第8話

令和の爺ちゃん剣士、幕末で無双してました〜竹刀一本で新選組を圧倒〜

第8話 鬼の副長、来たる

「ねえねえねえ! あれどうやったの!?」

朝の道場。

綾が源蔵に詰め寄る。

「一瞬で止めたでしょ!? あれ何!? あの“スッ”てやつ!」

「知らん」

「絶対嘘でしょ!?」

源蔵はいつものように竹刀を肩に担ぎ、素振りをしている。

ヒュッ、と乾いた音。

「考えろ」

「分かんないから聞いてんの!」

いつものやり取り。

だが、その空気に――

ぴたり、と風が止まった。

新兵衛の目が細くなる。

「……来たな」

低い声。

綾が振り返る。

「え?」

次の瞬間。

足音。

一つ。

二つ。

いや、複数。

道場の入口に、影が差した。

静かに現れたのは、数人の男たち。

揃いの装束。

張り詰めた気配。

その中心に立つ男。

鋭い眼光。

無駄のない立ち姿。

一歩、踏み込むだけで空気が変わる。

土方歳三。

綾の喉が鳴る。

(……怖い)

言葉にできない圧。

「……ここか」

低い声が、道場に響く。

源蔵は振り返らない。

ただ、竹刀を止める。

「お前か」

土方の視線が刺さる。

源蔵は短く答えた。

「そうだ」

間。

張り詰める。

その後ろから、軽い声がした。

「やっぱり来ましたね」

にこやかな笑み。

沖田総司が肩をすくめる。

「この人、面白いですよ」

土方がわずかに目を細める。

「……ほう」

一歩、前へ。

その動きだけで、空気が軋む。

綾が思わず叫ぶ。

「ちょ、ちょっと! 道場なんだけどここ!」

誰も気にしない。

土方の視線は、源蔵に固定されている。

「竹で勝つ、か」

「勝つだけだ」

「斬らねぇ剣に、意味はあるのか」

短く、鋭い問い。

源蔵は一拍置いて答えた。

「ある」

それだけ。

だが、揺るがない。

土方の口元が、わずかに歪む。

「……気に入らねぇな」

空気がさらに張り詰める。

一触即発。

綾の背中に汗が流れる。

(やばい……これ……)

そのとき。

土方が、わずかに踏み込んだ。

一歩。

それだけ。

だが――

源蔵の竹刀が、すでにそこにあった。

音はない。

ただ、そこにある。

止まる。

土方の足が止まった。

沈黙。

互いに動かない。

だが、分かる。

(……今の……)

綾が息を呑む。

見えなかった。

だが、ぶつかれば何かが起きていた。

沖田が、楽しそうに目を細める。

「ね?」

土方は数秒、源蔵を見つめた。

やがて――

ふっと息を吐く。

「……面白い」

一歩、引いた。

空気が緩む。

綾が大きく息を吐く。

「ちょ、心臓止まるかと思った……!」

土方は背を向ける。

「いずれ試す」

それだけ言った。

去る。

隊士たちも続く。

足音が遠ざかる。

最後に、沖田が振り返る。

「また来ますよ」

軽く手を振り、去っていった。

静寂。

しばらく、誰も動かない。

やがて。

「……何あの人……」

綾がその場にへたり込む。

「怖すぎなんだけど……!」

源蔵は竹刀を肩に担いだ。

「普通だ」

「どこが!?」

そのとき。

「いやあ、えらいことになってきたのう」

聞き慣れた声。

振り向くと、男が立っていた。

「また来たの!?」

綾が叫ぶ。

男――坂本龍馬は笑う。

「今のは“鬼”じゃきのう」

「鬼って……」

龍馬は楽しそうに言った。

「これからが本番ぜよ」

風が吹く。

京の空が、わずかに揺れる。

竹刀一本の老人。

その存在は、ついに“組織”を動かした。

戦いは、次の段階へ。

静かに、だが確実に――

幕が上がる。

(第一章・了)

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