第35話

令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜

第35話 嵐の後の影

夜が明けかけていた。

寺の境内には、まだ煙が残っている。

焼け焦げた木。

崩れた柱。

そして――

倒れた浪士たち。

静けさが戻ってきていた。

「……終わった?」

綾が、小さく呟いた。

声は震えている。

さっきまでの戦いが、どれだけ激しかったかを物語っていた。

源蔵は、崩れた柱の横に立ったまま答える。

「まだだ」

短い。

だが、はっきりした声。

「えぇ……」

綾が肩を落とす。

「もう十分なんだけど……」

その横で。

「軽口を叩けるなら大丈夫だな」

低い声。

振り向くと、そこには 土方歳三 が立っていた。

肩口に血が滲んでいる。

だが、その表情は変わらない。

「副長!」

綾が慌てて駆け寄る。

「大丈夫なんですか!?」

「かすり傷だ」

平然とした顔。

どう見ても軽くはない。

だが本人は気にしていない。

その奥から、軽い声が聞こえた。

「皆さん、無事そうで何よりです」

沖田総司だった。

袖が裂けている。

血も滲んでいる。

それでも、笑っている。

「いやいやいや!」

綾が思わず叫ぶ。

「沖田さんも普通にケガしてますよね!?」

「これくらいは日常ですよ」

さらりと言う。

全然安心できない。

境内の中央では――

「隊の確認を急げ!」

近藤勇の声が響いていた。

隊士たちが動く。

負傷者の手当て。

敵の拘束。

戦後処理が始まっていた。

完全に。

戦は終わった。

だが――

何かが足りない。

綾が、ふと気づく。

「……ねえ」

源蔵を見る。

「いないよね」

源蔵が目を細める。

「ああ」

短く答える。

「奴がいない」

その「奴」が誰か。

言うまでもなかった。

岡田以蔵。

確かに膝をついた。

確かに敗れた。

だが――

いない。

消えていた。

綾が呟く。

「……逃げた?」

源蔵が首を横に振る。

「退いた」

その言い方には、妙な確信があった。

まるで――

また会うことを前提にしているような。

そのとき。

「こっちに来てくれ」

隊士が呼ぶ。

寺の奥。

崩れた部屋。

そこに、いくつもの木箱が並んでいた。

「これを見てくれ」

蓋が開けられる。

中には――

巻物。

文書。

地図。

綾が一枚を拾う。

目を走らせる。

「……なにこれ」

顔色が変わる。

「ただの浪士集団じゃないよ」

源蔵が覗き込む。

地図。

京の街。

いくつもの印。

拠点。

動線。

補給場所。

明らかに――

組織。

「計画的だな」

土方が低く言う。

「誰かが裏で糸を引いてる」

そのときだった。

「ようやったぜよ」

聞き慣れた声。

振り向く。

そこに立っていたのは――

坂本龍馬。

腕を組み、静かにこちらを見ている。

綾が言う。

「龍馬さん!」

少し安心したような顔。

だが。

龍馬の表情は、軽くなかった。

むしろ――

深く考えている顔だった。

「これはのう」

龍馬が地図を見ながら言う。

「一つの駒に過ぎん」

綾が目を丸くする。

「え?」

龍馬が続ける。

「この連中だけじゃない」

静かな声。

「もっと大きな流れがある」

その言葉が、空気を重くした。

近藤が腕を組む。

「背後に誰がいる」

短く問う。

龍馬は、少し間を置いた。

「まだ確証はない」

だが――

その目は鋭かった。

「じゃが」

一歩、源蔵の前に出る。

「頼みたいことがある」

源蔵が答える。

「なんだ」

短い。

迷いはない。

龍馬が言う。

「もう一度」

静かに。

「京の裏を探ってほしい」

綾が顔を引きつらせる。

「え……」

嫌な予感しかしない。

「また危ないやつですよね、それ」

龍馬が苦笑する。

「まあ……そうなるのう」

「やっぱり!!」

綾が頭を抱える。

源蔵は、少しだけ笑った。

ほんのわずか。

そして。

「分かった」

短く答えた。

その横で、土方が腕を組む。

「勝手にはさせねぇ」

低く言う。

「俺たちも動く」

その言葉に。

源蔵がちらりと見る。

沖田が笑う。

「面白くなってきましたねぇ」

近藤が頷く。

「協力しよう」

静かな決意。

その瞬間だった。

場の空気が、少しだけ変わった。

仲間。

それに近い空気。

綾が小さく呟く。

「……もう帰りたい」

源蔵が答える。

「無理だな」

即答。

「ですよねぇぇ……」

その声が、寺に響いた。

その頃。

京のどこか。

暗い部屋。

灯りが一つ。

男が座っていた。

顔は見えない。

その前に、別の男が膝をついている。

「……報告しろ」

低い声。

報告の男が言う。

「以蔵が……敗れました」

沈黙。

数秒。

やがて――

小さな笑い声。

「そうか」

楽しむような声。

「ならば」

ゆっくりと立ち上がる。

影が揺れる。

「次の駒を動かそう」

静かな声だった。

だが――

冷たい。

新しい戦いの気配が。

確かに、動き始めていた。

(続く)

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