同じ学年の上鳥羽さんがチートすぎて困る
もずめ
第1話 記憶消し忘れ
兵庫県南東部のとある住宅街。昼間は虫の音と水の音、時々電車の音が聞こえてくる静かな場所だ。
何の特徴もない一般的な中学3年生である俺は、いつものように中学校に行き授業を受け、部活動に行って家に帰る、……はずだった。
「竹田先輩、伏見先輩の家の住所と絶対違いますよ。」
「そうですよ先輩、この学校に神戸市民なんて来るわけないじゃないですか。」
部活動の後輩2人と雑談しているうちに恋愛トークになっていたのだが、好きな人の住所を早口で適当に喋るという雑なボケをしたところ、到底今の俺には理解できない指摘をされたのだ。
「ここに神戸市民が来るわけない……だと?」
俺は後輩に聞き返す。
ここの学校は神戸市立だったはず。学校が神戸市立なら校区も基本的には神戸市内であるはずで、そこに住んでいるということは生徒は基本的に神戸市民であるはずだ。
話していた後輩はみんな呆れた表情で、わかりやすく困惑している。それほど俺はおかしな言動をしているらしい。
遠くの国道を走るトラックの音が聞こえてくる中、教室の外から誰かの足音が近づいてきた。
「あ、上鳥羽先輩、竹田先輩が変なこと言い出してるんです。」
「くいな先輩なんとかしてください!」
歩いてきたのは同学年の女子。彼女は小学生の頃にこちらに引っ越してきたようで、面識ができたのは中学に入ってから吹奏楽部で同じ楽器になってからのことだった。
明るい性格でいつもあだ名で軽々しく呼んでくる彼女だが、このときばかりは苦い表情で頭を抱えていた。
「ふせっち、ちょっとこっち来て。」
俺が何かの地雷を踏んでしまったかのように真剣な眼差しで呼ばれた俺は、言われるがまま周りに誰もいない教室までついていった。
「それで、ふせっちは今ここが神戸市だと思っているのね。」
「そうでしょ。学校も『神戸』って名乗ってるんだし、校歌にだって出てきてるじゃないか。今日の昼流れてた校歌だってそう歌って───。」
おかしい。あの時流れていた校歌は確かに神戸ではなく「三田」と言っていた。三田市というのは神戸市の北隣にある市、ということはもしかしてここは神戸市ではなく三田市だったのか?
「フフッ、気づいたようね。ここは三田市よ。」
俺にはとても理解できることではなかったが、もっと理解できなかったのはここからだ。
「ふせっちさ、この前『正直ここって神戸じゃなくて三田よな。』って言ってたから、私が三田市に変えておいたのよ。」
口を一切動かさずに笑顔で直接声を届けてくる彼女を目の当たりにして俺は手足が震えていた。目の前にいる得体の知れない存在から逃げようとしていたのか、無意識のうちに後ろに移動し距離を取ろうとしていた。
「私から逃げようとしてる?」
目の前の彼女が消えたと思った瞬間、肩が重くなり耳元でそう囁く声が聞こえた。本能が逃げようとしているが、彼女に力強くホールドされている以上はどう足掻いても逃げられない。
「ごめんね、ふせっちの記憶だけ消し忘れてた。でも安心して、ちゃんと『1980年代に住民投票で賛成多数になった』ということになってるから。」
正直言ってどこが安心できる材料になっているのかはわからないが、彼女の優しい囁きによって落ち着いてきたのか俺の手足の震えは収まっていた。
その後も長々と彼女の能力を説明されたが、わかったことは「彼女にできないことは無い」ということだけだった。
学校から帰る時も彼女と一緒に帰らされることになった。他の生徒や乗客が全員降りて終点のバス停へ向かう7分間、連節バスの1番後ろで1つ彼女に質問された。
「ふせっちの記憶なんて弄りたくないんだけどさ、今回の記憶を全て消すか、私の秘密も含めて全て覚えておくか、どっちがいい?」
俺にとっては究極の選択だった。これからも何をされるかわからない状況で怖がりながら生活しなければならないのか、それとも他人の弱みを握れて優々と生活できるのか。
少し考えた末、弱みを握ることを決めて記憶を残すことを選択した。
「弱みを握りたいなんて……。でも本当にこのことは誰も言わないでね。たとえふせっちがずっと大好きな伏見さんにも言わないでよ。」
まだ俺は何も言っていないのに、弱みを握ることも記憶を残すことも好きな人のことも全部言われたが、これにもこれから慣れる必要がありそうだ。
今までとは全く違う1日が始まる予感がした。弱みを握っても抹消されるので意味がないことにも気づかずに。
同じ学年の上鳥羽さんがチートすぎて困る もずめ @mozumeP
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