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ユキとヨウナは当初の目的通り歩き続け、羅針氷塔が一番よく見える沿岸部まであと少しでした。もう夕方です。太陽は頂点をすぎ、海と空の境界線を目指して下っていました。
「このまま歩いて行きゃ、日没までには着くな」
先を歩くヨウナは、ユキにそう言いました。
海氷街の中心地からはだいぶ離れましたので、人通りは少なくなりました。
ヨウナはユキの返事がなかったので、後ろを振り返ると、ユキは何か周りの様子を気にしているようでした。
「どうした?」
ヨウナが足を止めると、ユキはヨウナに近づき、小声で、
「後、つけられてる気がする」
と言いました。ユキの感覚は敏感で、細かな異変や気配によく気づきます。
ヨウナが振り返って辺りを見ても、姿は見えませんでした。しかし、教会の人間か、誰かしら、跡をつけてくることは全く不思議ではありませんでした。
レストランにも入りましたし、目撃証言などで尾行される可能性は十分にあります。想像以上に、教会の動きが速かったのかもしれません。
ただ、やはり情報が出回るには早すぎるので、十中八九あの神父だとヨウナは予想しました。
わざわざ人のいないところまで着いてきたのは、人混みで騒ぎを起こすことで、無関係の人間が巻き込まれてしまうことを防ぐためか、はたまた人混みを抜けたことで、ちょうどついさっき見つけたのでしょうか。
どちらにしても、相手が手を出してくるのはそろそろでしょう。実際、ユキが気づくほど、相手は近くまで迫っているのですから。
ヨウナは覚悟を決め、ユキに言います。
「じゃ、オレは助けてっつって叫びながら一芝居打つから、お前はそのまま走って逃げろ。オレを保護するのに、あいつらは足を止めるだろうからな。正義の教会は、オレを見過ごせないだろうから」
残念ながら、ここまでです。むやみに抵抗して騒ぎを起こしてしまうと、最終的にユキが逃げるチャンスを失ってしまいます。ヨウナは自身の目的より、ユキを逃がすことを最優先に考えているのでした。
けれど、ユキはその作戦には、気が乗りません。
「ここまでお世話になって、あなたを利用するつもりはないよ。それに、まだ羅針氷塔のとこまで連れてってあげられてないのに──」
ユキがしゃべっている最中に、細い路地から人が飛び出して来ました。手には、溶けない氷で作られた剣を持っています。
氷剣を振りあげ、振り下ろしました。剣はユキに向かって──ではなく、ヨウナに向かって振られています。
とっさにユキはヨウナの手を引っ張って回避しました。反応と体の動きが追いつかず、体勢を崩したヨウナをユキが抱え込んで、衝撃から守ります。
「……なんで、ヨウナを狙ったの?」
ユキは、襲いかかってきた人間、白くて物々しい服を着た神父を睨みました。
「お前が一番よく分かっているだろう?」
神父は、ユキに言い返しました。
ユキは、苦々しい顔をします。心当たりがあったからです。ヨウナは、ユキの仲間であると疑われているのだと。
今まで、ユキを助ける人はいなかったので、ユキを助ければ同罪になることを、ユキはあまり理解していなかったのです。
今さらになって気づいたユキはヨウナの後ろから首に腕を回し、締め上げるようにして拘束し、神父に向かってこう言いました。
「この子は私が脅したの。私の味方をするように。あなたがここで手出しするなら、無実のこの子を殺すよ」
ユキはヨウナを人質にするつもりはなかったですし、ないと言っていました。この行動は、ヨウナを守るためでした。ヨウナを人質として無理矢理連れてきたことにすれば、ヨウナは無罪の人間になると考えたからです。
ユキに身動きを封じられたヨウナは、ユキの狙いがわかっていました。力のかけ方が不安定で、明らかに慣れていない行動です。
ヨウナは改めて、ユキがとても優しく、純粋な人間だと感じました。で、あるからこそ、その行為は意味がないと、ユキは気づけないのです。
「ユキ、あいつにそれは、効果なしだ」
「え?」
ヨウナはユキに忠告しましたが、ユキは釈然としていません。
神父は表情一つ変えないまま、静かに剣を構え、ヨウナもろともユキを突き刺そうとします。ユキはてっきり神父が躊躇するかと思っていましたので、予想だにしませんでした。慌ててヨウナの頭を押さえ、一緒にしゃがみこんで避けます。
「どうして……ヨウナは関係ないのに……」
「そういうもんだ。ユキ、逃げていいぞ。オレを置いて」
「できないよ! ヨウナが殺されちゃう!」
「そうか、まあ、じゃあいったん、オレを背負って逃げてくれ。後で話し合おう」
ヨウナは、ここで言い合いになるのはリスクが高いと判断して、ユキに一度逃げるよう言いました。逃げ切れるかは、わかりませんが。
すぐにヨウナを背負い、ユキは走って逃げました。
神父が黙って逃がすわけはありません。走っていくユキの背中を追いかけます。
が、一つ角を曲がったところで、神父は幼い子どもを見つけました。どこか、見覚えがあります。
子どもは一人きりで寂しいなどという様子はなく、堂々と道ばたに立ち、何を考えているのか分からない顔で神父を見上げていました。
神父は走る足を止めて、目線を合わせるため、子どもの前にしゃがみこみました。
「確か君は……サタでしたか。こんなところにお一人で、どうしたのです?」
神父が優しい口調で聞くと、サタはこう答えました。
「まいご」
「……」
神父はあきれて物も言えなくなってしまいました。
神父はユキやヨウナなど、魔女やそれに類する者にに容赦はしません。そして、迷子を見捨てることもまた、神父であるからこそしないのでした。
神父はサタを抱え、ユキとヨウナに逃げられないように急ぎつつ、サタを先ほどの両親の家まで運んでいきました。
◇
ユキとヨウナはなぜだか神父が追ってこなくなったことを確認して、物陰に隠れ、話し合うことにしました。
内容は、これからの計画です。
「なんでなの? ヨウナは何も悪くないはずなでしょ?」
ユキは先ほど、神父がヨウナを狙ったことを思い返し、怒りました。
「オレがどうとか、どうでもいいからな。あいつらにとって。大事なのは、ユキに味方したかどうかだ。んで、オレのほうが先に殺しやすいって判断しただけだろ」
ヨウナには、その答えが分かっていました。淡々と語るヨウナに、ユキは疑いの目を向けました。
「じゃあ、あなたが最初、一芝居打って時間を稼ぐって言ってたのは?」
「元々、オレはこの先長くない。時間を稼いで殺されるのと、氷結病で死ぬのとは、大差ないんだ」
ヨウナは、自らの命を犠牲にするつもりだったのです。
「そんな……それを知ってたら私は、最初からあなたを巻き込まなかったのに……」
ヨウナは淡々と答え、ユキは悲しそうな顔をしました。
ヨウナが無実でいられたのは、ユキが逃げた先を聞かれたときがギリギリです。ユキと一緒に逃げるために病室を出た時点で、もう後戻りはできなくなっていたのです。
「気にするな。オレが勝手にやったことだ」
「ならどうして……私をかばったの?」
「顔が良かったから」
「それはさすがにうそでしょ?」
ユキは深刻な話の最中にもかかわらず、ドン引きしました。
「さあ、どうだろうな」
ヨウナはごまかしました。間を置いて、自分なりの本音を言いました。
「死ぬ前に……どうせあとわずかなオレの命を使って、誰か一人助けられるなら、それでいいと思ったんだ。それが、心優しい少女なら、なおのことな。お前、放っておいたらこの街で殺されてそうだし」
ユキは、じっと、ヨウナの目を見ました。
そして、見透かしたように言います。
「ヨウナ、自暴自棄になってるでしょ」
「そんなつもりはないさ」
「ううん、絶対にそう。ヨウナなら、わざと神父に殺されなくても、私を逃がす策くらい思いつくでしょ?」
「なぜオレが自暴自棄だと、そう思う?」
「私と一緒だから」
ユキは、ヨウナから目をそらしませんでした。今までは、何か都合の悪い話題になると、すぐ目をそらしていたというのに。
ヨウナはそのまっすぐな視線に、いつになく動揺しました。自覚はないのですが、図星ではあったのでしょう。
「ダメだよ。ヨウナには、まだ先があるんだから」
「……ない。オレにこの先はないんだ」
ヨウナは絶望感を隠せず、小さな声で言います。
「もしかして、病気、治らないの?」
「そういや言ってなかったな。氷結病で、あと一ヶ月だ。運が良くて、一ヶ月な」
「……」
「だから、教会がどうだろうと、お前とお別れなのは変わりない」
ユキは、何も言えないようでした。しばらく黙っていましたが、ユキはヨウナの手を取って、ぎゅっと握りました。
「それでも……ダメだよ。たとえあと一ヶ月だとしても、わざわざ命を捨てるような事をしたらダメ」
「ずいぶん勝手な事を言うんだな、お前は病気でも何でもないだろ」
ぶっきらぼうに、ヨウナは言いました。少し腹が立ったようです。
「……私は、病気じゃないけどね」
ユキは、今まで言わなかったことを、意を決して言いました。ヨウナには、言うべきだと思ったからです。
「魔女なんだ、ちょっと変わった体質を持ってるの」
「やっぱりな」
ヨウナは、最初から魔女だろうと疑っていたので、さして驚きはしませんでした。
「気づいてたの?」
「お前、隠すのが下手すぎるんだよ。で、なんでこのタイミングで告白した?」
「私には、ちょっと変わった体質があって……他の人から避けられてばっかだった。他にもいろいろあって、嫌になって、私は元々いた海氷街から逃げてきたんだ」
「……」
ヨウナは、ユキの話を黙って聞きました。
「逃げた先でも、いいことはなくて……ずっと一人だった。でも、きっといいことがあるって信じて、ここまで来てやっと、私を助けてくれて、一緒に歩いてくれる人に出会えたんだ。それがあなたなんだよ、ヨウナ」
「……結局、何が言いたい?」
「たとえあなたの先が短いとしても、私はあなたと一緒にいたいんだ。だから、早まらないで。命を捨てるようなまねを、しないで。まだ、時間はあるはずだよ」
「じゃあオレに子ども担がせたりするなよ」
「それは……ごめん」
ユキは申し訳なさそうにします。ヨウナはぶっきらぼうに言いましたが、昔からのクセで、照れ隠しです。
「……わかったよ。じゃあ、一つ聞かせてくれ」
「何?」
「どうしてオレに、最初から、いや、途中でもいい。自分が魔女だと言わなかった?」
「……言ったら、どっか逃げちゃうと思ったから」
ユキは恐る恐る言って、ヨウナはユキにデコピンをしました。
いてっと、後ろにのけぞって、ユキは何事かとたじろぎました。
ヨウナは、あきれた顔で、こう言いました。
「あのな、今さらここまで来て魔女だって言われて、帰るわけないだろ。最初から言ってくれりゃ、それに応じて作戦を考えるってのによ」
「ご、ごめん?」
ユキはなぜ責められているのか、よく分かっていませんでしたが、とりあえず謝ってみました。
「で? そのちょっと変わった体質ってのは? やたら力が強いことか? 大食いのことか?」
「どっちも関係ないかな」
「それはそれで関係あれよ。おかしいだろ」
「えっと……本当に言っていいの?」
「言わないと、あの神父をどう倒すか考えられない」
「じゃあ――」
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