第17話 進藤君の確変ルート
僕──進藤新は、頭を悩ませていた。
最近、何もかもうまくいかない気がしてならない。
遅刻を頻発するようになった。
朝ご飯も食べてないから、授業中も集中できずに先生に怒られる始末。
部活でもいいプレーをして誉められていたのに、最近はめっきりとそれもなくなった。
全部、美月が僕のお世話をやめてからだ。
あの日以来、声をかけても無視されることはない。接する分には普通に見えるのだ。
だけど今岡の言った言葉が頭から離れない。
自分の幼馴染が最近、自分を見ていない気がしてならない。
僕のため、とは言ったくせになんでアイツとばかりいるんだ。
そのことを考えるだけでイライラが止まらなかった。
「クソッ……」
とある日の放課後。
保健委員の会議室。僕は資料を巡りながらため息ばかりが漏れていた。
今日の議題はゴールデンウィークが明けて、中間テストが終わってからある遠足に向けた議題だ。
4月ももうすぐ終わりなので、長期休暇を挟めばあっという間にやってくる。
保健委員として、遠足でのケガや急病時の注意事項を今のうちに共有しておこうというものだった。
ゴールデンウィーク中も大事な練習試合があるっていうのに、部活の時間を割いてまでこんなくだらないものに出席しないといけないなんて……。
ただでさえ、汐見のことでイライラしてるのに。
そんな中、隣にいる彼女──折原雪那が机に頬杖ついてこっちを覗き込んできた。派手なネイルをした指先でペンをクルクル回しながら、にやっと笑う。
「しんどー君さ。なんか元気ないじゃん。どうしたの?」
「……まぁ、ちょっとね」
彼女は、クラスの誰とでも仲良くなれるくらい気さくな子だ。
ギャルである彼女は制服もゆるく着こなしており、容姿も美月に負けず劣らずの美人である。
ただ、そんなギャルである彼女に僕は初め少し苦手意識を覚えていた。
しかし、二年になって、同じクラスになり、とある理由で彼女ともよく話す間柄になったのだ。
「美月ちゃんのことでしょ?」
「──っ」
僕は思わず顔を逸らした。
それにすぐに彼女は食いつく。
「ほらね~。やっぱそーだよね。だってさぁ、しんどー君っていつも美月ちゃんに頼ってるじゃん?」
軽くからかうみたいな口調。少しだけムッとしたが、声の明るさとは裏腹に目は真剣な様子だ。
「べ、別に──」
言いかけると、彼女は机に体を乗り出してきた。
「ねぇ、でも安心して? ほら、しんどー君にはあたしがいるじゃん? マジで。誰に何言われても、アタシはしんどー君推しだし?」
「お、推し……?」
……思わず吹き出しそうになったけど、口元に笑いを押し殺す。
彼女はさらに言葉を重ねる。
「だってさぁ、しんどー君ってあたしの恩人でしょ? なんかさ、不器用なとことか、頼りないところあるけど、やっぱり恩人には尽くしたいし」
早口でまくし立てるけど、冗談で済まされない重みがある。
なんだか自分を見透かされているように感じてしまうが、その後の褒め言葉がそれを打ち消す。
そう。とある理由というのがこの恩人というもの。
二年になってから、彼女がある人を探していると聞いた。
なんでも妹を助けた相手を探していたらしい。いつくらいにあったことなのか、どんな特徴の子なのか、聞いて当時のことを思い出し、心当たりがあった僕は自分ではないかと名乗り出た。
それから彼女は、僕ともよく話すようになったのだった。
そんなことはさておき、今まであまり気にしてこなかったが、ここ最近は彼女はやたら僕と一緒にいる機会が増えたように思う。
誰とでも仲良くなる彼女だが、僕の元へやってくる頻度は他の子に比べて多い気がした。
帰りだってなぜか、僕の部活が終わったタイミングで会うことが多く、一緒に帰っているくらいだ。
美月の様子が変わる前からちょくちょくあったが、美月の修行宣言があってからはそれがより顕著になったように感じた。
そこで僕は思った。
──もしかしなくても間違いない。彼女は僕に気がある、と。
正直言って、僕のタイプは清楚で綺麗な子だ。
美月もそれに当てはまりはするが、なんといっても一番の理想は、怜が近いだろう。
あの美しい銀髪に洗練された容姿。彼女こそが僕にふさわしいと言っても過言じゃないだろう。
それに比べ、ギャルはあまり得意ではなかった。
昔、よくからかってきた女子がそういう類の騒がしいタイプだったからだ。
しかし、よくよく考えてみれば過去に見下されていた存在からこうやって好意を向けられるのも悪くない。
何より、彼女は美人だし……エロい。
控えめとは言えない主張をする胸は暴力そのものだ。その点は、美月や怜は比較にもならないだろう。
タチの悪いことにブラウスのボタンを二つも外しているせいで、谷間が見えていつも目のやり場に困る。バレないようにガン見するのがどれだけ大変なことか。
スカートだって短く、その容姿と明るさから男子の注目の的の一人であることは間違いない。
貞操観念にも緩そうな彼女は、その気になればすぐにでもヤれそうな期待感がある。
そんな彼女と仲良くしておくのは僕にとっても損はない。そう思って一緒にいたのだが。
「それで美月ちゃんとどうしたの? 最近、一緒にいること減ったみたいだけど」
そうだ。今は、美月のことを話しているんだった。
「ああ、最近、冷たくてさ。なんか相談があるとかで他の男子といることも増えたんだ。そいつのこと小学生の頃から知ってるんだけど、 あんまりいいやつじゃないから。誑かされてるんじゃないかって、幼馴染として心配でさ」
ここで弱みを見せておくのも一つだ。相手の気を引くために駆け引きも必要。
少し暗めで陰のある自分を演出する。
そしてついでにアイツの評判も貶めておくことも忘れない。
そうすれば僕のことを好きな彼女の影響力ならきっとすぐに悪評を広めてくれるだろう。
いいぞ。僕に風が吹いてきた。
「ええ、何それー! めっちゃ心配じゃん」
「そうなんだよ。何とかそいつから引き離すいい方法はないかと思ってね」
「ふーん。しんど一君ってやっぱ優しいんだ」
「まぁね。別に大したことじゃないよ。幼馴染なんだから当然だよ」
ふふ。これでユキナからの評価もさらに上がったことだろう。
「まーあたし的には、美月ちゃんいなくても別にいいんだけどね」
「……え?」
先ほどまで肯定的だったはずなのに雰囲気が一変する。
そのことに思わず聞き返す。
「冗談だって! その方が独り占めできるって思ったの!」
「あ、ああ。そういうことか」
そういうことか。なんだ、もう! 僕のことめちゃくちゃ好きじゃないか。
僕って罪な男だ。
嫉妬するユキナもかわいいな。
……ダメだ。意識したらどんどん可愛く見えてきた。落ち着け!
ただ、あくまで僕の本命は怜だ。今はまだ距離感をうまく保たないと。いや、待て。ハーレムを目指すなら誰から行ってもよくないか?
「でもさ。あたしもどうすれば、いいかはわかんないけど、しんど一君って魅力的だから、そのうち美月ちゃんも帰ってくると思うよ」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!」
何の根拠もない言葉だが、彼女の明るい雰囲気は本当にそうなることを予感させる。
そうだ。僕はモテる。 それは純然たる事実じゃないか。
何をクヨクヨしていたんだ。美月もきっと今だけだ。
そのうち僕の元へと戻ってくるだろう。
美月に続いて、ユキナ。
ここに怜も加われば……。
「ふふふ」
思わずにやけた。
「ユキナのおかげで元気出たよ。ありがとう」
「そう? どういたしまして。あっ、じゃあ、お礼してくれない?」
お礼? お礼だって?
クソ、まさかそっちのパターンか? お礼を要求って……まさか高いものをねだるつもりじゃないだろうな?
ギャルという属性を見誤っていた。やっぱりこいつらは――。
「ゴールデンウィーク、あたしと遊びに行こうよ」
「へ?」
拍子抜けした。 なんだ遊びの誘いか。
ふふ、いいじゃないか。可愛いギャルとデート。あ、待てよ?
確かゴールデンウィークは大事な練習が……。
「ね……ダメ?」
「……っ!」
ゴクリと喉の音が鳴った。
見える、見えるぞ谷間が!!!
卑怯だ。その谷間は卑怯なんだ!!!
容易く僕の鋼鉄の意志をほぐし、
「ま、まぁ……ユキナがそう言うなら」
一日くらい大丈夫さ。僕はエースなんだ。練習だってこれまで真面目にやってきたし、たまにサボったって神様も見逃してくれる。うん、大丈夫だ。
それにかわいい子にそんな風に言われるのも悪くないしね。
「ふふ。フフフ」
「こらっ。進藤君! 何笑ってるの! 資料はちゃんと読んだの?」
「っ、読みました」
「じゃあ、注意事項説明して!」
「え、えっと……」
「読んでなかったんでしょ?」
「す、すみません」
なぜか僕だけ、養護教諭の藤本先生に怒られ、周りからも笑われてしまった。
後で気がついたが、美月を誑かしているのが汐見だということを言っていなかった。
────────
昨日、いくつかご感想で頂き、補足を追記しましたが、念のためこちらでも追記致します。
ハーレムタグは、ちょっとした事情で途中から外していましたが、現在はタグを復活させております。
そこまで深く考えず、お楽しみ頂ければと思います。
まだまだ続きますので、引き続きよろしくお願いします!
コメント、レビューなどお待ちしております!
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