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 店を出て、二人はしばらく歩きました。すでにお昼時は過ぎました。

 ユキとヨウナは相変わらずはぐれないように手をつないで歩いていました。が、ユキが足を止めたので、ヨウナも引っ張られて止まりました。

「なんだ、急に止まるなよ」

「ねぇ、あのさっきの迷子の子なんだけどさ」

 と、ユキが言いかけたのを聞いて、ヨウナは先に、

「探さないぞ」

 と釘を刺しました。ユキがお節介で、迷子の子を探すつもりかと思ったからです。二人はすでに追われる身です。のんきに赤の他人の子を助けている場合ではないのです。

 だというのに、ユキは相変わらずどこか別の方向を見つめていました。

「探すんじゃなくて、ほら」

 と、ユキは見つめる先を指さしました。それは、ヨウナのすぐ隣です。

 ヨウナは深く考えず、ユキが示す方向を見ました。すると、先ほど見た掲示氷板に載っていたイラスト、その特徴そっくりな男の子と目が合いました。

 男の子は、何を考えているのかわからない無邪気な顔で指をくわえながら、ヨウナの顔を見上げていました。

「……お前、名前は?」

「サタ」

 首をかしげながら、たどたどしい滑舌で、子どもは答えました。掲示氷板に書かれた、迷子の子どもの名前と一致しています。

 さすがのヨウナも、目の前にいて見過ごすことはできませんでした。かなり悩みましたが。

 迷子を見つけ、見つけた人に神を信ずる心があるのなら、教会まで連れて行くのが一般的です。

 しかし、二人が直接教会に連れて行くわけには行きません。どう考えても、捕まるからです。 ならば他の大人に任せるのが良いでしょう。

 ヨウナは道行く人に話しかけましたが、

『すまない、急いでいるんだ』

 と、足早に立ち去る人ばかりで、あえなく断られてしまいました。なかなか薄情です。

「仕方ない。オレたちでやろう」

「そしたら……どうすればいいの? 教会はダメなんでしょ?」

「こいつの家まで直接連れて行く」

「知ってるの?」

「さっきの掲示氷板に住所が書いてあった」

「よく覚えてるね。私、一文字も覚えてない」

「一度見れば全部覚えるだろ、普通」

「……いくら私でも、それが普通じゃないのは分かるよ」

 ユキはヨウナの平然とした口ぶりに、こいつも大概だなと、勝手に思いました。

 何かあった際の連絡、郵便はこちらへとのことでしたので、直接子どもを運んでいくことにしました。

 目指す羅針氷塔への道からは寄り道になりますが、多少ですので問題ないとヨウナは判断しました。

 手をつないで歩くと五歳のペースになってしまうので、ユキが子どもをおんぶすることにしました。

 しかし、ユキは嫌がりました。

「私は……良くないよ。ヨウナが背負ってあげて」

「良いも悪いもないだろ。そもそも、こいつより重いオレを、お前は散々背負ってたじゃねぇか……誰が重い女だってぇ!?」

「急にキレないでよ。こればっかりは、私の役割じゃないよ、私は呪われて……」

 ユキは何か言いかけて、やめました。その後、ヨウナの顔をじっと見ました。

「ヨウナは、なんでだろう、なんか大丈夫な気がしたんだ」

「ふん、何の違いなんだろうな、一体」

 ユキがどうしてもと言うので、ヨウナは仕方なく、子どもをおんぶしました。

 病気でなまっている体でも、元々ヨウナは体力がありましたから、子ども一人くらいはなんとか大丈夫でした。本来は安静にすべきですので、良くないのですが。

 サタはなかなか度胸がある子のようで、親から離れてどれくらいになるのかわかりませんが、泣くこともなければ何かしゃべることもなく、ヨウナの背中で高くなった周りの景色を物珍しそうに眺めていました。

「なんだコイツ、ホントに迷子なのか?」

 迷子より、むしろヨウナのほうが戸惑っていました。

 ユキもまた、物珍しそうにサタの様子を眺めていました。

「お前まで……何を見てんだ?」

「小さい子を、あんまり間近で見たことないから……」

 たいてい、街の祭りや学校で、子どもの姿は見るものですが。ヨウナは、ついでに昔について尋ねました。

「ユキは、子どもの頃何してたんだ?」

「私? 私は……一人で過ごしてたかな」

「親は?」

「いないわけじゃないよ。ただ……私とは、あんまり会いたがらなかったから……」

「なるほど」

 ヨウナは、深入りをせず終わらせました。ユキが言いたくなさそうにしていたからです。代わりに、ヨウナは自身の身の上を話しました。

「オレは、これでも地元の海氷街じゃ、お嬢様だったんだぜ?」

「そのしゃべり方で?」

「うるせーよ」

 戦場より逃げるときに、少女だとバレないよう、あえて、男っぽいしゃべり方をしているのですが、実際、ヨウナは雑な物言いのほうがしゃべりやすくて好きなのです。

 続けて、ヨウナは子どもに聞きます。

「サタ、神父はどんなやつだ?」

 サタは子どもらしく答えます。

「わるいやつをたおしてかっこいい!」

「そういう仕事じゃねぇんだけどな、神父は」

 ヨウナは少しあきれて言いました。神父の仕事にはたしかに海氷街の困りごとを解決することも含まれているのですが、だからといって犯罪の取り締まりがメインな訳ではないですし、ヒーローでもなんでもないのです。

 本来は、氷の神の教えを人に布教する仕事です。

「氷の神、そして、氷の神を信じる教会は絶対的、学校でもそう習うし、人々はそう信じてる。でもな、オレはあんまり信じる気にならないんだ」

 ヨウナは、これまでになく真面目なトーンでユキに言いました。

「それは……どうして?」

「オレの街で起こった戦争は、教会内部の主義主張の食い違いが原因だった。氷の神がどうであるか、教義はなんであるかとか、そういうことで揉めたんだ。火種はそれで、気づいたら同じ海氷街の中で殺し合いになっていた」

「そういうことも……あるんだ」

「あったんだ。だから、オレは氷の神を信じる気になれない。神が平和をもたらすのなら信じてやるが、争いの種になるなら、いない方がましだ」

「……言っていいの?」

「お前には、いいだろ?」

 本来、氷の神に否定的な発言を教会や氷の神を信じる人に聞かれれば、即連行です。普通の人には言いません。

 ヨウナは、相手がユキだからこそ本心を言いました。

「ユキはどうなんだ? 氷の神を信じてるのか?」

「……私は……真逆だから……」

 相変わらず、ユキは目をそらして言います。間違いなく、隠し事に向いていないと、ヨウナは思いました。

 何か隠しているのは間違いないのですが、何を隠しているのかだけは、絶対に明言しないようです。

「わるいひとなの?」

 サタは悪気なく、純粋にユキに聞きました。

 ユキは答えに困り、最終的にこう答えました。

「そう……なのかも……」

 ユキは片手で自身の手首をぎゅっと掴みました。

 ヨウナはその返答に口を挟まず、黙ってユキを見ていました。代わりに、背中に背負っている子どもを下ろして、ユキに渡しました。

「え……? どういうこと?」

「疲れた。お前がおんぶしろ」

 ヨウナは端的にそう言いました。

 サタは相変わらず、何を考えているのかわからない顔をしていますが、じっとユキを見ています。

 ユキは悩んだ末に、ヨウナに諦める気がないことを悟って、まるで見たことのない小動物に触れるかのように、恐る恐る手を伸ばしました。

 手袋のまま、腕で抱えるようにして、サタを持ちました。

 新鮮な体験で、ユキは目を見開いてサタの様子をじっと確かめます。

 てっきり嫌がるか、避けるかとユキは予想していましたが、ユキの心配することなど、サタは何一つ気にしていませんでした。

「お前、その持ちかたでよく腕が疲れないな」

「力持ちだから、私」

「かたぐるま~」

 サタがねだりました。

「肩車って?」

「肩に乗せてやれ、力持ちならできるだろ?」

 ヨウナに言われたとおり、ユキはひょいっと持ち上げて、肩に乗せました。サタが落ちないよう、手で支えつつ。

 より高いところからの景色に目を輝かせるサタに、ヨウナはここぞとばかりに聞きました。

「どうだ? 肩車してくれてるぞ。いいやつだろ?」

「いいやつ!」

 ヨウナは、単純なガキだなと笑って、またユキと一緒に歩き始めました。

「ユキ、オレはお前が悪いやつだとは思えん」

「どうして?」

「躊躇なく人を殺すやつ、もてあそぶやつらを見てきたからだ。それに比べれば、人助けばかりして、誰に危害を加えるでもないお前が教会に追われる意味が分からん」

「もしかしたら、私も危ない人間かもしれないよ?」

「幸か不幸か、オレは人を見る目があるんでな。お前は危なっかしい人間だが危ない人間じゃない。オレはお前と一緒にいられる時間は長くないが、お前には先があるんだ。次の街では、もっとうまくやれよ」

「……急にどうしたの?」

 ユキは変な感じがして、ヨウナの顔をのぞき込みます。まるで、ヨウナの言い方が遺言のようだったからです。

 ユキはヨウナが余命宣告をされていることをまだ知りませんから、違和感を覚えるだけでした。

「なんでもないさ」

 ヨウナはごまかし、先を歩きました。

 そのまま道なりにしばらく歩いた後、氷板に書かれていた住所近くまでやってきました。

 ちょうど、民家の前でおろおろしながら話している夫婦の姿が見えました。すると、ユキに肩車されていたサタが、

「かか!」

 と大きな声で叫んだので、二人は無事親の元まで連れてこられたと胸をなで下ろしました。

 ユキはサタを肩から下ろすと、サタは勢いよく母親の元へ走って行きました。お父さんの存在が無視されているようですが、子どもにはよくあることです。

 途中で一度振り返り、

「ありあとね~」

 サタはたどたどしい発音のありがとうを言いながらユキとヨウナに手を振り、親と再会しました。

 ユキは何か複雑な、それでいて幸福そうな顔で、帰るサタを眺めていました。

「どうしたんだ? あの子に愛着でもわいたか?」

「それもあるかもだけど……あんまり、ありがとうって言われないから、珍しくて」

「……そうか。よかったな」

「うん」

 ユキはうれしさを隠せずうなずきました。ユキの喜ぶ様子に、ヨウナは自分まで良い感情が移ったような錯覚がしました。

 サタの両親はお礼を言うため、サタを抱き上げつつ二人の元へ行きましたが、すでに二人はその場を離れていました。二人とも、あまり人に見られるわけには、いかなかったので。


 ところで、この両親の自宅は教会の近くにありました。迷子の件を教会に相談していたので、無事解決したことを神父に伝えるべく、両親は教会を訪れました。

 神父は一仕事終え、いえ、一仕事失敗し、教会に帰っていました。

 両親は神父に、コートを着た少女と、短髪の男の子がサタを連れてきてくれたが、名前も言わずに去ってしまったのでお礼がしたいと伝えました。

 話を聞き終えた神父は、何かに気づいた様子でしたが、両親の前ではひとまず、氷の神のお導きに感謝するように、と言って帰しました。

 そして、壁に立てかけてありました、溶けない氷でできた剣を持って外出しました。その二人には、心当たりがあったので。

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