君を忘れた日、からくり時計は24回鳴り響いた。
愛犬元気
第1話「魅入られた男」
誰しも家の中に、いつの間にか飾られている絵がある。
玄関、リビング、廊下、トイレ。
そして、気づけば自分の部屋にまで。
きいろは、自分の部屋の壁を見上げる。
青い背景。
黄色い髪。
胸から上だけが切り取られた、天使のような男の子。
それは紛れもなく――
「……
絵の具で汚れた指先を伸ばす。
それは、誰かの理想で作られた天使。
撫でると、油絵の表面がかすかにざらついた。
触れれば、そこにいる。
振り返れば、いない。
あいつは、俺のものだった。
そう思った時には、もう決まっていた――はずだった。
「そうだろ。……爺さん」
同じ人物画の中に、不気味な絵が一枚だけある。
壁にかけることすら躊躇う、曰く付きの絵。
きいろは裏返しに、壁に立てかけていたそれを取り出す。
「……」
触れれば、まだ手が真っ黒になる。
それほど、あの人はしぶとい。
たった一枚の、爺さんの絵。
もう燃やし尽くしたはずだった。
今でも、あの時の匂いがする。
あの時、俺は君野を、自分の意思で連れ去った。
迷いはなかった。
ヤツは、泣かなかった。
叫びもしなかった。
煤けた灯りの下で、伏せられたまつげの影。
それだけで、目が離せなかった。
君野は俺を見ていた。
俺を見ているのに、見ていない。
いつも、目を合わせるのは俺の方だった。
この不気味な天使のように、あいつには、目がなかった。
「なあ、君野」
――お前を、閉じ込めたい。
そしてお前は、また同じことを言う。
――きいろ君、ありがとう。
言えよ。
「……言ってみろ」
あの声。
唇が重なった感触。
全部、同時にあった。
涙が落ちる直前の、
息を呑むほど静かな顔。
再会したあいつは、何もかも忘れていた。
俺のことだけを、きれいに。
だが、俺は犯罪者だった。
いや、それ以上に――
“記憶されなかった人間”だった。
「呪いのキス……」
きいろは、わずかに口元を歪める。
そして、曰く付きの天使の絵を、もう一度そっと撫でた。
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