネになった。


それならば。


「少しよろしいですか」と侍女に言って、部屋の隅へ行った。誰もいない、石の壁に向かって、右手を持ち上げた。光魔法の術式を思い浮かべて——それから、止めた。


 代わりに、魔力を逆に流してみた。


 光と闇は正反対。なので、光を出そうとするのではなく、光を引き込もうとするのでもなく、ただ手の中に暗さを集めるように。


 黒い霧が、指先に滲んだ。


 薄く、頼りなく、でも確かに。


 消耗がなかった。光魔法を練習するたびに感じていた——感じていた、というのはもうルネの記憶が自分の中に混ざり始めているせいだ——あの空虚な疲弊がなかった。 

 満ちてくるような感覚が、手応えが、かわりにあった。


 鏡を見た。


 淡い紫色の瞳が、こちらを見返していた。


 翳があると思っていたが、違うかもしれない。ただ、夜を知っている顔だ。まるで夜明けの前の、瑠璃色の空のような顔。


 ルネ、と心の中で呼んだ。名前を呼ぶように、彼女を弔うように。


 今度は大丈夫だ。


 扉の向こうで、小さな足音がした。とん、とん、と廊下を走ってくる音。それから扉が勢いよく開いて、


「お姉様!」


 白い朝の光の中に、リアンが立っていた。


 真っ白な肌に、ブロンドの長い髪。澄み渡るような、透明感のある、青い目。


 顔にはまだあどけなさが残っていた。そうか、これは幼少期だ、と思った。ゲームが始まる前の話だ。


 リアンはこちらを見て、一瞬だけ躊躇うような顔をした。それからすぐに笑った。


「おはようございます」


 答えるまで、少し間があいた。


「……おはよう、リアン」


 リアンの目が、ほんの少し丸くなった。


 名前を呼ばれたのが、意外だったのかもしれない。

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