第37話「絵描きとシンデレラ」
きいろは迷路の教室に立っていた。
そこで1時間、オブジェのように女子生徒と手を繋いで踊る演出をする必要がある。
教室という限られた空間で、本格的な脅かし役はほぼ男子が担当し、お化け役の女子は自分のお眼鏡にかなった男子と一緒に踊ることになっている。
女子に血のメイクをされたきいろは、終始仏頂面で「ああ」としか言わない機械になっていた。
それよりも気になるのは、この教室には、本物の幽霊がいるということだ。
「…」
自分の真後ろに、見知らぬ派手な見た目の女が、さっきから目をキラキラさせてコチラを見ている。
彼は特になにも考えていないような冷めた目をして、視線を合わさないようにしていた。
「ねえねえ!きいろくんって、彼女いるのー?」
一緒に踊るドレスの女子が無邪気に聞いてくる。
「ああ」
「いるの!?誰!?」
感情もないまま、無言で指をさしたのは段ボールで作った人形。
脅かし装置の一つだ。
「あはは!きいろくんってそういう冗談言うんだね!!おもしろーい!!」
ドレスの女子生徒は本気にはしていないようで、キャッキャと笑っていた。
その様子に茜は頬を膨らます。
彼女の傍にあった茜人形がいつの間にか、その段ボールの裂かれた腹に乗っかり、きいろの指の先にあうように移動した。
すると、女子がその異変に気づき人形に近づいた。
「あれ?あの人形…忘れ物かな?世界観にあわないからそこのロッカーに入れておきましょ」
ギャル人形は女子生徒の手にわたると、ロッカーに押し込まれる。
「……あれ?」
振り返った時、きいろはいなかった。
ガタン
「ひっ!?」
さっき閉めたロッカーから物音がする。
だんだんと顔のこわばる女子生徒。恐る恐る中を確認すると人形はいなかった。
「がー…!わー…!…違うな…」
一方、君野は一人ぼっちで、最後の曲がり角で脅かす練習をしていた。
昔の魔女が使いそうな竹ほうきを相棒に待機している。
曲がり角の目の前には縦長の姿見があって、セルフで客に驚いてもらう作戦だ。
そこにほうきを持った君野が床を掃いて、気づかれたらワッと驚かす。
ワー!!キャー!!
先で盛り上がる声が聞こえてくる。
どうやら最初のお客は反応が良さそうだ…。
「あ!来た来た‥」
君野は近づいてくる足音と声にあわせ、背中を向けほうきを掃く演技をする。
「ぎゃあああ!!なんか動いてる…って鏡じゃん!!」
「ちょっとー驚きすぎじゃない?たいしたことないじゃん!」
二組の若い男女がやってきた。さっそく姿見に驚いてくれたようだ。
鏡で位置を確認した君野は、早速スタンバイをし、背中を向けてほうきをその場で掃く。
そして、彼らのライトが体を上ってきた瞬間、君野はふりい向いた。
「食べちゃうぞ―!!!!」
「うわああああ!!!」
「ぎゃああああああ!!」
2人の悲鳴が出口に走っていく。
「やった!やった!楽しっ!」
君野はそう、ほうきをもってニヒヒといたずらに笑う。
すると、その数分後にまた、お客が入ってきた。
「えー!?なにこの絵!こわーい!」
「ほんとだー。目がないよ?」
姿見がある場所で、不思議な会話が繰り広げられていた。
「ん?絵?」
どういうこと?絵なんか飾ってないのに。
自分たちの姿を絵だと勘違いしているのかな?
そう思いながら再び、2組目の客を驚かせることに成功した。
きゃああああ!!!!!!
うわーーーーー!!!!
「よし!!」
出口の方に向かう悲鳴にガッツポーズをしたあと、彼はふと気になった鏡を見る。
なんてことのない普通の姿見だ。
客がまだ来ていないともあって、なんとなく近づく。
そして、鏡を覗いた時だった。
「え?」
鏡の中に、天使がいた。
目のない天使。
君野は鏡が映す壁を見るも、そこに何もなく、黒い布が貼られたパーテンションがあるだけ。
しかし、鏡に目を戻すとそこにはしっかり天使がいる。
勉強机ほどの大きさの鏡にピッタリと収まっているが、鏡にうつるには距離感がおかしい。
本当に、そこに飾っているよう。
「なんで…?」
キャスター付きで姿見をゴロゴロと動かす。
しかし、絵はそこに張り付いたように距離が変わらない。
こんな暗がりで、おばけごっこなんかしているから変なものでも見えている?
じっと眺めていると、一瞬目のない天使の口角が上がったようにみえた。
「…君野くん…」
女性の声がする。この声はあの美術室の時任さんの声にそっくりだ。
大好きな先輩だった。なのに、存在が消されてしまった。
危険な状況なはずなのに、僕は目のない天使の次の言葉を求める。
「先輩…そこにいたんですか?」
「私のこと好き?また、絵のモデルになってくれる?」
「絵のモデルをしたら、また、会えますか?」
「いいのよ。これからは、私がこうやって会いに来るから。ねえ“君野くん”」
「え?」
最後の“君野くん”が老人の声だった。
不気味なはずなのに、僕はその声にすら安心感と急激な申し訳なさに襲われた。
「…お爺ちゃん…」
…ごめんなさい…
胸が詰まる思いだ。
気づけばその鏡に手をおいていた。
キスしたい。そうすれば、少しは救われる気がした。
鏡の中の天使にふれる。
油絵が経年劣化した、ザラザラとした絵の質感が指にあたった。
白く、ひび割れた天使のくちびるにキスをしようとした時だった。
「ん!?」
鏡につけようとしていた唇が塞がれる。誰かが後ろから僕を引き寄せたみたいだ。
君野はそのまま鏡に体を叩きつけられる。
姿見がキャスターで動き、真後ろの壁ごと衝突した。
「痛っ…」
暗がりで見えないが、誰かに両手をバンザイさせられるように腕を掴まれているようだ。テコでも動かないその力強さに、恐怖と不安でパニックになった。
もしかして脅かし役に怒ったお客が報復でもしにきたとか…?
「ごめんなさい…!許して!!」
君野の悲鳴のような声に、真後ろから3組目の客が入ってくる。
4人の若い男子のグループだったが、楽しそうに会話しながら、目の前の僕達をライトで照らす。
それでその眼前に迫る顔が誰だかようやくわかった。
「きいろくん?」
そこにはタキシードを着た彼がいた。
すると真後ろの四人のお客が、僕達の奇妙な待機姿が不気味すぎて、ササッとかわしていなくなる。
タキシード姿の彼が学生服のときよりも似合っている;
それに夢中になって見つめていると、きいろはにやりと笑った。
「お前を壊しに来た」
「え?なんで?」
「ほしい。みすぼらしいお前が」
彼の手が君野の顔を撫でる。その手が唇をなぞった。
「…離して。僕、きいろ君をよく知らない…」
「美術室のあの女も、ルネ爺さんもお前が思う人じゃない」
その一言に思わずムッとする。僕達の関係を知らないのに。
「離してよ…!」
「じゃあ、離してやる」
きいろの力強い手が一瞬離れる。
しかし彼のその悪い顔は、鏡に振り返ろうとする顔を掴み突然キスをされた。
「!?」
思わず体が固まる
すると、複数の足音とともに、僕達にライトが当たる。
変に理性が勝って、逃げるにも逃げられず、キスをしたまま。
「わ!」
「こういう驚かせ方もあるんだ…」
言葉が過ぎ去っていった。しばらくして唇がゆっくり離れる。
「なんで、キスしたの…?」
「俺を差し置いて、他のやつとキスしようとするお前が許せない」
そのセリフに、僕の心臓がうるさい。
「まだしたいか」
「う、ううん…からかっているんじゃないかって思って…」
「…」
「だって、みんなドレスを着てるのに、僕こんな、格好だし…」
「ああ、お前は汚い。俺が見つけるまで、シンデレラになるのを許さなかった」
「え…?」
「お前は魔法で俺を何度も忘れる。だが、全部無駄。お前は俺のものだ」
今度は彼に強く抱きしめられる。一体何を考えているのか、ちっとも読めない。
だが彼の体温、首筋に漏れる生ぬるい息頭をさわさわと触れる指…
いじわるだけど温かい。
後ろの鏡の中の絵は、それを感じる頃にはもう見えなくなっていた。
心臓がドクドクとまだ落ち着かない。本当に、彼の魔法にかかってしまったみたい。
「…僕知ってたかも…きいろくんは優しい人だって…」
寂しい暗がりで、君野は真の王子様を見つけたように甘えた。
「…お!?」
堀田は受付の最中、お化け屋敷から聞こえたギャル茜の大きな悲鳴に静かに驚いた。
その非常事態に、君野になにかあったのでは?と胸騒ぎを覚えた。
「ん?なんだ??」
一緒に受付もする藤井が声をかけてくる。
「ああ、行ってくる!」
「どこへ?」
「トイレだ!」
トイレと言うのに、入ったのはお化け屋敷の中。
「あ、おい!!…井戸にでもするのかよ…」
「どこだ!!君野!!」
堀田はパーテンションに頭をぶつけながら、手探りで道をゆく。
「わ!!!」
「すまん!今それどころじゃないんだ!!」
おどかし役が堀田に驚いて、悲しげな顔をする。
まだキャーキャー騒いでいるギャル茜の声に引き寄せられ、君野を探していたが見つからず、そのまま出口についてしまった。
「あ!堀田くん!遅かったね~。二人共いなくなっちゃったよお」
すると彼女がフッとその場に姿を表す。
「白黒か!どこへ!?」
「ついていってないからあ、わかんない!」
「なんで追いかけないんですか?」
「だってえ、堀田くんのこっちに来るのを感じたからあ~。そんなことより超キスしてたよ!」
「なんだと!!?とにかく追いかけよう!!」
ギャル茜の説明をききながら堀田は2人の行方を走って追いかけることに。
その中で、鏡に君野が囚われ自分にも鏡に目のない天使が見えていた。
それを守るように白黒は彼を抱き寄せ、キスしたという。
「ねえねえ、私しばらくいなかったじゃない?あのからくり時計の秘密、わかちゃったの~」
彼女は必死に走る堀田に、体を浮かせながら明るく語った。
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