第34話 勇者の宅配便と、税関の死闘
魔王領初となる輸出船『クリーン・スレート号』が、石鹸と陶器製の浄化管を積み込み、隣国ラルク王国の直轄港へと入港した。船の甲板に立つのは、魔王領指定ジャージ(ただの作業着)を纏った元勇者アルスだ。
「……おい、止まれ! その不浄な紋章を掲げた船、入港は許可せん!」
港の検問所から、聖教国の息がかかった税関役人たちが、槍を構えて飛んできた。
アルスは面倒くさそうに、魔王から渡された「納品書」をひらつかせた。
「……これはラルク王家への献上品だ。文句があるならシア王女に言え。それから、俺は『宅配員』だ。不法侵入じゃなくて、正規の物流業務だぞ」
1
「黙れ! 魔王の産物はすべて『呪物』として没収、あるいは焼却処分とするのが聖教国の法だ! さあ、荷を下ろせ!」
役人たちが強引にタラップを駆け上がろうとした瞬間、アルスが指一本でその動きを止めた。
「……呪物? これがか?」
アルスは荷箱の中から、リリナ特製の高級石鹸を一つ取り出し、役人の鼻先に突きつけた。
「……嗅いでみろ。お前らの安っぽい香水より、よっぽど『神聖』な匂いがするはずだぞ」
ラベンダーの柔らかな香りが港に広がる。
殺気立っていた役人たちが、一瞬、呆けたように鼻をひくつかせた。
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「……だ、騙されるな! 精神を操る魔導薬だ! 早くこの男を捕らえろ!」
司教直属の騎士団が抜剣し、アルスを包囲する。
アルスは溜息をつき、背負っていた巨大な「陶器製の土管」をドスンと地面に置いた。
「……陛下に言われたんだ。『無駄な殺生は経費の無駄だ。効率的に黙らせろ』ってな」
アルスが土管を軽く叩くと、その振動が石畳を通じて騎士たちの足元を揺らした。
魔法の加護はない。ただの圧倒的な「質量」と、それを自在に操る「筋力」の誇示だ。
そこに、馬を飛ばしてシア王女が駆け込んできた。
「……お待ちなさい! そのお方は我が王家の賓客、そしてその荷は我が国の病を救う『希望』ですわ! 手出しは許しません!」
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『あはは! 勇者が石鹸を持って騎士団と睨み合うなんて、最高の喜劇ね!』
空の上で、ノルンが腹を抱えて笑っている気配がする。
彼女たちは、この「物理的な平和の運び手」としてのアルスの姿を、新しい英雄譚として書き換えようとしていた。
『ねえアストレア、見てよ。あの税関のおじさん、石鹸の匂いでちょっとだけ「浄化」されちゃってるじゃない。……魔王様の戦略、意外と効いてるわね』
(……だめがみ。……戦略じゃない。ただの「押し売り」だ)
魔王城の自室で、俺は水晶球越しにその光景を眺めていた。
税関の役人たちは、シア王女の権威とアルスの威圧感、そして何より「良い匂い」という抗いがたい誘惑に、次第に毒気を抜かれていった。
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「……わ、わかった。特例として『検疫』の名目で入港を許可する。……ただし、その石鹸を一つ、成分調査のために提出しろ!」
役人が必死に体裁を保とうと叫ぶ。
「……ああ、サンプルならいくらでもある。……ついでに、その汚い顔も洗っていけ。……魔王領の石鹸は、しつこい『正義感』も綺麗に落としてくれるぞ」
アルスが皮肉たっぷりに石鹸を放り投げ、納品完了のサインを求めた。
魔王領の「文明」が、初めて人間領の壁をこじ開けた瞬間だった。
剣でも魔法でもなく、ただの「生活必需品」が、神の権威を少しずつ侵食し始めていた。
「……だめがみ。……これで流通ルートは確保した。……次は、アフターサービスの苦情が来ないことを祈っておいてくれ」
俺は水晶球を消し、ようやく手に入れた五分間の休息に、深く目を閉じた。
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