第2話

 

「おい、チンタラ歩いてんじゃねえぞ!」

「後輩だからつって俺達が手加減してやるとでも思ってんのか!」

「いい加減にしねえとぶち殺すぞ!」


 人一人に向かってあーだこーだ叫ぶ姿はキャンキャン吠える犬の様だ。

 しかし犬よりも始末に負えないのはその吠える内容に何の価値もない点だろう。

 犬は飼い主を守るために吠えるがこいつらの言葉はただ自分が上だという事をアピールするためだけのものだ。威圧して怯えさせて逆らえないと思い込ませる為に。


(チンピラの常套手段……なんだろうな。これは)


 今までの不良生徒達も大体同じような内容ばかり喋っていた記憶があった。思考回路が似たり寄ったりだから同じ様な人間になるのかもしれない。得心がいったと一人黎はうなづいた。


 電車で終点まで二十分ほど、そこから更に歩いて十分。黎を含めた六人は閑散とした街の中にいた。


 男達に四方を囲まれた黎は結局逃げ出すこともできず、こんな所までついてくる羽目になってしまった。電車の中でも逃げ道を塞いで立つような徹底っぷりに、黎は呆れるしかなかった。そのやる気をもっと別の事に生かしてほしいと思わずにはいられない。


(しかし、相変わらずデカいな)

 

 少し遠くに視線をやればはすぐに見えた。

 街のシンボルである200メートルを超えるビル、『アンカー』はそれに迫るほどの高さを持っていた。あれが地中にも同じだけ埋まっているというのだから、『アンカー』と名付けられるのも納得がいく話だろう。


 遠くからみればただの細長い金属の棒だが、その実内部には機械のような複雑な構造を持っている、らしい。暇つぶしに読んだ科学雑誌に載っていた話だが、SFチックで面白いと他人事の様に思ったのを黎は覚えていた。


 『アンカー』が何の役割を持っていて、具体的に何をしているのかは未だ分かっていない。そもそも『アンカー』を構成している材質が地球上に存在しているどの物質とも違うというのだから、分かることは無いのかもしれない。


(SFの様な話だ、中身はファンタジーなのに)


 ジャンル違いも甚だしいと、黎は鼻で笑った。

 それを見た男達がまた騒ぎ出したが、黎にはどうでも良いことだった。今彼ら5人に突然襲い掛かられたとして、どうにもできるという自負があった。命の奪い合いにおいては、こと黎の「異能力」は秀でている。人類が積み重ねてきた「人の殺し方」はそう簡単に超えられるものではない。


 『アンカー』までもう数百メートルもないという所で、黎の前を歩いていた男達が立ち止まった。

 

 この場所はかつては都市の中心として栄えていた場所だった。しかし今では活気というものが存在しない死んだ街だ。


 『アンカー』が現れた場所は全て例外なくそうなる運命にある。国の首都だろうが経済を支える大都市であろうが関係なく全ての街は滅ぶ。

 『アンカー』は人を、いや生物を殺す化け物を生み出すのだ。そんな状況で人類が生活し続ける事はできないというのは、当然の論理だろう。


「兄貴……どこまでいくんですかぁ……」

「流石にヤバイですよ、こんな奥は……!」

「うるせえ黙ってろ。揃いも揃って情けねえツラしやがって」

「でもぉ……」


 男達は不安そうな顔をしている。だがその中で「兄貴」だけが睨むように黎を見ていた。苛ついているのか、怒っているのか皺が眉間に寄っていて顔が怖い。


(あの駅での態度は何だったんだ……?)

 

 あの駅での振る舞いとは全くの別の表情に、黎は内心戸惑っていた。


「明石黎、お前の異能『武器生成』なんだってな? そんな雑魚異能持ちがよ、なんで特待生なんかになってんだ?」


 男は口を開いた。語気が強く、感情を剥き出しにした話し方だ。彼が何に怒っているのか、黎には分からなかった。恐らくは分かる必要性も無かった。


「強いから、それ以外に選考理由は無かったと思うが?」

「それがおかしいって言ってんだよッ! チッ、『武器生成ガラクタ屋』が偉そうにしやがって、気に食わねえんだよその態度が!」


 叫ぶように男は喋る。いつ黎に飛び掛かってきてもおかしくはないくらい感情的で、駅で話していたことなどもう抜け落ちているみたいだった。……あるいは、最初から目的は別にあったのかもしれない。

 男の尋常でない様子を見て黎はそう考えた。

 

「どうやってなったのか、気になるのか?」

「知ってるよ、どうせそのお綺麗な顔でうまく取り入ったんだろう? なあどんなもんか教えてくれよ、校長のブツしゃぶって手に入れた立場はよお!」

「……お前……」


 ──絶句。


 余りにも想定外の妄言に黎の思考が停止した。言葉が出ないとはまさにこの事だろう。何が面白いのかケラケラと楽しそうに笑う男に、黎は呆れ果ててただ立ち尽くしていた。


 その時、黎の耳に微かな風切り音が届いた。


「ッ!?」


 反射的に黎は右手に生み出した木刀を背後まで振り抜いた。木刀からは硬い物が砕ける感触が伝わってくる。そのまま吹き飛ばそうと力を込めれば、「ソレ」は何の抵抗もなく飛んでいった。


「ハッ、つまんねーガキだ。そのまま死んでおけばよかったもんを」

「随分と狡い手を……色々と最低だぞお前」


 「兄貴」の後ろにいる腑抜け達が黎の頭上をやたらと見ていたのには気づいていた。勿論それが意味するところも。この男は背を向けていたせいで、あの不安そうな視線には気づいてはいなかった様だが。

 だが男の妄言のせいで、それも危うく台無しになるところだった。


 黎が吹き飛ばしたのは獅子の下半身に鷲の上半身を併せ持つ伝説の生き物、恐らくはグリフォンだった。本物を見たことがないので、黎にはそれが本当にグリフォンなのか断言は出来ないのだ。


「よっと」


 黎は近寄って、生成した剣でその首を切り落とした。途端に、その体が淡い粒子になって崩れていく。


 ……この化け物には血液が無い。それどころか生命としての機能を何一つとして有していない。筋肉を持たず、骨格を持たず、内臓を持たず、ただ外側のみを模倣した非生物。

 そのくせ機能だけは生物に寄せているのだから気味が悪い事この上ない。

 今だってそうだ。脳みそなんて持たないくせに、頭を切り離されたら確実に死ぬというルールだけは守っている。


──こんなモノが真っ当な生き物であるものか。

 

 死体が完全に消えた後、残った透明な石を拾い上げてポケットに仕舞う。

 なぜ黎達のような学生がこんな場所で化け物を殺しているのか。その理由がこの「石」にあった。


「随分と手際が良いじゃねえか、密猟でもしてたのか?」

「お前は難癖つけないと死ぬのか? そうじゃないなら余計な事を言う前にその口を縫い合わせた方がいい」

「ははッ言うじゃねえか! よーく理解したよ……てめえはとっととぶっ殺した方がいい!」


 男のその言葉の後、何故か寒さが増していく。五月とは思えない寒さに思わず体が震えた。まだ春だというのに吐息が白くなっていくのはどう考えてもあの男のせいだろう。実際冷気は男を中心に発されているようで、ドライアイスぶちまけたかのように男の周りが白く染まっていく。どうやらそういう異能であるらしい。『氷結』とでも言ったところだろうか。


「アイス屋にでもなったらどうだ? 向いてるよお前」

「……その舐めた口二度と聞けねえようにしてやるよ!」


 黎が率直な感想を口にしてやれば、男の笑みがより深く凶暴なものに変わっていった。その顔を見て笑顔の元の意味は威嚇であったという話をふと思い出した。


 男の周りの水蒸気が凍りついて地面に落ちていく。雪や雹が積み重なって男の足元を白く染めていく。

 男が立つ場所に局所的に雪が降ったと言われてもおかしくはないくらいだ。制御を外れて漏れ出た冷気でソレなのだから、男の異能の出力の高さが窺える。


「死ねやアッ!」


 男が尋常でない加速で突っ込んでくる。

 恐らくは靴に何か小細工でもしているのだろう。『氷結』の異能ならば靴をスパイクのようにして移動するのもそう難しくない筈だ。


 だが黎にも異能力はある。雑魚だのガラクタだの酷い言われようだが、それでも超常の力だ。それがどれだけあり得ない事でも、現実に出来る。


(……イメージ)


 「ソレ」の形も構造も全て頭に入っていた。黎の十何年もの研鑽が、あり得ない程に正確なイメージを可能にする。後は異能力を発動すると意識すれば「ソレ」は現実になる。右手に現れた重みがそれを確認させてくれた。

 黎は『ソレ』を構えて即座に引き金を引いた。


──破裂音が響いた。


「クッソ……があ! テメエなんだソレは! あり得ねえだろうが! そんなのが出来るなんて聞いたことが無えぞ!」


 黎の右手にある「リボルバー」を見ながら男は吠えた。

 男の左の二の腕に大きな穴が空いていた。本当は心臓を狙っていたのに、黎がリボルバーを構えた瞬間に躱されてしまったのだ。


「良い反射神経だな、威張るだけはある」

「……なるほど、そういうカラクリかよ。確かにソイツが作れるんなら特待生に選ばれるだけの理由になる……だがソレだけじゃ俺には勝てねえぞぉッ!」


 性懲りも無く男が突っ込んできた。正面切って突っ込んできている為、狙いをつけるのが楽で良い。焦ることなく撃ち込むが、弾丸は男に届くかどうかと言う距離で正面から逸れていった。全弾撃ち切ってなお男に傷はない。


 弾丸の一つが男の顔面の前で停止しており、そこを中心に蜘蛛の巣上にヒビが入っていた。ガラスが割れかけているかの様な見た目から、黎はその正体を察した。


(……氷で盾を生み出したのか)


 それも正面から受け止めるのではなくある程度の角度をつけて、弾丸を受け流せる様にしている。銃器と戦い慣れている人間の発想だ。


(もっと楽に戦えるもんだと思ってたんだけどな)


 厄介な男だと黎は思った。異能力を手に入れて調子に乗ったただの不良だと思っていたが確かな実力がある。


 リボルバーは黎のメインウェポンと言ってもいい武器だ。低リスクで簡単に、かつ遠距離から一方的に敵を処理できると言う利点は、その構造の複雑さを補って有り余るほどだ。

 そしてもう一点、リボルバーは、と言うより銃器類は対人戦における足切り性能がとても高いのだ。音速並みの弾丸を回避できる人間はそういない、防御するにしても生半可な盾はぶち抜いてしまえる。実力が下位層の異能力者は大概銃で殺せるのだ。


 だからソレを越えられる人間は、相応に──強い。


 彼我の距離はもう2メートルもない。

 リロードはもう間に合わない為拳銃を投げ捨てれば、男が訝しげな表情をした。だが我流の適当な構えを取ればどうやら相手も理解したらしい。表情が笑みに変わった。


「片腕どうし、仲良くやろうぜ?」

「舐めんな、もう動かせるわ!」


 そう言う男の左腕は氷で覆われていた。

 両手で振り下ろされた氷の刃を、黎は右手に生み出した剣で受け止めた。相手の武器は氷である筈なのに金属どうしがぶつかり合う様な音が響く。


「死ねやあっっ!」


 そのまま押し込まれそうになり、仕方なく受け流す。分かってはいたが、体重や筋力的にパワー勝負で黎に勝ち目は無い。

 体格差はそれ程でもないが、いかんせん努力ではどうにも出来ない格差があった。


 だが幸いなことに相手は黎の手札をほとんど知らない。『武器生成』の異能であることは知っていても、何が生み出せるのかは予想しながら戦うしかない。その分、黎は有利な立場にあった。相手の予想を上回れるという戦いにおいては絶対の一手を、黎は持っているのだ。


 翻って、男の『氷結』の異能は汎用性が高く万能だ。しかしそれ故に予想から外れた一手を打ちづらい。それ以外の隠し球があるのならば話は別だが、それらしきものを持っている様子は無い。


「おいおい、さっきまでの強気な態度はどこに行った!」

「さあ、何でだろうな、その足りない頭で考えてみろよ!」


 男の滅多打ちを受け流し、時折飛んでくる氷塊を回避、勢いそのままにステップで距離を取りながら剣を投げつけた。

 当然弾かれるが、その間に新しくリボルバーを生成しトリガーを引き続ける。

 先程同様防がれるが、しかしそこで男の動きが止まった。防御に意識のリソースを割かないといけないからなのか、攻撃の手が緩んだのだ。


「ああクソ面倒だ、厄介だなあ、テメエの銃は!」


 苛立たしげに男が叫んだ。


「凍っちまえッ!!」


 男の声を皮切りに氷の波が押し寄せてくる。視界を覆い隠すほどに大きなもので、それをどうにかする手段を黎は持っていなかった。仕方なしに大回りで回避するが、当然相手には読まれていた。


 波の範囲から出た途端に切り掛かってくる男に、黎は剣で迎え撃った。数合打ち合って、そしてふと気づいた。男の動きが先程よりコンパクトで隙がない事に。大振りの攻撃が一切なくなって、常に黎との距離を積めるような戦い方に変化していた。

 距離を取られないようにして、リボルバーを二度と撃たせない心づもりのようだ。


「……一々芸が細かいな」

 

 黎は苦々しい顔をした。確実にしている自覚があった。

。まさかこんな面倒な相手だとは思ってもいなかった。


 とにかく左手側を男に晒さないように丁寧に躱し受け流す。左手が存在しないため、その方向からの攻撃は対応できないのだ。そこが明確な黎の弱点だった。


 一瞬、周囲に視線をやればいつの間にかそこかしこが氷漬けになっていた。

 それを警戒して場所を移しながら戦っていたと言うのに、足の踏み場がもうそれ程無くなっていた。

 黎にとっては不利なフィールドだ。男の異能によって如何様にもなる氷がそこら辺にあるのだから、不利以外の何物でもないだろう。


「貫けッ!」

「おっと」

 

 ふと黎は視界の端で動く「何か」を見た。反射的に体を逸らせばさっきまで頭があった場所を氷柱が通り抜けていく。人を確実に殺せる鋭さだ、避けるのが遅れていれば死は免れなかっただろう。その根元は足元を覆い尽くす氷であり、どうやらその氷から氷柱を成長させたようだ。


「予想通り……っと!」


 一本だけで終わりではなく、周囲から幾つもの氷柱が伸びて次々と黎を襲った。目の前の男に気を取られているといつの間にか氷に取り囲まれて、敗北エンド一直線という訳だ。


「しかし意外と脳みそがあるんだな、驚いたよ!」

「その上から目線が気に食わねえつってんだろうが!」


 飛び上がり、しゃがみ、走り続け、時には剣で砕きながら氷柱に包囲されないよう位置を調整し続ける。

 時折わざとらしい隙間が空いているのは、包囲のためのひっかけなのだろう。そこに入って仕舞えば、氷柱に囲まれて回避不可能になってしまう事は想像に難くない。


 男は氷柱の操作に集中しているのか微塵も動く様子がない。剣を蹴り飛ばして直接狙って見れば、何の防御も無くその頭部に突き刺さった。


 途端に男が色を失って、氷の彫像となって砕け散る。


「だと思ったよ!」


 黎との戦闘中にあれだけ広範囲に氷を広げられる人間が、この程度の操作に集中する必要性はない。誘いの類であることは見て取れた。わざわざ狙ったのは、そうした方が黎にとって都合が良かったからだ。

 人間は勝ちを確信した瞬間、最も油断する生き物であると知っている。

 男がどこにいて何を狙っているのか黎にはもう予想がついていた。


「いい加減に死ねッ!」


 そう叫ぶ男の声が左手側、至近距離から聞こえてくる。


(氷柱は陽動、囮に意識を集めて本命は俺の死角からの一撃)


 距離は既に男の得物が届く程近く、逃げるにしても黎よりも男の方が数倍速い。

 防御はもう間に合わない。氷の刃を振りかぶった男に、黎は成す術がない。黎は目を閉じた。

 それを理解したのか、勝利を確信した男の顔面が醜い笑顔に歪んだ。




「──そんなわけねえだろ」


 響き渡る爆音、閃光が一瞬煌めいた。


 左耳に走る激痛、衝撃に揺れる頭を堪えながら黎は目を開けた。視線を下に向ければ、男は顔を覆い転げ回っていた。

 スタングレネードがいくら殺傷能力が低いとはいえ、火薬を使った爆発である。ゼロ距離で食らえば相応の怪我にもなるだろう。


「〜〜〜〜〜ぁ! 〜〜〜〜!」


 男が何を言っているのか黎にはよく分からなかった。鼓膜が破れたのか、左耳から音が聞こえなくなっていた。

 元より価値のない言葉ばかり喋る男だから、特に気にする必要性など無かったが。

 その無防備な顎を思い切り蹴り飛ばせば、男の動きが止まった。


「……ふぅ」


 呼吸を整えて、黎はふと辺りを見渡した。戦闘に集中していて忘れていたが、この男の下っ端が数人かいた筈だった。しかし氷の壁やら氷柱やらで、碌に周りが見えない。援護がなかったのはそのせいかと一人納得する。

 

「……しかし散々な一日だ」


 未だ揺れる世界の中、ため息混じりに黎は呟いた。今回の戦闘で剣とリボルバー以外の手札を見せる気は無かった。だがまさかリボルバーを防いでくる人間がいるとは、全くの予想外だった。お陰で貴重な切り札の一つを使う羽目になってしまった。

 かなり嬉しくない決着の仕方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎週 金曜日 21:00 予定は変更される可能性があります

Weapons & Life 物欲 @1nmterA

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ