第3話 ストロベリームーン

 ストロベリームーンの更待月ふけまちづき。春の日はうららかに解放された心を彩ってくれたのに、続いて訪れる雨の気配が、真実を求め始める。

 障害者雇用で勤務を始めた頃から直視しなければならない本当にうろたえていた。それとは、今まで受け止めきれずにひた隠しにしてきたリアルな自分の姿そのものだった。

 「これやっといてね。」

 と入社当初、言われて任される仕事は処理済み資料のファイリングやコピー、もしくは掃除で、しかもその依頼さえ時折で、ほとんど手持無沙汰な時間を過ごしていた。理解していた現実に向かわない悪あがきとしての、一般雇用のアルバイトや派遣で働く日々を以前はずっと送ってきたのだから、その辛さは身に堪えられない苦しみだった。

 そうした毎日で、会社のデスクの目線の先に、淡く深い――そう、タンザナイトの宝珠を見つけてしまった。

それは二つ…ふたつの双眸。日本という場所から少し浮き立つ男性は、亜麻色の髪の毛に少しシルバー色に輝く髪の毛が混じって艶っぽかった。

 私、35歳——。嘘でしょ、嘘。まるで、恋も知らぬ少女のように、無我夢中で目の前の紳士らしき被写体に釘付け。しかも、お子さんの噂さえ飛び交うことさえ無視して、彼の瞳の中で姫になっていた。それが、運命づけられた病的な鬱屈とした苦しみ故に。

 退勤して帰宅した。

 「今日はたくさんの購買発注をしたわ。

  会社の業務に必要な部材やら、事務用品やら、社員さん用お茶まで。6年前とは違うんだもん。」

 つい、少女ぶって尖らせた唇…

 「もう、若くないわ。わたしも、あの美しい人も…。」

 無意識に来ていた冷蔵庫の前、アイスコーヒーのボトルを取り出す。グラスに氷を入れようか悩みながら、ひとつふたつと滑らせて、ドバっと入れた黒、そしてその中にいつの間にか手に持っていた小瓶の液体を注ぎ込んだ。

 「ついでに白いのも入れる?」

 答える人もいなく、そして液体を口に含めばほのかなラム酒の香りがした。

 「女の子は、飲まないフリして、お菓子作りのつもりで誤って入れちゃうものなのよ。」

 まだ、はっきりとしてるはずの意識のまま、床に転がるのを拒否して、一人掛けソファに横になった。

 「でも、少女の頃も知ってた。」

 足をソファにあずけて伸ばした。

中学生の頃の日記帳に書かれた言葉

 『私に敵うなんて100000000年早いのよ!私の方が999999999倍賢いのよ!!』

 「それは、私よりかわいい服を着こなしてて秀才ぶってた同級生に向けた言葉ったわ。唇は大人しくて優しい素直なふりして笑って見せたけど。」

 そして、日記帳の別のページに描いたユニセックスでカッコいい男の子の輪郭に笑顔。

 「それに鎖のように紐づけられていた、性欲だったなんて、…っことは私だけのものだったっ、のに。」

そのおぼろな絵の男の子の輪郭を指で何度もなぞって、唇はお預けにしていた。性欲とは、社会的地位という願望とイコールなものであった。

 ある日、部活動を終えてよろよろな身体で帰宅した。(父はどうせ帰るのは夜中か朝なんだろう。母は、台所ですすり泣きを堪えてるんだろうかな。)リビングを無視して2階にあがった。部屋の扉をバッと開けた。気配があった。というか人がいた!

 「ケイ兄さん!」

 そこには近所の高校生がいた。

机の上にはしまったはずの日記が開かれてた。

 「ちょっと!!何してるのよっ!」

 日記をまじまじと読んでいたケイ兄さんは、こちらを振り返った。

 「誰、この人。」

 指先には、例の男の子の絵があった。

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Andantino 夏の陽炎 @midukikaede

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