こちら青春保全センター【パイロット版】
山坂良樹
第一部『青春練習曲』
第一章:聖夜にモブが犯す罪
1−1−1
『バイト君、遅いぞ!定刻まであと10分を切った!』
12月24日 19時04分
各家庭がクリスマスパーティーに興じ始めたであろう時間帯。
俺は閑静な住宅街を、自転車で駆け抜けていた。
「分かっていますよ……!だから今こうして飛ばしているんじゃ無いですか……!」
俺の声を受け取った『センパイ』は、インカム越しに指示を出す。
『それは送られている映像を、見ているから分る。だが、現場に着く前にその自転車は置いていけよ。』
突如告げられた追加指示に「え……!何でですか……!?」と息も絶え絶えに聞き返す。
『この任務は最終的に『主要人物とぶつかるイベント』に繋がるよう手筈を整えているんだ。それをお前、自転車のまま突っ込んでみろ。大事故間違いなしだろ?』
「そうは言ったって……!普通に行ったら20分以上はかかる所ですよ……!」
『だから、『急げ』と言っているんだ。50m手前までは自転車で行ってもいいから、今はとにかく飛ばせ!くれぐれも安全運転でな!』
センパイから下される相反する指示に対し、俺はつい先ほど下された【12月24日19時14分に西区3丁目 田中家宅の角を曲がれ】という任務を思い出しながら、抗議の声を上げる。
「なら『19時14分目標』に対して、『19時』とかいうギリギリのタイミングで命令を下すのやめてもらえません……!?もう5分早められたでしょう!?」
『そう言うな、この任務に向けて色々調整が立て込んでしまったんだよ。』
「シワが寄った結果かよ……!」
『そんなことより、今は運転に集中しろ。50m圏内に入ったら、こちらから合図を送る。それまで頑張ってくれ!』
部下の抗議を躱わすセンパイに、思わず口が悪くなる。
「えぇい、分かりましたよ!終わったら、何か奢ってくださいよ……!」
『もちろんだ。臨時報酬は期待しておいてくれ』
「臨時報酬……!その言葉忘れないでくださいよ……!」
19時07分
部下らしからぬセリフを吐いた俺は、県道に出た所で自転車のギアを一段上げる。
スマートグラスの案内よれば、ここから先は『直線と緩やかなカーブ』がしばらく続く。
(なら今俺が出来る事は、地図に描画されない『最短距離』を走り抜けること……!)
法律ギリギリ、車道と歩道を行き来しながら、現場の団地へ向かう。
19時12分
スマートグラスの情報を頼りに団地に入ってもなお、無我夢中で移動し続けること約数分……
センパイの予告通りインカムから『バイト君、現場から50m圏内に入った、自転車から降りろ!』の声が響く。
体力の限界寸前に加えて時間もない中、スタンドを立てる余裕があるはずがない。
十字路のど真ん中ではあったが、センパイの声を合図に俺は、構わず半ば転げるように自転車から降りた。
しかし、その横着は『望まぬ結果』を生み出す。
19時13分
『乱暴に降りた衝撃』と『焦り』で方向感覚が一瞬失われる。
(ハァ……?ど、どっちだ?)
その結果、俺は『進むべき方向』が分からなくなってしまったのだ。
(自転車の位置的にこっちのはず……だが、それでいいのか……!?)
『主要人物のいない区域』ということもあってか、周囲の建物に特徴が無く、自らの判断に自信が持てない。
確証を得るためにスマートグラスで確認しようにも、汗と衝撃で装着ズレを起こし、上手く確認することもできない。
(後何秒……確認する暇は……!?任務を失敗してしまう……それじゃ頼みの報酬が……家賃が……マイファンへの課金が……!)
この後の悪い予感を憂い「クソ、どっちだ……!?」と一人パニックになりかける。
すると、センパイから『目の前の『止まれの標識』の交差点を左だ!急げ!』の指示が飛ぶ。
「ありがとうございます……!」
福音を受けた俺は一言礼を言うと、最後の力を振り絞り、指示通りに『止まれの標識』のある『普通の交差点』を左に曲がる。
19時14分―――
「キャッ!!!」
誰かとすれ違い様にぶつかり『ゴタリ』と何かが落ちる音がする。
俺はぶつかった衝撃で、受け身を取りながらその場に倒れ込んだ。
「あぁぁぁぁ!すみません!!!すみません!!!」
倒れた俺に対し、誰かがものすごい勢いで謝ってくる。
見上げると、フワフワの白い髪に包まれた小柄な少女が頭を下げていた。
その姿はそう、『愛する誰かのために一生懸命なヒロイン』そのものだ。
「ああああ、あの!私急いでいるんで……!」
その場に座り込み肩で息をしている俺に対し、少女はそう言い残すと、綺麗な包装が施されたクリスマス関連の荷物を拾いあげ、ワタワタと走ってその場を後にした。
その際電灯に照らされた荷物は、少し歪な形をしていた。
(そういえばあの子……監視対象に入っていたな……)
上体を起こし、ふわりふわりと白い髪の毛を揺らしながら走り去っていく、彼女の背中を見送りながら、俺はふと以前見た資料を思い出した。
きっと、普段の彼女であれば大した面識のない俺に対しても、もっと気にかけてくれるだろう。
しかし、『謝るだけ謝ってその場を去る』というのが今の彼女の正常な状態なのだ。
それに彼女に待ち受ける『特別なイベント』の前に、俺の事を忘れてしまうに違いない。
何故なら俺たちは、この世界における『モブ』なのだから。
『おつかれ、バイト君。』
センパイのねぎらいの声が、インカム越しに聞こえる。
(何か……応答しないと……)
脳に酸素が回らないなりにそう考えた俺は、喉に鉄の匂いを感じながら、息も絶え絶えに何とか応答する。
「おつかれ……様です……コレは……成功ということで……良いですよね……?」
『あぁ、まだ上からの確定情報が出たわけではないが、概ね成功と言って良いだろう。』
「ハァ……良かった……!じゃあ……臨時報酬……!」
『ハハハ、分かってる分かってる……そうだなぁ……』
センパイが考えている5秒間、俺は先ほど以上の限界を超えて使い道を考える。
(一先ず今回の報酬と特別報酬は家賃に充てるとして、残った分は何に使おうか……!マホアンのグッズ……いや、その前にマイファンへの課金が先か……!今シーズンこそ一位を……!)
熟考に熟考を重ねていると『ア〜……』とセンパイからの返答が入る。
妄想に耽り『重課金の果ての優越感』に浸っていた俺は、待ちに待った返答を心して聴く。
『すまない、私も今月は何かと入り用でね……缶コーヒーで良いかい?』
「缶……コー……ヒー……?」
それはこの世で最も黒い汁での一つであり、この世の艱難辛苦を煮詰めたような、自動販売機価格110円ほどの嗜好品。
飲めないほど嫌いでは無いにしても、あまりに理想とかけ離れた『臨時報酬』に5秒間で描いた妄想が瞬く間に霧散していく。
諦めきれない俺は身体に鞭打ち「いやセンパイ、頑張った部下に缶コーヒーは流石に……」と食い下がりを試みる。
『いやしかし、初めは『奢ってくれ』ということだったし……それで許してくれないか?』
過去の発言を提示され、疲労困憊の俺は心が折れてしまった。
「あぁあぁああぁぁぁあ……」
住宅街のど真ん中で、あまりにも情けない声を晒しながら、今度は仰向けに倒れる。
アスファルトに沿って吹く風は、俺を慰めるように流れていた。
俺はこの世界における『モブ』として生きる傍ら『青春保全センター傷与係』のエージェントとして働いている。
そもそも、俺がこうして『青春保全センター』で働き始めることとなったのか。
それを語るには、約8か月前にまで遡る必要がある。
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