フラッピング・アディクション

天宮ユウキ

中毒

彼女は狂っている。

作家として売れるわけないのにいつまでも小説を書いている。


キョウちゃん。


あなたは作家として花開くことないよ。だって小説自体、もう終わりだよ。みんなアニメに動画にゲームばかりしてるんだから。そんな時代に小説だよ?バカも休み休み言ってほしいよね。小説を読んでる時間があるなら動画を見た方が良い。いや、人生そのものが終わりかもしれないね。あなたの作品はつまらないし、面白くもない。このままでは、誰にも愛されないで終わるよ。それは辛いことだと思う。だから、やめた方が良いよ。人生を楽しまないと損するだけだから。


私はキョウちゃんを全く応援していない。心の真ん中で諦めが積もり募っている。

けれど、キョウちゃんは絶対に折れない。折れるどころか、何倍も強くなって戻ってくる。


「あたしは小説が好きだから、それだけじゃダメかな?」


そんな言葉を聞いた気がする。キョウちゃんは本気なんだって。私がどれだけ否定しても意味がない。むしろ彼女の原動力になっていたのかもしれない。

悔しかった。

だから、

私はキョウちゃんのことが好きになっていた。


ああ、キョウちゃんが絶望に伏してるところが見たい。伏して私に感情をぶつけて欲しい。

でも、キョウちゃんは狂ってるからそう簡単には絶望なんてしない。それどころ跳ね除けてしまう。

それがもどかしくて嬉しくて、

私が狂いそうだ。


今日はキョウちゃんの家に行く予定だ。

インターフォンを鳴らした。しばらくして返事があった。


「キョウちゃん、入るよ」


私はキョウちゃんの部屋に向かった。

ガチャリと扉を開けるとそこには裸のキョウちゃんがいた。無防備にベッドに座っている。


「えへへ、ごめんね。着替えてなくてさ」


そう言いながら恥ずかしそうに布団を巻き付けてくる。まるで猫みたいに。


「大丈夫だよ」

と言いながらキョウちゃんを見る。この子は本当に変わってるなと思う。普通は恥ずかしがるはずなのに平然としているのだから。


「服、着ようか?」

「別にいいよ」


キョウちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


キョウちゃんの近くに行く。近づいて手を握ると柔らかい感触があった。温もりを感じてドキッとする。

彼女も同じように感じているようで少し照れている様子だった。

そのまま手を繋いでいると自然と目が合うようになった。そしてお互いに笑顔になる。

とても幸せな気持ちになった。


「小説、全然受賞しないんだけど!!なんで!?」


突然キョウちゃんが大声を出したので驚いた。確かに最近ずっと落ち込んでいたけどまさか爆発するとは思わなかった。

とりあえず落ち着かせようと頭を撫でると更にヒートアップしてきた。

これは困ったぞと思いながら宥め続けるとようやく大人しくなった。

ふぅ……助かった……。

その後、しばらく無言の時間が続いた後に口を開いたのは彼女の方だった。


「ねぇ、笑美は私のこと好きなの?」


唐突な質問に戸惑いつつも正直に答えることにした。

もちろん嘘偽りなく自分の想いを伝えるつもりだ。


「うん、大好きだよ」


と言うとキョウちゃんは満足そうな表情をしてこう言った。


「そっか、よかったぁ」


そう言うと今度は抱きついてきたので受け止める。

小さくて可愛い身体をしているなぁと思いながら背中に腕を回すと安心したのか寝息を立て始めた。

やっぱり猫みたいだなぁ。


キョウのパソコンをふと見ると、文章が書いてあった。キョウちゃんの新作だろうか。多分面白くない。けれど私は、それでも構わない。

そう思うのはきっと、この子のことが好きだからなんだろうなと思った。


「あたし小説家になりたいんだよね」


彼女はそう言い切った。

その目は輝いていた。


けれど私は知っている。

キョウちゃんは小説家にはなれない。

彼女が書く物語はいつもつまらないからだ。

それでも諦めずに書き続ける姿勢は尊敬できるけど、応援する気にはならない。

やっぱり面白くないものは面白くないのだ。


ある日、いつものように二人で食事をしていた時のこと。


「笑美はさあ、夢ないの?」

「私?」


夢なんて、とっくの昔になくなっていた。大人に必然的に諦めたし仕事するだけで充分幸せだ。好きな人は目の前にいるわけだし。これ以上、何を望むというんだろう。


「そういうキョウちゃんはどうなの?」


聞き返すと彼女は待ってましたと言わんばかりにニヤリとした。


「あたしの夢はね」


そこで一旦間を置いてから一気にまくし立てる。


「小説家になって有名になって印税生活すること!それから可愛い奥さんをもらって毎日ラブラブして過ごすこと!そして最後は世界一周旅行をする事!どう?完璧でしょ!」


思わずため息が出た。相変わらず頭の中お花畑だなぁと思ったからだ。


「まぁ頑張ってね」


素っ気なく返すと不服そうな顔をされたがすぐに機嫌を直したようでまた話し始めた。


「そうだ!今度一緒に遊びに行かない?あたしもたまには遊びたいし」


デートのお誘いかな?などと思ったけれど恐らく違うのだろう。

キョウちゃんはそういう人だ。


「いいよ」


短く返事をすると嬉しそうに飛び跳ねていた。

そんなキョウちゃんを見ているとこちらまで楽しくなるから不思議だ。


次の日曜日、待ち合わせ場所で待っていると遅刻してきた。

理由を聞くと寝坊したとのことなので呆れてしまった。

しかし本人は悪びれる様子もなくヘラヘラとしているので余計腹が立つ。


「ほら、早く行くよ!」


手を引っ張って連れていくと彼女は慌てて後をついて来た。


最初に行ったのは水族館だった。

平日の午前中ということもあり空いていて快適だった。


順番に見て回っていくと途中でクラゲのコーナーを見つけた。

透き通った体がゆらゆら揺れている姿はとても幻想的だった。


「綺麗……」


思わず呟くと隣でキョウちゃんが同意してくれた。


「うん、すごくキレイだね」


珍しく意見が一致したのでなんだか嬉しかった。


それからしばらく眺めていたけれど飽きてきたので別の場所へ移動することにした。


次はイルカショーを見ることになった。

ちょうど始まるところだったらしく運良く最前列に座ることができた。

ショーが始まり飼育員さんの指示通りにイルカ達が動く様子を見て歓声を上げたり拍手をしたりしていた。

キョウちゃんも楽しんでいるようで良かった。


それからも色々なところを巡って最終的には観覧車に乗ることになった。

ゴンドラの中で向かい合って座ると外の景色を眺めることにした。

徐々に地上が遠ざかっていくにつれて興奮してきた。


「高いね」

「そうだね」


他愛もない会話をしながら頂上に辿り着いた時、キョウちゃんが口を開く。


「笑美は、あたしのこと嫌い?」

「……」


もし嫌いって言ったらどんな顔をするだろうか。


「だってあたしの小説、ちっとも応援しないから」

「……」


実際、キョウちゃんが書く小説は面白いと思ったことが一度もない。つまらないし、正直言って退屈なだけだ。だから私はいつも冷たくあしらってしまう。

そんな態度を取り続けているうちに嫌われてしまったんじゃないかと思っていたけど違ったようだ。


「大丈夫だよ、笑美。あたしは分かってるから」


キョウちゃんは優しい。いつも明るくて、私のことを理解してくれる唯一の友達なのだ。


「そうだね。キョウちゃんの夢は小説家になることだもんね」

「うん、そうだよ」

「応援しなきゃだよね、私が」


キョウちゃんが小説家になれなくても私は彼女のことが大好きだ。小説家になんかならなくてもキョウちゃんはキョウちゃんのままで居てくれればそれで。


「だからさぁ、別の人に読んでもらうことにしたんだぁ」


……。

……!

多分私は今、キョウちゃんの前で歯軋りをした。

私以外の他人がキョウちゃんと接点を持つことそのものが許せなかった。


「……へぇ、誰に読んでもらうの?」

「友達の先輩!プロじゃないけど、よく書いてる人なんだ!」


嬉々として話すキョウちゃん。

その笑顔が眩しくて見ていられなかった。

胸の奥の方がキュッと締め付けられるような感覚に襲われる。

苦しい。


「ふーん、そっか。良いんじゃない?」

「ありがと!」


……許せない。

キョウちゃんが他の人と関わりを持つのを止める権利なんてないことは分かっているけれどどうしても嫉妬してしまう自分がいる。

情けなくて嫌になる。


「そうだ、笑美。これあげる」


渡されたのは小さな箱に入ったチョコレートだった。

市販品のようだが包装紙には可愛らしいリボンが付いている。


「わぁ、ありがとう!嬉しいな」


咄嵯に出た言葉とは裏腹に、心の中は穏やかではなかった。

まあでもいいや。応援しない私よりはいいか。

そう思ってたけど、ある日。


『うちに来て』


とだけ、LINEが来た。

暇だし行ってみるとそこには泣きじゃくっているキョウちゃんがいた。涙でぐしゃぐしゃになった顔はとても痛々しいものだった。


「……どうしたの?」

「うぅ……笑美ぃ……」


抱きつかれたので優しく頭を撫でてやると少しずつ落ち着いてきたようだ。

しばらくすると事情を話し始めた。


「実はね……」


彼女の話によると例の小説を見せたら酷評されてしまったらしい。内容はともかく表現方法が稚拙だと指摘されて傷付いたそうだ。

私も読んだことがあるが確かに文章力は低かったし展開も単調だった。正直に言えば下手くそな出来栄えだったので何も言えない。


「ひどいよね……。一生懸命書いたのに全然褒めてくれないし。挙げ句の果てには才能がないとか言われちゃったよぉ……」


キョウちゃんは本気だ。

本気だからこそ、こんなにも傷ついている。


才能で結果が出るのが現実なんだよ。


でもそれを口にする勇気はない。


「……」


何も言えなかった。

……。

いや、これこそが見たかった。


打ちのめされるキョウちゃん。


これが見たいからキョウちゃんといる。私がキョウちゃんを愛し狂わされてる理由だ。初めての公募であっさり落ちて泣きじゃくるキョウちゃん。両親に冷たい言葉を浴びせられて落ち込むキョウちゃん。どれもキレイだった。そう思ってる私が一番……。


「小説、つまらない?」

「つまらないね」


キョウちゃんは小説家になんてなれない。

なって欲しいと思わないし、なれるなんて考えられない。

しかし、キョウちゃんは狂ってる。


「あたし、負けない……!」


意地でも諦めない方向に持っていこうとする。

なぜそうなれるのか?

それは、彼女自身が本当の意味で狂っているから。

どこまでも強く、折れず、砕けない。

その輝きは宝石のよう。


「そっか、頑張るんだ」


その輝きが私を狂わせる。

どんな絶望をぶつけてこようが、キョウちゃんは希望を見出してくる。人によっては、ポジティブだとか前向きだとかそんなことを言うだろう。

私には狂ってるとしか思えない。でも、それほどまでに狂ってくれてるから、私は愛せるんだ。

こんなにも素敵な人が狂っているという事実は、私にとって喜びである。


「うん!頑張るよ!」


私は今日もキョウちゃんを全く応援していない。

キョウちゃんが絶望したところを見たいと思っているからだ。

私にはそれが何よりも甘い砂糖菓子のように感じる。

でもキョウちゃんはそれ以上の輝きを放つ。

まるで太陽のように眩しい光を纏っているかのようで、その姿はとても美しい。


「あたし、頑張るからね!」


そう言って笑うキョウちゃんが憎らしいくらい可愛くて仕方なくて私の感情が蕩けてしまいそうだった。

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