空白の時間と、様変わりの友

 勢いに乗っていたらしい倉町フーズ。その社長に訪れた突然の訃報は、一週間経った今でも世間を賑わせていた。社内政治のもつれを疑う陰謀論だとか、乱獲による生態系の破壊を憂えた過激派の暴挙だとか。


 アタシはそんなのに興味はない。けど、くだらない連中の矛先が親友に向けられるのは嫌だった。余計な攻撃を受けてないかが、とにかく……心配だった。


『おかけになった電話は、電波の届かない――』


「……出ない、かぁ」


 あれから何度か電話してみてるけど、圭ちゃんが出ることはなかった。きっと会社のこととか、葬儀とか、色んなことをやらなくちゃいけなくて、他のことに構ってられないんだろう。


 もう二週間近く顔を見ていない。塞ぎ込んでなければいいんだけど――そんなふうに悶々としているアタシに、見知った顔のクラスメイトが近づいてきた。


「ねぇねぇ、ゆうちゃん。顔、変だよ」


「んあ? りょうちゃんひどくない? 心配が顔に出ただけなんですけど」


「倉町さん、やっぱり電話はダメ?」


「ぜーんぜんダメ。しょうがないけどさぁ……」


「……あ、そうだ。これ見てよ。多分、倉町さんのことだよ、これ」


「え? なにそれ、何の記事……こ、これって……!?」


 同じバレー部の海原かいはら涼ちゃんが、スマホを差し出してきた。そこには倉町フーズの今後についての記事が載っていた。


「えっと……『倉町フーズ、新社長は一人娘に決定か。今晩、緊急記者会見を開催』。これ、圭ちゃんのことじゃん……! 絶対……!」


「うん、だと思う。ちょっとは安心した?」


 ……ひとまず、塞ぎ込んでるわけじゃないことはわかって安心した。身内の不幸って、ほんとに立ち直れない人もいるくらいだし。少なくとも何かできる状態なのが分かって胸をなでおろす。とはいえ、心配の種は増えてしまった。


「……圭ちゃん、社長なんかできるのかな」


「あー、突然のことだもんね。でも、倉町さんって物事をハッキリ言うタイプでしょ。そういう人って向いてるイメージあるなぁ」


「そうだけど……ますますいくら漬けになりそうじゃん」


「えぇ……? 心配ってそっち……?」


「いや、そりゃあ圭ちゃんのことも心配だけどさ。社長になったってことは、多分元気なんじゃん」


「……もしかして、不貞腐れてる? 連絡ないから」


「別に、別にそんなことないし。寂しいとかないし」


 図星をつかれて目をそらしてしまった。でも、スタンプ一つぐらいは送ってくれてもいいんじゃないかとは思ってしまう。……それどころじゃないよね。きっと圭ちゃんも心細いだろうし、今度会ったらちゃんと話を聞いてあげようかな。


「ふふ、でも、わたしも久しぶりに倉町さんの声を聞くかも。ちょっと楽しみ」


「……記者会見、だよね。録画して永久保存したろ」


「親じゃんそれ。子供の初めての演劇にはしゃぐ親じゃん」


「うっさい、そんなんじゃないし。あーでも、どうせ動画上がるか」


「でも、生放送ってことでしょ。放送事故なんか起っちゃったら消されちゃうんじゃない?」


「……確かに。やっぱ永久保存、決定!」


「よかったね。あ、『倉戸屋』もいいけど、たまにはウチにも来てよね」


「涼ちゃんのとこ、お寿司屋さんでしょ? しかも回らないやつ。入りにくいよぉ」


「お嬢様と一緒に来ればいいじゃん。どうせおごってもらってるんでしょ?」


「そ、そんなことないし。というか、圭ちゃん社長になっちゃったじゃん。お嬢様からレベルアップじゃん。他の所なんて行かなくなりそうだけど」


「あー、それもそうかぁ……ウチは競合だもんなぁ……くうぅ、お嬢様が来店するお寿司屋って文句が使えなくなるぅ……」


「そんなことしてたの……? まぁ、たまには行ってあげるよ。多分」


「……期待しないで待ってる。じゃ、先行くね。部活来るでしょ?」


「うぅん。あんま気分じゃないんだよね」


「部長の前で同じこと言ってみたら?」


「……無理、泣きつかれそうだし。はぁ、しょうがない」


 注文してもない軽口をひとつ置いていきながら、涼ちゃんは去っていった。重い腰を上げて、その背中を追いかける。


 練習試合中に上の空になっていたアタシが、部長のスマッシュボールを顔面で受けてしまったのは、また別の話。


 * * *


「ただいまー」


 鼻にガーゼを貼り付けたまま帰宅した。まったく、部長にも困ったよ。アタシが死んじゃうんじゃないかって顔で謝ってくるんだもん。逆にこっちが罪悪感生まれちゃうじゃん。


「はーい、おかえり! ちょっと、その顔どうしたの!?」


「ボールがぶつかっただけだよ。よくある話じゃん」


「もう……気をつけなさいよ? あとが残ったら大変よ?」


「うっさいなぁ、大丈夫だって。それより、お腹すいたよ」


「あら、今日は食べてこなかったの?」


「……今日、まっすぐ帰るって送ったじゃん」


「そんなのいつ……ついさっきじゃない! 気づかないわよ!」


「あぁ、はいはい。とりあえずテレビみるから」


「どうしたの、珍しいわね。いつもは部屋にこもってるのに」


「ちょっと……見たいヤツがあるの。知らない? 倉町フーズの記者会見」


「そりゃ知ってるわよ。ワイドショーはそればっかりだもの。でも、倉町ちゃんは元気かしら。お父さんが亡くなっちゃってかわいそうに」


「まぁね……あ、そろそろ始まるよ」


 テレビの画面が、記者会見の会場を映し出した。よくある、白いクロスが敷かれたテーブルに、数本のマイク。手前側に見えるのは沢山の記者たち。まだ、話すであろう主役の姿は見えない。


 ほんのりざわつきが聞こえる会場。しばらくすると、カメラのフラッシュが何度もかれていく。ついにやってきた新社長が、堂々とした歩き姿で中央の席に着席した。左右にも、重役っぽい人が座っていく。


 久しぶりに見た圭ちゃんの顔。だけど、明らかに普段と違うところがある。上半分を持ち上げたハーフアップに編み込みの黒い髪型自体は変わってない。だけど、その内側や網目から覗き込む、オレンジ色のインナーカラー。


「……イメチェンかな? はは、まさか、いくらがコンセプトじゃない……よね」


『皆様、お待たせいたしましたわ。この度、倉町フーズを背負うことに相成りました、倉町圭と申します。以後、お見知りおきを』


 毅然とした挨拶。その顔には、今まで見たことがないような不敵な笑みが浮かんでいた。

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