​第3話:炊き出し会場をステルスで突破せよ!

 「……見えた。あれが魔の『第一大聖堂・炊き出し広場』だ。……マイ、いいか。ここが今回の脱出作戦における最大の難所、言わば『地雷原のど真ん中』だと思え」

​ 

 サトウは路地の角から、極限まで気配を殺して広場の様子を偵察した。石畳の隙間から漏れ出る、一週目のトラウマ級の「聖なる気配」に胃がキリキリと痛む。

​ 

 広場の中央では、純白の法衣に身を包んだ聖女セシルが、木漏れ日の中で後光を背負っているかのような神々しさで立っていた。一週目の彼女は、独占欲が極まった末に「サトウさんを救うためには、手枷が必要ですね」と微笑む狂気の聖女だったが、二年前の今は違う。

​ 

 そこにいるのは、貧しい人々に一人ずつ、温かいスープと共に「大丈夫ですよ、神はあなたを見捨てません」と、汚れなき瞳で語りかける、本物の、あまりにも真っ当な聖女だった。

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 「サトウさん、あのお姉さんもすごくいい人そうっスね! アタシの村の長老よりも、ずっと『神様』に近い感じがするっス。……あ、もしかしてあのお姉さんも、お腹が空きすぎて幻覚を見てる系っスか?」

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 「逆だ、マイ。あそこは『無償の愛』という名の、返済不要に見えて利子が無限大の精神的負債を無差別にバラ撒いている、最も危険な特級汚染区域だ。……社畜時代の教訓その百二十……『タダより高いものはない。特に、聖女の微笑みをタダで受け取れば、後で人生そのものを請求される』」

​ 

 サトウは、かつてセシルの「愛の檻」に閉じ込められ、二十四時間体制で『悔い改め(物理)』を迫られた記憶を呼び起こし、吐き気と戦った。一週目のサトウは、ここで積極的に炊き出しの手伝いを買って出てしまった。その『有能すぎる調整能力』と『細やかな気配り』がセシルの目に留まり、「この人こそが、私の隣で迷える羊を導くべき伴侶(獲物)です」とロックオンされる原因になったのだ。

​ 

 (……今のセシルは、まだただの善意の塊だ。だからこそ、俺のような『中間管理職としてのサポート能力』を少しでも見せたら、即座に教団の幹部候補……いや、彼女専用の事務局長として拉致される……!)

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 サトウの計画は、広場を大きく迂回し、下水道に近い最短ルートで北門へ抜けることだった。しかし、そのルートの入り口付近、大きな石柱の影に、一週目でも見覚えのある「バグ」が発生していた。

​ 

 「……いた。あの子だ」

​ 

 一人の少年が、足を赤く腫らし、痛みに耐えながら地面にうずくまっていた。周囲の人々は炊き出しの列に並ぶのに必死で、暗がりにいる少年に気づいていない。一週目では、この少年をサトウが抱きかかえ、セシルの元へ運んだことが「運命の出会い」の引き金となった。

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 「サトウさん! あの子、足がすごいことになってるっス! アタシ、担いで聖女様のところまで全力疾走してくるっス!」

​ 

 「待て、マイ! ……行くな、戻れ! 直接接触は死と同義だと言っただろう!」

​ 

 サトウは必死でマイを制止した。この少年を見捨てることは、サトウの良心が許さない。しかし、自ら助ければセシルに見つかる。これは、社畜時代に何度も経験した「手を出せば責任を負わされ、出さなければ良心が痛む」という、最悪の板挟み案件だった。

​ 

 (……いいか、サトウ。これは業務委託アウトソーシングだ。俺という実体を消したまま、結果だけをデリバリーするんだ……!)

​ 

 サトウは、先ほど薬屋の在庫処分で手に入れた「初心者用ポーション」と、懐から取り出した羊皮紙に、一瞬で『応急処置マニュアル』を書き上げた。

​ 

 そこには、患部の洗浄、固定、ポーションの効率的な投与量、そして回復後のリハビリメニューまでが、一目で理解できるように美しい図解と共に記されていた。現代のプレゼン資料作成術を叩き込んだ、あまりにも「親切すぎる」マニュアルだ。

​ 

 「マイ、二度目のステルス・アサインだ。お前の『影を縫うような身のこなし』をフル活用しろ。この薬とメモを、少年の枕元に置いてくるんだ。……いいか、セシルがこちらを向いた瞬間の、コンマ三秒の死角を突け。姿を見られたら、俺たちのホワイトな二週目はそこでおしまいだ」

​ 

 「了解っス! アタシ、この子の足を治して、光の速さで戻ってくるっス!」

​ 

 マイはサトウの手からメモと小瓶を受け取ると、人混みの隙間を「風」となって駆け抜けた。セシルが「さあ、次の方……」とスープの柄杓を動かした一瞬、マイは石柱の影に滑り込み、少年の枕元に処置セットを置くと、その足を職人芸のような手際で仮固定し、瞬きする間にサトウの待つ物陰へと帰還した。

​ 

 「……え、……なに? ……痛くない。……お薬と、……紙……?」

​ 

 少年の驚きの声が、静かな広場に響いた。

​ 

 セシルが、その透き通った耳をピクリと動かし、少年の元へと歩み寄る。サトウは壁に背中を押し付け、心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。

​ 

 「どうしましたか? ……あら、その傷。……それに、このお薬と……。……何ですか、この、驚くほど合理的で、慈悲に溢れた『導きの書』は……一体誰が?」

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 セシルは、マイが残したメモを手に取った。そこには、二年前のこの世界には存在しないはずの「効率的医療管理」の概念が、中間管理職サトウの端正な文字で記されていた。

​ 

 「……なんて、なんて素晴らしい。……名も名乗らず、見返りも求めず、ただ純粋に一人の魂を救うために、これほど完璧な配慮を置いていかれるなんて……。神よ、この街にこれほどまでに謙虚で、そして『有能な』聖人がおられたのですね……」

​ 

 セシルは、メモをまるで聖遺物のように胸に抱きしめ、うっとりと瞳を潤ませた。一週目でも見た「ターゲットを天国へ導こうとする時の、美しくも恐ろしい光」が、その瞳に宿ったのを、サトウは物陰から視認してしまった。

​ 

 (……ヒッ。……重い。……無名の親切が、逆に『伝説の聖人』扱いされて、セシルの探究心(ハンター精神)を最大までブーストさせてしまった気がする……!?)

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 「サトウさん! 聖女様、泣いて喜んでるっスよ! アタシ、あんなに嬉しそうな顔、見たことないっス。……やっぱり、直接挨拶して、契約社員として雇ってもらった方が……」

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 「逃げるぞマイ! 今すぐだ! ……いいか、今のセシルは『理想の同僚』を血眼で探している最中だ! あのメモの筆跡を街中の看板と照合されたら、俺たちの命運は尽きるぞ!!」

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 サトウはマイの腕を掴み、大聖堂の鐘の音を背に、全力で北門へと走り出した。

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 リナを遠隔で救い、セシルを遠隔で助けた。サトウ本人の認識では、これは「完全な回避」であり「接触ゼロの勝利」である。

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 だが、二年前の世界。まだ「普通の性格」をしていた彼女たちの中に、「正体不明の、完璧な仕事をする王子様」という、一週目よりもタチの悪い妄想フラグを叩き込んでしまったことに、サトウが気づくのはもう少し先の話になる。

​ 

 サトウの絶叫が、始まりの街の青空に虚しく響き渡った。

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 一方その頃、大聖堂広場では。

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 「……このメモを書いた方。……あなたの筆跡、……私の心に深く刻まれました。……ふふ、必ず見つけ出して、私の隣で、一生……神の仕事を手伝わせてあげますからね……」

​ 

 セシルの微笑みは、もはや「普通の女の子」の域を少しだけ逸脱し始めていた。サトウの二週目、ホワイト計画。その行く手には、自ら撒いた「親切」という名の極太フラグが、巨大な壁となって立ち塞がろうとしていた。

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