第四話:凱旋と、掌返しのティータイム

​ 「……サトウ様、お疲れではありませんか? こちら、最高級の魔力回復薬(ポーション)を紅茶で割ったものですわ。どうぞ、お召し上がりになって」


 ​迷宮から最寄りの宿場町『レト』へ帰還した俺たちは、町一番の高級宿の一室にいた。

 つい数時間前まで、俺を「ゴミを見るような目」で見ていた聖女セシルが、今は膝をついて俺のブーツを脱がそうとしている。その瞳は、潤んだルビーのように熱烈な光を宿していた。


 ​「いや、セシルさん。自分で脱げますから。それに、さっきまでアルベルトさんのことを……」

 「アルベルト? ああ、あの『荷物(元勇者)』のことですか。今は裏の馬小屋で、お尻に薬を塗って寝かせているはずですわ。そんなことより、サトウ様のその手……聖剣を抜いた雄々しい指先に、私はもう夢中なんです……」


 ​セシルが俺の指を絡め取ろうとするのを、反対側から割り込んできた赤髪が遮った。


 ​「ちょっとセシル、抜け駆けは禁止よ! サトウ、こっちの服に着替えて。私が魔法で温めておいたから、肌触り最高なんだから!」


 ​魔導士のリナだ。彼女もまた、迷宮での一件以来、俺への態度が180度変わっていた。

 かつては「無能な社畜」と罵っていた口で、今は俺の腕にしがみついている。


 ​「リナも、落ち着けって。俺はただ、スキルで『荷物を搬出した』だけだろ?」

 「それが凄いのよ! あの伝説の聖剣を、あんな……あんな『特別な場所』から一瞬で抜き去るなんて! あの時のサトウの顔、マジで抱かれたいって思うくらい格好良かったんだから!」


 ​……これがカクヨム界隈でよく見る「掌返し」というやつか。

 ブラック企業時代、散々俺をこき使っていた上司が、俺が宝くじに当たったと知った途端に「親友」面してきたあの不快感を思い出す。だが、目の前の二人はあまりにも直球すぎて、逆に清々しさすら感じてしまう。


 ​一方、部屋の隅では。


 「……痛い、痛すぎる……。俺の、俺の誇りが……聖域が……」


 尻に包帯を巻いたアルベルトが、文字通り「荷物(物理)」として、俺の巨大なリュックの上に座らされていた。勇者の輝きは完全に消え失せ、今や彼はただの「尻の負傷兵」だ。


 ​「おい、サトウ……。その剣を返せ……。それは、俺のものだ……」

 「アルベルトさん、往生際が悪いですよ。聖剣自身が『サトウ様が真の主』だって認めたんです。あなたはもう、私たちのパーティーの『備品』なんですから」


 ​セシルが冷たく言い放つ。元・推しへの容赦のなさに、俺は少しだけ同情した。


 だが、問題はここからだった。

 俺の手の中にある聖剣が、不意に不気味な黒い霧を吹き出し始めたのだ。


 ​「……? なんだ、急に重く……」

 『……ヌシよ……。我を……我を早く「鞘」へ戻せ……。さもなくば、我の魔力が暴走し、この街を更地にするぞ……』


 ​聖剣から、直接脳内に響く声。

 しかも、その声はかなり切羽詰まっている。


 ​「鞘!? そういえば、この剣には鞘がなかったな。リナ、マジックバッグの中に鞘は入ってないか?」

 「ええっ!? そんなの、最初から台座にはなかったわよ!」

 ​「大変ですわ! 聖剣の魔力密度が急上昇しています! このままではあと数時間で爆発しますわ!」

 セシルが叫ぶ。

 どうやら伝説の聖剣というのは、常に鞘に収めて魔力を抑制していないと、周囲に災厄を撒き散らす危険な代物らしいのだ。


​ 「どこだ!? 聖剣が収まるべき『鞘』はどこにあるんだ!?」


​ 俺が叫んだ瞬間、馬小屋で震えていたアルベルトが、ビクンと体を跳ね上げた。

 そして、聖剣から放たれた黄金のサーチライトが、真っ直ぐにアルベルトの「包帯を巻いた尻」を指し示した。


 ​『……あったぞ。我が唯一、安らげる場所……。あの、程よい締め付けと、温もり……。あそこ以外、我を鎮められる鞘はこの世に存在せぬ!』


…………


​「「「「ええええええええええええ!!?」」」」

 部屋中に、絶叫が響き渡った。

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