第3話 「路地のルール」への応援コメント
懐かしい。
路地は迷路みたいで塀と塀の狭い間をすり抜けて空き地にでたりして。
ゴム飛び、けんけんぱとかやってたなあ。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
路地って、子供にとっては最高の冒険フィールドでしたよね。
大人から見ればただの抜け道なのに、子供には秘密基地への近道だったり、未知の国への入口だったり(笑)。
ゴム飛びやけんけんぱも、今思うと誰に教わったわけでもないのに自然と受け継がれていました。
あの頃の路地には標識も地図もありませんでしたが、不思議と子供たちだけは迷わなかった気がします。
第4話 「紙芝居の午後」への応援コメント
私の子供の頃には、紙芝居はギリギリなくなる寸前くらいのタイミングでした。
なので、やっているおじいさんも商売のためというより、自分の技術と、それを子供に披露したいという社会的意義でやっている、という感じでした。
とてもありがたいことだったんですが(駄菓子も異常に安かったし)、商売でやっていた頃の「ギラギラ感」というのを体験したくて、少し残念だったんですよね。
子供騙しだと揶揄する人はいますが、うまく子供を騙して楽しませる大人も、昔は多かったんですよね。
あのインチキ臭くて、うさん臭くて、いかがわしいものほど、楽しかった記憶として残っているものなんですよね。
作者からの返信
いつも丁寧なコメント、本当にありがとうございます。
紙芝居って、今思うとかなり“怪しいエンタメ”でしたよね(笑)
拍子木の音がした瞬間、子供たちは財布代わりの10円玉を握って走り出す。あの「今日は何が始まるんだ!?」というギラギラ感、たしかに商売の匂い込みで魅力だった気がします。
でも、子供を本気で騙して、本気で楽しませようとする大人がいた時代でもあったんですよね。
あのうさん臭さ、実はすごく優しかったのかもしれません。
第3話 「路地のルール」への応援コメント
昔は色々なものが雑でいいかげんであいまいだったんですけど、嫌ではなかったんですよね。むしろ今のきっちりわけているほうがしんどいし楽しくなさそうなんですよね。野球やサッカーはクラブチームでするものでなんか子供の仕事みたいに見えるし、スーパーやショッピングモールの駄菓子屋は親が連れてきて少し選んで買っていくもの。なんか違うんだよなあと思うんですが、それしかないから選びようがないというか。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
ほんと、昔って色々ゆるかったですよね(笑)
でも、その“あいまいさ”の中に、人が自然に混ざる余白があった気がします。今は何でも整理されて便利になった反面、「正しい遊び方」「安全な過ごし方」が増えすぎて、子供の頃のあの雑多な熱気が減ったのかもしれませんね。
駄菓子屋で100円握って真剣に悩んでた時間、今思うとぜいたくでした。
第2話 「工場は町の心臓」への応援コメント
ノスタルジーですね。うちの近所工場だらけだから、子供の頃はそこらじゅうで旋盤の音がしてましたよ。まあ今でも結構残ってるんですが。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
旋盤の音が“町のBGM”だった時代ですよね。
あの頃は、朝になるとどこかでガンガン音がして、「今日も町が動いてるなあ」と感じていました。今だと騒音扱いされそうですが(笑)
当時はあの音に人の生活や仕事の温度が混ざっていた気がします。
まだ工場が残っている景色、ちょっと羨ましいです。
大事に残ってほしいですね。
第1話 「おすそ分けは回る」への応援コメント
父の実家がまさにそんな感じでした。さすがに容器は誰のかわかるようになってたみたいですが。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
やっぱり“あの時代あるある”ですよね(笑)
容器に名前が書いてあっても、なぜか別の家の漬物が入って戻ってくる世界……。
昭和の下町って、境界線がゆるいぶん、人の距離も近かった気がします。
そういう空気を思い出していただけたなら、とても嬉しいです!
プロローグ「坂の下の灯り」への応援コメント
雰囲気がすごいですね。昭和を生きた自分としてはリアリティを強く感じます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
昭和を実際に生きた方にそう言っていただけるのが、何より嬉しいです。書きながら、ラジオの音や商店街の匂い、夕方の路地の空気まで思い出していました。今の時代なら「騒音です」と怒られそうな賑やかさも、あの頃は人の温度だった気がします。
これからも、消えてしまった景色の“音”を大事に書いていきたいです。
第4話 「紙芝居の午後」への応援コメント
水飴ね。一斗缶に入ってたなぁ。
それにおっちゃんが割り箸二本で飴を巻いてくれる。
それをぐるぐる🌀してると空気入って透明から白くなるんよね。
私は飴細工のおっちゃんが好きでした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
そうそう、水飴は一斗缶でしたよね!
割り箸でくるくる巻いて、気づけば腕より口のほうが忙しくなっていた記憶があります(笑)。透明だった飴が白くなっていくのを眺めるだけでも、子供には立派なエンターテインメントでした。
飴細工のおっちゃんも、今思えば職人であり芸人であり魔法使いでしたね。あの頃は、お金以上に「見せる技」で子供たちを夢中にさせる大人がたくさんいた気がします。