怪獣博士のロケーション・ハンティング ③
俺たちは『モルフォナ』の敷地から離れて、住宅街の方へと向かい始めた。
アジトに向かう途中、俺は例の畑で野菜を収穫した。
ユウマは映像の確認のために先に戻り、フェキシーはクラムの様子を見に行くために途中で別れた。
俺は収穫した野菜の一部をバイクの収納部分に入れるため洗いにいく。
フェンスで囲まれた立ち入り禁止の給水タンク近くの水道で、バケツに入れた野菜から泥を取り除いていった。
「さて帰ろうか……」
バケツを抱えて立ち上がると、ふと焦げ臭い匂いが鼻をついた。
俺は周囲を見渡して言葉を失った。
白い霧……ではなく、煙が公園の景色が見えないほどに周囲を取り囲んでいる。
「一人になってくれて助かった」
どこか気だるげな声が響く。
その瞬間、白い煙が晴れたかと思うと一人の背の高い人物が現れた。
指の間に挟んだ煙草、金髪のショートヘア、目の下に微かな傷跡が見える。黒いジャケットにグレーのシャツを着ていて、体の上からでも鍛えられた筋肉が分かる。
ビーチで感じた視線の正体を理解するとともに、自分の置かれた状況の悪さを知る。
『モルフォナ』の刺客か、それとも――……。
「一体、何のようですか?」
「それはこちらが尋ねることだ」
低い声が俺の問い掛けを遮り、一縷の望みはあっさりと断たれた。
いつの間にか、目の前の人物は腰から得物を抜いていた。
――パチン。
手首のスナップと共に伸縮式の警棒が伸び、俺に向けて振り降ろされた。
俺は反射的に腕で頭を守った。鈍い痛みに思わず顔をしかめる。
相手はすかさず膝を入れたが、咄嗟に体をずらしたのでかろうじて鳩尾を外れた。
俺は痛みに耐えて、反撃のために拳を突き出した。
しかし、その直前煙草から出ていた煙が急に広がり視界が真っ白に染まった。
拳は空を切る。
白い煙の中で俺は周囲を見渡すことしかできず、突然真横から飛んできた蹴りによって成す術なく近くの壁に叩きつけられる。
痛みによって頭の奥から闘争本能が掻き立てられる。
俺は自分の中に眠る怒りを呼び起こして心の中で叫んだ。
――『顕幻』!
心臓がドクンと跳ねて、鼻の血管が切れて血が流れ落ちる。
一瞬遅れて空中に赤い炎が出現し弾けた。
「うっ……」
その熱に炎を生んだ俺でさえ手で顔を覆った。
煙が晴れて元の公園の姿、それから焦げ付いたジャケットを脱いだ例の人物の姿が見えた。
毛先とジャケットの袖が焦げ付いており、表情には微かに焦りが見える。
「おい、質問があるんじゃなかったのか?」
俺は鼻血を拭いながら、次の炎を『顕幻』するためにまた闘争心を掻き立てた。
初めて現実世界で『顕幻』を使って実感したことだが、幻想世界で行う『顕幻』とは比べ物にならないほど体力と精神力を消耗する。
もう何発も打てないが、それはおそらく相手も同じだ。
先程手に挟んでいた煙草は燃え尽きている。
「素直に話を聞いてくれるようには見えなかったもんでな」
その強面の人物はジャケットを捨てると、祈りを込めるように片手を握りしめた。
手のひらを開くとそこに一本の煙草が現れた。
よくある手品のようだが、おそらくこれがこの人物の『顕幻』の能力だ。
「一日三本までと決めている。これが最後の一本だ」
ライターを使ったわけでもないのに、煙草の先が赤く光り、白い煙が再び強面の人物を包み込んだ。
間髪入れずに俺の周囲も白い煙が包み込む。
感覚を研ぎ澄ます。
薄く引き伸ばされた煙の空気の流れ、風を切る音が背後から聞こえる。
俺は即座に振り返り、同時に腹に食い込んだ足をがっちりと両腕で掴み、前進しながら掴んだ足を上に持ち上げた。
敵はバランスを崩して、地面に仰向けに倒れる。
俺は即座に相手の上体に馬乗りになり、両腕を強引に抑えつけた。
白い煙が晴れ、強面の指の間から煙草が零れ落ちる。
「ゴホッ……」
強面の人物が強く咳き込んだ。
間近で見ると目にはクマが刻まれており、乾いた唇は切れて血が滲んでいた。
何故だろう、この人物の必死さの奥には、悪意を欠片も感じなかった。
俺は腕の力を緩めた。
相手は即座に俺の体を跳ね除け、起き上がると、逆にフェンスへと俺を押し付ける。
「どういうつもりだ……」
俺は沈黙する。
それを見て、ようやく相手のこちらを見る目から敵意が消えた。
「そうか、私たちの勘違いだったか……」
強面の人物は俺から腕をどけると、距離を取って地面に座った。
「あなたは何ですか?」
俺はフェンスに寄りかかるようにして腰を下ろした。
「ニコル・レミントン。コカネール共和国の国際犯罪捜査官だ」
強面の人物――ニコルから告げられたのは思わぬ肩書だった。
胸から取り出したバッジは本物のように見える。俺はコカネールの警察組織や軍がどういう仕組みなのかよくわかってないが、米国で言うところの連邦捜査官のようなものだろうか……。
「そんな人が、なんで俺たちをつけてたんですか?」
「見張りをしていた相棒の報告を受けて、『
俺は標的がそもそも俺一人であったことを知る。
「お前は何故ここにいる。どうして突然、海外からきて『廃棄品同盟』に加わった?」
「それは……」
俺からすれば相手から接触してきたので事実関係は真逆だが、確かに客観的に見れば俺の方が押し掛けたようにも見えてもおかしくない。
「俺は……ニューヨーク在住のカイカ・ウィルズ。意識不明になった妹の手掛かりを探しに来ただけです」
「……それは事実か? 親族にしては似てないと思ったんだ」
俺はその発言に突っ込むよりも先に、相手がセレンの事を知っているような発言をして驚いた。
「セレンのこと、捜査してるんですか?」
ニコル捜査官は黙っていた。
どうやら、簡単に捜査情報は教えてくれないらしい。
だが、今のやり取りで分かったこともある。
コカネールの捜査官がセレンの情報を知っているということは、合衆国の政府も無策と言うことはないらしい。
「誤解と襲撃を詫びよう。私から話せる情報は少ない。ただ、教えられるとすれば、今『モルフォナ』に反抗する組織は危険な状態に立たされているということだ」
「えっ……詳しく話してくださいよ」
俺は『廃棄品同盟』のメンバーの顔が脳裏に過り、急に焦りが出てきた。
「焦るな。一応、お前らのボスにも警戒するようには告げている」
「MMと知り合いなんですか?」
ニコル捜査官はこれにも答えない。
スラム流の罵倒が口を出そうになったが、グッとこらえて相手の言葉を待った。
「数日前、捜査官の一人が惨殺された」
ニコル捜査官は死んだような目で地面を見つめた。
「体の一部を抉られて、イルジアム内の公園に吊るされていた」
俺は何も言えない。
「彼は『モルフォナ』に潜入していた。最後のメッセージは〝セレモニーに向けて、『清掃人』が鼠の駆除を始めた〟というものだった」
「鼠……」
素直に考えれば潜入捜査官のことだろうが、残飯を漁っている『廃棄品同盟』を暗喩していてもおかしくない。
「それで『廃棄品同盟』を守ろうとしてくれたんですね」
「……空回りだったがな」
俺は話を聞くうちにこの人を信じたいと思った。
「清掃人、殺し屋なんですね」
「そうだ。気休めを言っても仕方ない」
「……俺も不安になってきました」
俺は一刻も早く『廃棄品同盟』のアジトに帰りたくなっていた。
「私も帰って仲間に報告する。襲い掛かって本当にすまなかった」
「……いいえ。俺は……国や警察から見捨てられたと思っていたので、そうでないということを知れただけで嬉しかったです」
俺は頭を下げると、ニコル捜査官の元を離れた。
日はすでに沈んでいて、街灯の明りがぼんやりと輝き始めていた。
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