第5話
先生は授業でもするみたいに指示棒を使う。
「意味は、超能力でもって宇宙人と戦う秘密の執行組織ってこと。そのままでしょう? これが私たちの役割ってわけね」
「……ん? 私たち?」
先生は胸に手を当てて「私たち」と言った。組織を「我々」と言うでもなく、自分のことを指して。僕はその意味深さを見逃さない。
「ええ、そうなの。高松くんだけが特別な力を持っているわけじゃない。実は、先生も超能力を持っています」
そんな、まさか。普通そうなのに。思わず「ええ」と僕が溢すと、先生は照れ臭いのか、誇らしいのか。真意は不明だが俯きがちに微笑んだ。
「ここ
そうなのか。と僕は聞き流す。先生も同類だったことには驚いたが、自分が不死である以上、あまり驚けはしない。むしろ、自分だけが特別なんて異常事態よりも、よほど自然だと納得できた。
「あんまり驚かないんだね」
先生は感心している。
「自分が生き証人ですから」
「そうだねえ。色々と聞いてるよ。高松くんのケースは大変だったんだよねえ。先生の時は自分の力がよく分からなかったから、結構戸惑ったんだけど……」
チョークを置いた先生は腕組みをして、ぶつぶつ独り言ちる。キリがなさそうだったので、僕は「先生の能力は?」とそれを遮った。
「それとも、聞かない方がいいですか?」
「ううん。全然。先生はね、記憶を改竄できるんだよ」
「へえ」
記憶の改竄ねえ。通りであっけらかんと秘密を板書するわけだ。見られたって関係ない。その記憶を消したらいい。……とんでもなく便利な能力じゃないか。
僕らは何もかも過去の記憶と照らし合わせて生きている。その根底を変えられたんじゃあ、どうしようもない。
悪いことし放題じゃないか――いや、そんなことを真っ先に考えたのは最近読んだラノベの影響だと思いたい。大丈夫だ。僕の不死はどちらにせよ、そういうふうには活かせない。
「でも、どうして超能力なんかが。どういうメカニズムなんですかね」
「よくあるでしょう? 脳はその全ての能力を使ってないだとか、人体にはまだまだ不思議が残されているとか。何でもいいけれど。要するに、外からやって来る敵に対して、地球の意思とも言うべき、戦う力に私たちは目覚めたんだよ。高松くんの場合は不死の力。私の場合、記憶を改竄する力が、ね」
先生は目を輝かせ、使命を語った。
なるほど。要するによく分かってないのか。
「目撃者の記憶を消すのが先生の仕事?」
僕が言うと、先生は気まずそうな顔をした。
「まあ、そうね。パニックになると良くないから。私の力は辻褄を合わせられるから、副作用もないんだって」
副作用……僕が知らないだけで、科学的に記憶を消す方法もひょっとして存在しているのか。
辻褄と言や、僕も色々心当たりもある。事故で僕の不死が発覚したこととか。手術台でそれがただの奇跡では済まなくなったこととか。僕の身体に起きた非科学的な変化の件は、もっと騒ぎになっても良かったはずだ。なのに、警察や医者、新聞社まで都合の良いように操って、事態は完全に隠蔽されている。本当に、陰謀論じゃなく――。
その結果が骨折の診断であり、転校でもある。
……ひょっとして、うちの両親の説得にも使ったのか?
いや、それなら僕を包帯巻きにする必要はなかったんじゃないのか……。
「もしかして、僕にも何かしました?」
もしかして、事故の記憶は真実ではないんじゃないか。
本当は宇宙人にアブダクションされて、改造されて、ロボットになったなんて。その部分の記憶が削除され、代わりに仮病を患った日々が埋め込まれて、あの事故に現実味が帯びている、とか。
僕は組織に不死にされた……?
ひとつの可能性について思案しながら、僕は先生を見た。
「高松くん……。社会に出ると知らなくてもいいことがあるの。そこに気付くなんて、どうやらまた改竄するしかないんだね」
先生は両手を顔の横へ持って来て、爪を立てるみたいに構えた。さながら特撮の着ぐるみ怪獣さながらの構えのまま、教壇を降りてのしのしとにじり寄って来る。わざとらしい……。
僕が固い表情を変えなかったからか、
「――って冗談だよ。高松くんには、何も」
先生は早々にネタバラシをした。愛嬌たっぷりに微笑んでいるけど、その冗談は笑えない。
でも。今のを含めて、短い付き合いではあるが、先生は既に器用に嘘がつけるタイプではない、と僕の直感が告げている。確信犯のくせ、ここで煙に巻くふうなことを言う胆力があるとは、とても思えない。とても知能犯は似合わない。腹の探り合いなんて、やったこともないだろう。
僕が沈黙を貫いていると、
「あの、本当だからね? 冗談だよ、ただの。そもそもあの日の私は急に呼び出されてね――」
先生はおろおろと弁明を始めた。無言の圧力で話してしまうんだから、きっとこの人は嘘をつくのも秘密結社も向いてない。
「もちろん、怪しいのは分かるよ。だって私の力は私にしか分からないから。でも、そういうところなの。今日はね、そういうのもちゃんと話そうと思ってたの」
「はあ」
深呼吸をして早口を落ち着かせ、ようやく教師らしい毅然とした態度を取り戻すと、先生は教卓に両手を突いた。
「これで不安になって欲しくはないんだけどね? まず、私たちって本当に人間なの? ぜったいに人間の味方なの? 人間には出来ないような超能力を持ってるのに、信じられる?」
「えっと、信じられ」
「――信じられないよね!?」
食い気味な先生の言葉には熱が宿っている。
「そう、つまりはね! 私たちには『宇宙人なのでは?』って疑いも着いて回るの。宇宙人も超能力を使うから、同じに見えちゃう。私たちはただ人間そっくりの宇宙人なのかもしれないし、宇宙人に操られているのかもしれないし、宇宙人に成り代わられた人間なのかもしれない。疑われるのは悲しいけど、それはそうなの。その疑問は尤も。信用して貰えない理屈も理解できるでしょう?」
「まあ……はい」
自分で自分を疑ったくらいだ。先生の話は十二分に理解できる。多分、先生じゃなければ。もう少し冷静な人物に諭されたなら、もっとすんなりと納得できる。
「僕以外の人から見れば、僕が宇宙人なのか人間なのかなんて、本当のところ確かめようがない、ということですよね?」
「そう! だから、私たちは自分で証明するしかないの。宇宙人と戦って、人間であると証明する他にないんだよ」
「戦う? 具体的に、僕は何をすればいいんですか? 新薬の臨床試験とかですかね?」
いや、けど。僕が治験をやったってデメリットは分からないのか。他に役に立てそうなのは――と僕は少し考えて、思い浮かんだ次のアイデアを胸の中にしまった。
流石にそれはないだろう、と。
「違うよ。高松くんは戦うんだよ!」
「え。いや、証明するしないは分かりますけど、戦うんですか? 僕が?」
「そうよ。高松くんだからこそ。きっと私なんかよりも期待されてるわ」
記憶を操作する能力よりも?
「僕は死なない、怪我しないだけなんですよ?」
「そうだよ。ってことは無敵の戦力になれる。ええ、きっとね!」
いや、確かにそうかもしれない。死なない。前線に立つ戦力として、これに勝る価値はないのかもしれない。秘密結社の戦闘員が簡単に死ぬようじゃいけない。不自然な事故死が増え、先生の仕事が積み重なるだろう。
でも、僕は死なないだけだ。それで何が出来る?
――そんなこと、分かりきってる。
「そんな。僕は帰宅部だったんですよ!?」
囮役に肉壁。常に最前線に立ち、危険を自ら引き受ける死に役。それはゲームで言うタンクってことじゃない。だって僕の身体能力は普通高校生の少し下くらいで、怪我をしたら痛みだってあるんだから。
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