第4話 効率化の果てに、神格化あり
魔王領の朝は、今や規則正しい鐘の音で始まる 。
俺が導入した「勤怠管理」と「成果報酬型給与(現物支給)」の仕組みは、驚くほどスムーズに魔族たちの生活に溶け込んでいた 。
かつてのように「腹が減ったから隣の集落を襲う」といった蛮行は消え、今やオークもリザードマンも、配給される特製エナジーバー(干し肉と穀物の固め物)を目指して、黙々と開拓事業に勤しんでいる 。
「……よし。これで俺がいなくても、経済の基礎は維持されるはずだ」
俺は執務室で、順調に積み上がる収支報告書を眺めて独りごちた。
だが、その平穏な自己満足を打ち砕くように、バルガスが血相を変えて飛び込んできた。
1
「陛下! 大変です! 民たちが……民たちが、陛下を『生ける神』として祀り始めました!」
「……は?」
耳を疑った。俺はただ、無理のないシフト表と、公正な評価制度を作っただけだ。
「昨日のガザの報告によれば、陛下が授けた『教育』と『規律』により、生産効率が昨対比で300%を記録したとのこと! これを奇跡と言わずして何と言うのかと、広場に陛下の巨大な石像を建てようという動きが……!」
「止めろ。全力で止めろ」
俺は頭を押さえた。
神に依存した結果、堕落していった人間領の二の舞は御免だ 。
俺が作りたいのは「神がいなくても回る社会」であって、俺自身が新しい神になることじゃない 。
2
だが、この「勘違い」に拍車をかける存在がいた。
窓の外。ふわりと暖かな風が吹き込み、部屋の中にあり得ない密度の「花の香り」が満ちる。
豊穣の女神、エルミナだ。
『あらぁ、魔王様。皆があなたを慕っているのね。とっても素敵だわ!』
(エルミナ、お前まで出てくるな。今は取り込み中だ)
『お祝いに、私からも少しだけ「色」を添えてあげるわね。頑張っている人たちへの、ご褒美よ』
「おい、待て――」
俺の制止も虚しく、エルミナが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、魔王城の庭園から町へ続く街道沿いに、季節外れの鮮やかな花々が一斉に咲き乱れた。それも、ただの花ではない。一つ一つが淡い光を放ち、嗅ぐだけで人々の疲労を癒やす「癒やしの残り香」を振りまいている。
「ああ……おおお……! 見ろ、陛下が歩まれる道に花が! 陛下の慈悲が、大地を癒やしておられるぞ!」
外から聞こえてくる魔族たちの絶叫。
彼らにとって、エルミナの介入は「魔王の奇跡」の裏付けでしかなかった。
3
俺は窓からその光景を見下ろし、深い絶望に包まれた。
「……バルガス。あれは俺の仕業じゃない。ただの自然現象だと言っておけ」
「ご謙遜を! 陛下がそうおっしゃるほど、民の信仰は深まるばかりです!」
(だめだ。合理的な説明をすればするほど、高潔な人格として解釈される。これが「カリスマなし」の転生者が陥る、最悪のバグか)
空を見上げれば、エルミナが満足げに微笑み、リュシエラがその様子を面白そうに記録している 。
彼女たちは、俺が「神の支配から降りたい」と願っていることなど、微塵も理解していないのだ 。
「……だめがみ」
本日三度目の呟き。
俺の理想とする「地味な内政」は、女神たちの善意という名の爆撃によって、刻一刻と「派手な神話」へと書き換えられていく。
「バルガス。石像の件は許可しないが……代わりに、その予算を『緊急時の備蓄倉庫』の建設に回せ。奇跡を拝む暇があるなら、レンガを積めと伝えろ」
「ははっ! さすが陛下、実利を重んじる冷徹にして慈悲深き御判断!」
俺は返事をする気力もなく、椅子に深く沈み込んだ。
神に頼らない世界を作るはずが、神(だめがみ)のせいで俺が神に祭り上げられる。
この皮肉な状況を、空の上で笑っている奴らがいると思うと、今すぐにでも有給休暇を取りたかった。
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