閑話 もう一つの別れの物語
閑話 もう一つの別れの物語
「誘ったのは私だけど、よりにもよってここに呼ぶ?」
そんな瑚々の呟きをまるで聞いているかのようなタイミングで電話がかかる。
とりあえず出る。
「お疲れさまです、雪白です」
『おっ、なに、仕事モードなの?』
「……
仕事柄、電話にはとりあえず出るようにしている癖で休日にも関わらず第一声を間違えた瑚々。
それだけじゃないと分かっていたが、瑚々はあえてそういうことにした。
「もう店の前着いてるから開けてくれる?」
『あ、そう? そろそろじゃないかと思ってたのよね』
「あ、そ……」
「――なに、冷たいじゃん」
店の扉が開くと、スマホを耳に当てた店員らしき風貌の人物が出て来た。
瑚々の耳にはスマホからの音声と、肉声とが同時に入ってきて、それが不快で目をしかめながら通話を切った。スマホを鞄にしまいながら、瑚々は颯爽と店の中に入っていく。
「別に。いつもこんな感じじゃない?」
「……まあ、そうね」
瑚々は「湊こそ、なんか雰囲気変わったよね」と言いながら、案内もされていないうちからカウンター席に腰かけている。
――瑚々はこの店に客として来たわけではないから。
「まー、あたしはほら、もう店長だしさ。高校生の子とか、大学生の子とかと一緒に働くわけよ。大人っぽい印象の方がいいかなってさ」
「ふうん。だからそんな柔らかい雰囲気になってんのね。へそにピアス開いてるとは誰も想像も出来んわ」
「髪で隠してるけど、耳の軟骨も開けた」
「……増えてるし」
店員と思しき人物――このカフェの店長、
「ほれ、いつもの」
「ふっ、懐かしいね。こういうの。ありがと」
瑚々は表情を柔らげ、ティーカップを受け取った。
三年前まで恋人だった頃から変わらない、そのティーカップのやり取りだけは。
「……やっぱ最近、忙しい?」
「まあ、ね。結局、
「そう」
初対面なら微笑んだと捉えるだろう瑚々のその表情を、けれど湊は疲労からの脱力だと知っている。瑚々は自分の中に貯めこんで背負いこむタイプだから、と学生時代はよくこうやって湊の叔母の店で話を聞いていた。
今じゃもう、湊が店長だし、瑚々も社会人だ。
「やっぱり、心配?」
「そりゃ、ね。湊も妹が居たら分かるよ」
「そう? あたし、出会ったばかりの頃瑚々のこと妹みたいに想ってたけど」
「――ふーん? じゃあ、そんな妹みたいな私のこと好きになったくせに、いざ付き合ったら私の姉力にデレデレになってたってことかぁ」
「それとこれとは別だし」
ツン、と唇を尖らせる湊は、コーヒーでかつての記憶を流し込むと、頬杖をついてティーカップの縁を指でなぞった。
「まあでも、妹じゃないけど、バイトで来てくれる子たちのことは心配かな」
「そっか。バイトの子って、人数はどれくらいなの?」
「えっと、大学生の子が二人と、最近高校生の子が一人来てくれた。皆いい子だけど、勉強とかサークルとかでさ、疲れてる表情見たりするとね」
「……まあ、確かにね」
瑚々はエプロンを付けた見慣れない「店長」の湊の、その背中を丸めた姿に目を細める。
ストリート系のファッションを好んでいた見慣れた姿は、遠い記憶の向こうだ。
「高校生の子――えっと、日向さんっていうんだけど。その子、まだ一年生の一学期なのにもうバイトしててさ」
「――え、ちょっと待って。日向さん? 高一の?」
「え、なに? 知り合い?」
かつての「彼女」との日々に想いを馳せていた瑚々は、耳に飛び込んできた名前に身体ごと湊に向けて話の腰を折った。その様子に驚いた湊に、瑚々は「下の名前教えて」と続ける。
カラン、とキッチンから食器の揺れる音が、響いた。
「えっと、日向
「……そっか、真冬ちゃんが」
「え、なにほんとに知り合いだったの?」
「知り合いっていうか、まあ、もう一人の妹みたいな感じだよ。妹の、幼馴染でさ。私が高校生の時よく一緒に遊んであげてたんだよね。大学に入ってからは車で何度か遠出もしたし」
「へえ、意外。まだあたしが瑚々のことで知らないことあるなんて」
「……別れてからの三年分は知らないことだらけだけどね」
「はは、言えてる」
カウンターの正面に身体の向きを直した瑚々の脳裏からは、恋人との記憶が遠のき、妹たちとの記憶が蘇る。
視界に揺れるコーヒーの水面に、二人の背中が映る。
「……真冬ちゃん、元気だった?」
「うん。元気そうに見える、かな。心配しなくても大丈夫。日向さんのことは瑚々の分まで、あたしが面倒見るよ」
「私にも心配させろっての。まあでも、ありがと。初めてのバイト先が湊のとこなら、ほんとに安心だよ」
「――うん」
それから二人の間には会話はなかった。
瑚々が大学一年、湊が大学四年の時に出会った二人。
先輩後輩よりも恋人どうしの期間の方がずっとずっと長かった二人。
今はもう、別れた二人。元カノどうしの――。
「今度休みが出来たら、久しぶりに遠出とかする?」
「いいじゃん。あたしもたまには『店長』の服、脱ぎたいところだし」
一つの関係は、たとえお互いまだ好き同士でも終わることがあると知っている、二人の。
それは、穏やかな時間だった。
【幼馴染百合】幼馴染と高校で再会したら大嫌いと言われた話 音愛トオル @ayf0114
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