第22話 聖教国の使者、現る
港に接岸した聖教国の魔導艦からは、これでもかと言わんばかりの装飾が施されたタラップが降ろされた。
降りてきたのは、磨き上げられた白銀の鎧に身を包んだ騎士たちと、豪奢な法衣を纏った一人の初老の男。聖教国の特使、カスティール司教だ。
彼は魔王領の荒れた土を踏むなり、香水の染み込んだハンカチで鼻を覆った。
「……ふむ。鼻を突く魔気の臭い。これほど不潔な島に、我が国の『至宝』が囲われているとは。嘆かわしいことですな」
その背後では、俺の指示で「港湾労働者」として待機していた魔族たちが、不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
「……ようこそ、辺境の魔王領へ。事務手続き上の確認だが、貴殿らは入国ビザの申請を出していたかな?」
俺が欠伸を噛み殺しながら前に出ると、カスティールは蔑むような視線をこちらに向けた。
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「『ビザ』? 何を世迷い言を。我ら神に仕える者が、悪魔の末裔の土地に入るのに許可など不要。……魔王よ。貴公が不当に拘束している『勇者アルス』、および『聖女リリナ』を即刻引き渡してもらおうか」
「拘束? 人聞きが悪いな。彼らは正当な難民申請を経て、現在は我が領の正社員……じゃなかった、一市民として労働に従事している」
「労働だと?」
カスティールが眉をひそめた瞬間、背後から「よいしょぉっ!」という野太い声とともに、巨大な木箱を担いだアルスが現れた。
泥にまみれ、首にタオルを巻いたかつての英雄の姿に、聖教国の騎士たちが絶句する。
「ア、アルス様!? 何というお姿を……! 卑劣な魔王にどのような呪いをかけられたのですか!」
「……呪い? いや、これはただの『現場仕事』だ。おい、そこ退け。積み込みの邪魔だ」
アルスの冷ややかな反応に、カスティールは顔を真っ赤にした。
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「おのれ魔王! 救世の英雄を土方に貶めるとは、神への冒涜も甚だしい! さあアルス、迷うことはありません。神は貴方たちの罪を許された。再び我が国に戻り、聖剣を手に取るのです!」
カスティールが仰々しく両手を広げる。
その瞬間、空からキラキラと「金色の羽」が舞い落ちてきた。
(……おい、ノルン。演出を入れるなと言っただろ)
『だって、再会のシーンには華が必要でしょ? ほら、感動の帰還劇よ!』
空からの「加護(サクラ)」に勢いづいたカスティールは、さらに畳み掛ける。
「さらに、この島で観測された『黄金のリンゴ』や『虹色の塩』。これらは本来、神の所有物。聖教国が適切に管理すべきものです。すべて差し出しなさい。さすれば、この不潔な島への攻撃は控えてやりましょう」
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俺は深く、深くため息をついた。
こいつらは、神の祝福が「有限の資源」であり、自分たちがその管理権を独占していると本気で信じている。その傲慢さが、女神たちの「退屈」を加速させていることにも気づかずに。
「……断る」
「な、何だと?」
「アルスたちの帰国については、本人たちの意思に任せる。だが、この島の物資については別だ。……バルガス、例の書類を」
俺はバルガスから受け取った分厚い束を、カスティールの胸元に叩きつけた。
「これは、貴殿らの船が無断接岸したことによる港湾使用料、および不法な魔力放射による環境汚染への賠償請求書だ。……黄金リンゴ? ああ、あれは『産業廃棄物』として既に処理済みだ。欲しければ、埋立地を掘り返して持っていくがいい」
「き、貴様ぁっ! 神の代理人たる私に向かって、何という無礼を!」
カスティールが杖を振り上げようとしたその時、アルスが静かに、だが重い一歩を踏み出した。
「……帰らないと言ったはずだ、司教。今の俺には、明日までに終わらせるべき『現実』がある。……神の言葉より、魔王が書いた『シフト表』の方が、俺にはよっぽど信頼できるんだよ」
アルスの放った一言に、港は静まり返った。
空の上では、ノルンが「うわっ、フラれた!」と爆笑し、アストレアが興味深げにペンを走らせている気配がする。
「……だめがみ。……見てるだけなら、せめてこいつらを早く追い返してくれ」
俺の切実な願いとは裏腹に、聖教国の使者は「武力行使」を匂わせる不穏な言葉を吐き捨てながら、一旦船へと引き上げていった。
俺の平和な隠居生活。その最大の敵は、女神ではなく、神にすがる人間たちなのかもしれない。
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