ある夢の終焉 ③

 肉を蝕むグロテスクな音がパーティ会場に響く。


「はぁ……こんな美味いもん、食ったことがねぇ……」


 フォビアスは肉を咀嚼しながら歓喜の声を漏らした。

 この場に残った数人の黒スーツがその様子を唖然として見ている。

 フォビアスは蜘蛛の体で自分の脚を貪り、異常な興奮状態に陥っている。


「メビウスマッシュルーム。強い幻覚作用をもたらす代わりに痛覚を麻痺させる作用がある。かつては医療用として用いられていたが、副作用によって社会復帰を絶たれるケースが頻発したため、近代にはすでに規制されていた毒キノコだ」


 肉片となっていたMMは何事もなかったように立ち上がり、メグを拘束する見えない糸を刃にした指で切り裂く。


「……お前、フォビアス様に何をした?」


 フォビアスの暴走にも臆せずその場に残った数名の黒スーツたちが、思い出したように小銃を二人へと向ける。


「だから今言っだろ。俺は自分の体を毒キノコに『変幻』して食わせたんだよ」


 人の形を保ったまま体を毒キノコにする。

 黒スーツの男は意味の分からなさに言葉を失った。


「『ゴーストタウン』の精神状態は現実にも引き継がれる。このまま俺はキノコを食わせ続けて、やつの精神を完全に壊す。それがクラムたちへのせめてもの弔いだ」


 MMは自らの体を喰らう男を冷徹に見下ろした。


「イカれてるでしょ。だからうちのリーダーはMMなんだよ」


 メグの方も落ち着き払っている。


「……はっ。お前らフォビアス様を殺せ。そうすれば現実に戻ってこの症状も――」


「そうはさせない」


 メグは懐から黒革の身分証を取り出した。


「先程、連絡がありました。『モルフォナ』宿舎にいる私設兵の本体の身柄は我々、コカネール軍が包囲しました。今すぐ投降しなさい」


「そ、そんな馬鹿な……。しかし、お前らの本体も……」


「アジトにあるのはデコイです。わたしたちを襲う予定だった部隊もすでに我々の手中にあります。試しに戻ってみますか?」


 メグに言われるまでもなく、黒スーツの軍団は『ゴーストタウン』から姿を消した。

 今ごろ拘束された体に戻り、自分の置かれた状況を知ったところだろう。


「……本当に助かった、メグ。いや、サマーズ捜査官だっけか?」


 MMはフォビアスが貪る脚にキノコを接ぎ木しながら、ニヤリと笑った。

 前日、メグから素性を明かされたときMMは本音を言うとホッとしていた。

 メグは本名をメイ・サマーズという。

 コカネール国際犯罪捜査局の一員で、年齢は二十五歳。

 童顔を活かして『廃棄品同盟レフトオーバーズ』に所属しながら、『モルフォナ』の情報を集めていた。


「いいえ、礼を言うのはこちらの方です。『廃棄品同盟』からの情報がなければ、私たちが計画の全貌を掴む前に、『モルフォナ』は国の中枢まで侵入していたでしょう」


 国際犯罪捜査局は非常事態において軍隊をも動かす権限を持っている。

 だが、現実にまで干渉する『顕幻』の力を持つ『モルフォナ』は、捜査官さえ秘密裏に始末する能力を持っており、手をこまねいているうちに有力者に取り入ってしまっていたらしい。


「今日来てくれた捜査官にもお礼を言っといてくれ。彼女の力がなければ、見張られたアジトから移動するのは難しかった」


「ふふ、伝えときますね。彼女の煙に巻く能力は相当だったでしょう?」


 メグは強面の相棒のことを思い出してふっと微笑んだ。



            ▼     ▲     ▼



 同時刻、ユウマは倒れる巨大な仮面の獅子たちの姿を見ていた。 

 四体の怪獣はオネイロスの刺客をうち破り、街に残る人々に恐怖と興奮を与えた。


「たおしたぞー!」


「ぼくたちだって負けないんだ!」


 傷だらけで塗装も剥がれた怪獣たち――その勝ち誇る姿を見て、『廃棄品同盟』の子供たちが大きな叫びを上げた。


「本当に大した子供たちだ」


 ユウマはそう呟きながら、自ら旅立つことを選んだもう一人の子供のことを思った。

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