第24話 使者の暴挙と、勇者の怒り

 翌朝、魔王領の港に衝撃音が響き渡った。


 ドォォォォン!


 魔導艦の艦首に据えられた魔導砲が火を吹き、無人の砂浜を爆ぜさせる。威嚇射撃。だが、それは明確な「宣戦布告」だった。


「聞きなさい、魔王領の迷える子らよ!」


 拡声のマジックアイテムを通じ、カスティール司教の高圧的な声が島中に響く。


「昨夜、我が聖教国の使節団に対し、卑劣極まる精神攻撃が加えられた。これは神への反逆である! 直ちにアルス様と聖女リリナ様を解放し、この島の資源を差し出せ! さもなくば、次の砲撃は貴殿らの街へ向けられるであろう!」


 1

 港のガレキ撤去作業をしていたアルスは、飛来した砲弾の爆風で舞い上がった砂を払い、静かに顔を上げた。

 その隣では、魔族の若者たちが怯え、あるいは激昂して武器を手に取ろうとしている。


「……あいつら、本気か」


 アルスの声は、低く、冷え切っていた。

 かつて自分が守ろうとした国。自分が信じていた正義。それが今、自分が昨日必死に泥を上げた用水路のすぐ側を、無慈悲に破壊している。


「アルス様! ……逃げてください! あなたが標的なら、私と一緒にどこか遠くへ……!」


 駆け寄ったリリナが、アルスの腕を掴む。だが、アルスは動かなかった。

 その視線の先には、昨夜の徹夜明けでフラフラになりながらも、無言で港へ降りてくる魔王の姿があったからだ。


 2

「……バルガス。被害状況は?」


「はっ。砂浜が少々抉れた程度ですが……民たちがパニックを起こしております。陛下、いかがなさいますか。我ら魔族の軍勢、打って出ましょうか!」


 バルガスの進言に、俺はこめかみを押さえた。

 眠い。猛烈に眠い。昨夜の暗殺未遂(事務作業妨害)のせいで、俺の忍耐袋はもう限界を突破している。


「……打って出れば、あいつらの思うツボだ。『魔王が攻めてきた』と宣伝されれば、人間領の諸国が連合して押し寄せてくる。……それは、俺の昼寝時間を永遠に奪うことになる」


 俺は一歩前に出て、海上の魔導艦を睨みつけた。


「アルス。……お前、あいつらに『勇者として戻れ』と言われてるらしいな」


「……ああ。だが、断った。俺の居場所は、もうあんなピカピカの船の上にはない」


「そうか。……なら、仕事だ」


 俺はアルスに、一本の重い「鉄の棒」を投げ渡した。

 それは聖剣でも魔剣でもない。俺が前世の知識を元に、ドワーフの鍛冶師に作らせた『測量用の杭』だ。


「……勇者としての力はいらん。だが、この島の『領民』として、土足で踏み込んできた不法侵入者を追い出す権利はある。……あいつらの船の魔力供給源(エンジンスロット)は、喫水線の少し上にあるはずだ。……投げられるか?」


 3

 アルスは、鉄の棒を手に取り、その重みを確かめた。

 女神の加速(バグ)はない。神の加護もない。

 あるのは、この数週間、泥にまみれて岩を運び、ツルハシを振るい続けたことで手に入れた、本物の「筋肉」と「感覚」だ。


「……陛下。あんた、本当に人使いが荒いな」


 アルスが笑った。

 それは、かつて数千の魔物を前にした時の勇者の笑みではなく、邪魔な岩を退かそうとする「作業員」の笑みだった。


『……あら、面白そう! アルス君、私の力を貸してあげようか?』


 空からノルンの声が響く。だが、アルスは空を見上げることすらしなかった。


「……いらないと言ったはずだ、女神。……俺は、自分の腕で、こいつを投げる」


 アルスが大きく振りかぶる。

 全身のバネが、一寸の無駄もなく連動する。

 放たれた鉄の杭は、神の光を纏うこともなく、ただの「質量」として空を切り、凄まじい精度で魔導艦の側面を貫いた。


 ドォォォン!


 魔力供給源を直撃された魔導艦が、派手な火花を散らして傾き始める。


「な、何事だ!? 攻撃されたのか!? ……馬鹿な、魔法の兆候はなかったぞ!」


 カスティールの狼狽する声が聞こえる。

 魔法でも奇跡でもない。ただの「人力」による、物理的な制裁。

 それが、かつての勇者がこの島で手に入れた、新しい「力」だった。


 4

「……よし。バルガス、今のうちに拡声器を貸せ」


 俺は拡声器をひったくると、海に向かって最大音量で叫んだ。


「――聖教国の皆さん! 貴殿らの船から落下した鉄クズにより、我が領の景観が損なわれました! 直ちに撤去費用を支払い、公海へ退去してください! ……抵抗する場合は、全ての港湾作業員(元魔王軍)が、全力でお見舞いに行きますよ!」


 港に並んだ屈強な魔族たちが、一斉に雄叫びを上げる。

 船の上でカスティールが顔を青ざめさせ、右往左往しているのが見えた。


「……。……見てたか? これが『祝福』を必要としない、俺たちのやり方だ」


 俺は空を指差し、そう呟いた。

 人間たちの「幻想」は、魔王領の「現実」の前に、脆くも崩れ去った。

 だが、この衝突が、さらに大きな「世界の変革」を呼び込むきっかけになることを、今の俺はまだ知らない。

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