一度限りの来訪
ジェアンの言う通り、リムササルムにいるほとんどの人たちは、生まれ持った魔法を自分で使いこなせている。魔法というのは普通、常時オフになっていて、人間が意図した時だけ発動するものだ。
しかし、ララのこれは違う。
「制御することはできません。そういうものなので……。これは、魔法であり、呪いでもあるんだそうです」
「呪い?」
「はい。私はそう教わりました」
「誰に?」
「弟にです……」
ララは初めての酒をおそるおそる少しだけ口にした後、ジェアンたちに説明した。
リムササルム王国の王家には、予言の魔法を発現する者が必ず一人現れる。そして、予言の魔法を持つ者が、次期国王の最有力候補となる。
形式上複数の子供が王位継承権を持っていても、実際は子が持つ魔法の種類で次の王が決まっているのだ。先代も、先々代も、予言の魔法を持つ王家の子供が王の座を継いだ。
予言の魔法はリムササルム王国建国当初から尊ばれており、王家にしか現れない。予言の魔法のおかげで国家が繁栄した。予言の魔法の持ち主であることそれこそが、ララの一族が国民から尊ばれ、リムササルム王国に歴史上一度もクーデターが起こらなかった理由とも言える。
「王家の予言は必ず当たるんです。そして、リムササルムの初代国王は、ずっと昔に予言していました。遙か先の未来で、王家に呪われた破滅の魔女が生まれると。破滅の魔女は全てを破壊する魔法を持って生まれて、いずれこの国の民を全滅させる――と」
だから王家は、長い歴史の中で毎度、子が生まれるたびに警戒していた。
そして、ついにララが生まれた。最初にララを抱えた侍女の体の一部は崩れ落ちた。思わずララを落としそうになった侍女に駆け寄った母の腕も、ララの魔法で消えたという。
そこからララが幽閉されるまですぐだった。まだ言葉を喋ることができない赤子の時から、ララは塔の中で育った。ララは、王妃を害した忌むべき赤子として周囲から軽蔑され、恐れられていたらしい。
「でも、お前が生まれて即殺さなかったってことは、お前の親にも多少は情があったんじゃねーの? お前のこと、国を滅ぼす存在だって思ってたのに、殺すんじゃなくて生かしたんだろ」
「いや。危機管理としてだろう」
ジェアンの言葉を、クロードは無情にも否定した。
「魔法を制御できない人間を殺すと何が起こるか分からない。最悪の場合魔法が暴走して、予言通り国が滅びた可能性もある」
ジェアンがクロードに嗜めるような視線を送った。それを本人がいる場で言うな、という意図だろう。ジェアンなりの気遣いだ。
「……いいですよ。私もそう思います」
ララは悲しげに微笑んだ。
ララがまだ五つの頃、一度だけ、母が塔に訪れたことがあった。
事前に母が来るという知らせを受けた時、ララの胸は高鳴った。
顔も覚えていない母親。でも、母が自分に会いに来てくれるのなら、きっと何かが変わる。母が、自分を外へ連れ出してくれるかもしれない。抱きしめてくれるかもしれない。
幼いララの想像は、幸せな未来だけを描いていた。
けれど、ララの前に現れた母の瞳は、ララが求めたどんな色とも違っていた。
その目に浮かんでいたのはララに会えた喜びではなく、あからさまな憎悪だった。
母の腕は、片方丸ごとなかった。
期待は音もなく崩れ落ちた。
母の冷たい声には、ララの幼い心を潰すほどの鋭さがあった。
「わたくしはあなたのせいで、あの人に愛されなくなったのよ」
母は長い杖を振り上げ、躊躇いもなくララの小さな身体へ何度も叩きつけた。
乾いた衝撃が骨に響き、悲鳴は声にならず喉の奥で掻き消された。
「あなたのせいで腕を欠損しているから、あの人は今、他の女に夢中なの。わたくしはもう、普通の人間の形をしていない。あなたのせいで、醜い化け物になってしまった。けれど他の美しい女性には両手が揃っている。勝てっこないわ。わたくしはあの人の寵愛を奪い返すことができない。ねえ、分かる? この罪深さが」
幼いララには、その言葉の意味も、向けられた怒りの深さも理解できなかった。
「あなたなんて、死んでしまえばいいのに。殺してしまえたらどんなに楽でしょう。どうしてわたくしの代だったのよ。どうして呪い子を産んだのがわたくしだったの? わたくしだけどうして、こんなに不幸になるの。厳しい妃教育に耐えて、家の期待に応えたのに。そのためだけに生きてきたのに。どうしてわたくしばっかり。努力したのに。頑張ったのに。ちゃんと報われるはずだったのに」
ただ、世界でたった一人の母が自分を憎んでいるという事実だけが、胸の中で冷たい影となって沈んだ。
「ごめんなさいっ、お母様、ごめんなさ――」
「謝るなら、わたくしの腕を返してよ!!」
ララは、壊すことはできても、与えることはできない。
泣き叫ぶ母の金切り声を聞きながら、己の魔法を、己を呪った。
後に聞けば、この頃、ララの腹違いの弟が、王に特別に可愛がられるようになっていたらしい。
一途だったはずの国王は若く美しい妾にうつつを抜かし、ララの母への愛情は乾いていた。
母はその恨みを、王に向けられないが故にララにぶつけたのだ。
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