また私の勝ちだね、と幼馴染は囁く

蓮実

第1話

「服、脱いで」


 夕暮れに染まる教室で、ムード何もなく抑揚のない声で命令される。

 わたしは唇を噛みしめる。


 それが、勝った彼女の望みだから。


 "負けたらお願いを一つ聞く"

 そんな子供じみた約束。


 ──どちらが先に言い出したかは、もう覚えていない。


 最初は、子供の頃の軽い遊びだった。

 優劣のつくものだったら何でもよかった。


 わたしが負けるわけがない。


 子供みたいな、負けを認めない性格が邪魔をして、今でもこんなことを続けている。



 誰もいない教室で。授業中に座る席で。


 制服を脱ぎ始めるが、動きがぎこちなくなる。

 衣服を脱ぐ、という行為は普段の日常生活で慣れるものだ。目の前に、薄く笑う彼女がいなければ。


 一つ一つ思い出すように、制服のボタンに指をかけ、ゆっくりと外していく。張りつめていた布がわずかに緩み、肩から重さがほどけていくようだった。


 制服の下には、黒いインナー。


 首元から手首までを覆い隠していたそれも取り払う。髪がインナーに巻き込まれてふわりと舞う。

 シンプルなデザインの下着を隠すことなく、悠然と構える。

 外気にさらされた肌が、少しだけ震えた。


 彼女の視線が僅かに落ちて、目を細める。手を伸ばし、指し示すように突き出される。


「ここ、まだ跡残ってる」


 右の鎖骨の、ちょっと上あたり。


 体育の授業中。50m走で負けた時の烙印。

 自分でつけた癖に揶揄うように笑いながら、小さく赤く充血した肌を撫でる。


「消さないでね」


 時間が経てば消えてしまうのに。意味のない言葉を残す。


 趣味が悪い。何が楽しいのか理解できない。


「じゃあ、今回は……」


 吟味するようにわたしの体を見渡してから、ふらっと近づく。

 夕日に染まる彼女の黒髪がふわりと舞って、花の香りが漂う。


「……ん」


 首筋に、彼女の唇が触れる。

 同時に、ちくっとした痛み。


 湿った柔らかい感触と人の温もり。あまりにもリアルな体温に目を瞑り、顔を背ける。


 何秒、そうしていたのだろうか。


「もういいでしょ」


 いつまでもわたしの首元に吸い付く彼女に嫌気が差して、肩を手で突き離す。


 吐息の温かさが急激に離れて、ひんやりとした空気が肌を襲う。


 首元を軽く抑える。

 わたしからは確認できないが、肌の熱さが彼女の唇の痕を感じさせる。

 ……こんなもの、ただの内出血だ。

 

 言い聞かせるような思考に歯噛みする。



 最初は、罰ゲーム程度の要求だった。

 飲み物を買ってきてもらう。

 荷物を持ってもらう。

 ご飯のおかずを一つもらう。


 いつからか、彼女の要求は過激になって。


 手を繋ぐだけ。


 次は抱きつくこと。


 そして次は──



「ふふ」


 睨みつけるわたしの視線など露知らず。

 赤い吸い痕に満足そうに笑う。


 私の身体に。

 彼女に負けた痕が、また増えた。




 これは。

 勝ち負けでしか結ばれなかった二人の、ゆっくりと壊れていく関係の記録。


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