第6話4次審査 歌唱力審査 セクション4 順位

第6話4次審査 歌唱力審査


セクション4 順位


歌唱審査が終わったあと、会場には妙な沈黙が落ちた。


誰もすぐには拍手できない。


エリカの歌は見事だった。

クラリスの歌はあまりにも正しかった。

ノエルの歌は冒涜だった。

ミレーユの歌は可愛らしすぎて、もはや審査の枠を外れていた。

バルバラに至っては、歌かどうかの定義から議論が必要だった。


司祭が、深く長いため息をつく。


王太子は玉座に深く座ったまま、指先で肘掛けを軽く叩いている。


観客席はざわざわと波打っていた。


「誰が一位なんだ?」 「歌唱力だけなら公爵令嬢だろ」 「いや、国歌は強い」 「でも一番盛り上がったのは……」 「替え歌はだめだろ!」


全部正しい。

全部微妙だ。


司祭は小声で王太子に言う。


「……いかがなさいますか」


王太子はしばらく答えなかった。


正確には、答えに困っていた。


自分で言い出した審査だ。

だが、自分でも何を基準に採点すべきか、きれいに言葉にできていない。


ようやく、王太子が口を開く。


「歌唱力だけなら、エリカだ」


司祭が頷く。


「左様でございますな」


「だが場に合っておらぬ」


「まことに」


「クラリスは……」


王太子が壇上に立つ侯爵家令嬢を見る。


クラリスは静かに立っている。

すでに自分の順位にさほど興味がない顔。


「場には合っていた」


「ええ」


「正確で、無難で、崩れぬ」


「はい」


「面白みはない」


司祭が少しだけ困ったように微笑む。


「今回に限っては、その“面白みのなさ”を評価するしかないかと」


王太子が、わずかに口元を歪める。


「それもそうだ」


ノエルの方を見る。


ノエルはすでに半分ぐらい魂が抜けている。


「選曲は最も妥当だった」


司祭が苦々しく言う。


「ですが、替え歌でございます」


「しかも内容がひどい」


「ええ、たいへん率直に」


ミレーユの方を向く。


ミレーユはにこにこしている。


客席からもまだ視線を集めている。


「観客受けは最も良かったように思われます」


「だが童謡だ」


「ええ」


「しかも踊った」


「ええ」


「聖女候補が、なぜ踊る」


「私も存じません」


最後にバルバラ。


小太鼓をまだ持っている。


「評価外でしょうな」


司祭が即答した。


「そうだな」


協議終了。


あまりにも早い。


だが早く終わらせたかったのだろう。


司祭が一歩前に出る。


ざわめきが収まっていく。


「ただいまより、歌唱審査の順位を発表いたします」


観客が身を乗り出す。


エリカは胸を張る。

クラリスは静か。

ミレーユは楽しそう。

ノエルは虚無。

バルバラは腕を組む。


司祭が読み上げる。


「第一位――クラリス・アルトレア」


観客席がざわつく。


「国歌か!」 「まあ……それしかないか」 「一番それっぽかったな」


クラリスは一礼した。


「消去法の勝利ですね」


静かな声。


感慨も誇りもあまりない。


「最も公的で、最も無難な選曲でしたので」


エリカが扇の陰で微笑む。


「無難さで勝つなんて、あなたらしいですわ」


クラリスは平然と返す。


「場違いなオペラよりは、ましだったようです」


「言いますわね」


火花が散る。


司祭はすぐ次を読む。


「第二位――エリカ・ヴァレンシュタイン」


拍手。


大きい。


歌唱力そのものへの評価は高い。


エリカは優雅に立ち上がり、堂々と笑った。


「歌唱力で負けた覚えはございませんわ」


いかにもエリカらしい一言だ。


「この場にふさわしいかどうかなど、舞台の側が私に合わせるべき問題ですもの」


観客席から感嘆と失笑が同時に起きる。


司祭が咳払いをした。


「……場違いではございましたが、歌唱力そのものは高く評価されました」


「当然ですわ」


一切ぶれない。


「第三位――ミレーユ・サンディール」


わあっ、と観客席から明るい声が上がる。


納得の三位。


ミレーユはぱっと顔を輝かせた。


「やったですぅ!」


カスタネットを持ったまま小さく跳ねる。


「三位ですぅ!」


司祭が微妙な表情で続ける。


「歌唱力というより、全体の親しみやすさと……」


一瞬詰まる。


「微笑ましさが評価されました」


ミレーユは嬉しそうに頷く。


「よく分かりませんけど、褒められてるなら大丈夫ですぅ!」


観客席が和む。


「可愛かったぞ!」 「聖女かは分からんが可愛い!」


その声に、ミレーユは笑顔で手を振りそうになり、エリカに睨まれて慌ててやめた。


「第四位――ノエル・フロワ子爵令嬢」


一瞬の間。


ノエルは、ゆっくり顔を上げる。


「……はい」


それだけ。


司祭は言いにくそうだった。


「選曲そのものは、最もこの場にふさわしいものでございました」


ノエルが少しだけ頷く。


「でも、替え歌でした」


「はい」


「帰りたかったので」


「理由にはなりません」


即答される。


客席から笑いが漏れる。


王太子が低く言う。


「聖歌を替え歌にするとは、大胆だな」


ノエルは真顔のまま答えた。


「歌ってるうちに、本音が出ました」


「出すな」


「難しいです」


王太子が眉を寄せる。


司祭は困ったように言う。


「もし正しく歌っていれば、順位はもっと上だったかもしれません」


ノエルは小さく呟いた。


「……帰りたい」


それがまだ続いていることに、客席の一部がくすくす笑う。


「第五位――バルバラ・グラント」


バルバラが「はぁ!?」と声を上げる。


「なんでだ!」


司祭は真面目な顔で答えた。


「評価外にすることも検討されましたが、いちおう歌う意思は認められましたので、最下位といたしました」


「最下位!?」


「はい」


「魂は一番込めたぞ!」


「込めたことは伝わりました」


「ならいいだろ!」


「よくありません」


即答。


観客席がどっと笑う。


バルバラは不満そうに鼻を鳴らした。


「納得いかん」


「多くの者がそう思っております」


クラリスの静かな補足が、余計に刺さる。


順位は出た。


一位、クラリス。

二位、エリカ。

三位、ミレーユ。

四位、ノエル。

五位、バルバラ。


だが、誰も胸を張って「正当な歌唱審査だった」とは言えない空気が残っていた。


王太子が立ち上がる。


「歌にも資質は表れる」


もっともらしく言う。


観客席は一応、拍手を送る。


だが、誰もが思っていた。


本当にそうか、と。


クラリスは“無難”で勝ち、

エリカは“うますぎて”負け、

ミレーユは“かわいくて”三位、

ノエルは“冒涜”で四位、

バルバラは“魂”で最下位。


聖女選定会は、またしてもよく分からない方向へ進んでいた。

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