第2話 初めての仕事

翌朝、咲は宮園に呼ばれ、自分の部屋へと案内された。

西棟の二階にあるその部屋は、簡素ながら清潔に整えられており、木製のベッドと小さな机、タンスがあるだけだった。

窓からは庭が見渡せ、午後には西日が差し込むだろうと宮園は説明した。


「ここがあなたの部屋です。今後、仕事が終わったら必ずここに戻りなさい」


咲は頷いた。


宮園は館の中を案内しながら、注意事項を伝えていく。


「採用の時にもいくつか注意を伝えましたが、実際に働く上ではさらに守っていただきたいことがあります」

「まず、あなたの部屋からは許可なく出てはいけません。特に夜は絶対です」

「館の中で起きたことは、外に漏らしてはいけません」

「それから……棚の隙間や壁の隙間に、絶対に手や足を入れてはいけません。ましてや頭を近づけるなどもってのほかです」


咲は思わず立ち止まり、宮園の眼差しを見た。

「もし、隙間に何かを落としてしまった場合は、必ず私を呼びなさい。決して自分で取ろうとしてはいけません」

咲は背筋を正し、「……はい」と答えるしかなかった。


宮園は階段の前で立ち止まり、低く続ける。

「地下室です。どのような理由があっても決して足を踏み入れてはなりません。わかりましたね?」

「……はい」

咲の胸は少しざわついたが、言われた通りに従うしかなかった。


その後、咲は宮園の指示で仕事を始めた。

最初は簡単な雑務からだ。

廊下の掃き掃除、窓の埃落とし、大広間の花瓶の水替え。

広い館の中では一つひとつの作業にも時間がかかるが、宮園は丁寧に指導してくれる。


大広間の花瓶を磨きながら、咲はふと館の静けさに目を向ける。

家具や絨毯は美しく整っているのに、人の気配はほとんどない。

どこか、館の空気自体が咲の動きをじっと見ているように感じられた。


夕方、仕事をひと通り終えた咲は、自分の部屋に戻り、宮園からの注意を反芻する。

「部屋から出ないこと、館でのことは口外しないこと、隙間には手も頭も入れないこと、地下室には絶対入らないこと。」

今日学んだ決まりごとを心の中で繰り返しながら、咲は新しい日々に向けて身を引き締めた。


こうして、彼女の本格的な仕事の日々が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る