第16話 ギャルだって豹変くらいする

 忘れかけていたノートに書かれた『S』の文字。

 瀬名さんでなければ一体誰か。クラスメイトで下の名前で『S』が付く子を探しても結局、分からなかった。


 それなのに、先ほど聞いた彼女の名前。

 セツナ。雪那と書いて、セツナ?

 友達が呼んでいたユキナとは一体なんだったのだろうか。てっきり俺もそう思い込んでいた。


 もし、このノートの持ち主が彼女であれば……。

 いや、まだそうと決まったわけじゃない。内容的にも腑に落ちない部分は多く残る。


 例えば、長らく離れていたとか、ね。

 瀬名さんには当てはまる部分はあるけど、彼女には当てはまらない。

 なぜなら彼女は俺や進藤とは別の中学校出身だからだ。


 後は……この記述か。



 ──彼のために見た目も全部変えた。



 この記述が事実だとするならば、ギャルになる前はどんな見た目だったのだろうか。

 それも気になるが、変えたとして、なぜギャルなのだろうか。

 考え出したら気になりだして仕方ない。

 そういえば、瀬名さんも確か小学校の頃は少年みたいな感じだったよな?


「お待たせ」


 声がした方へ視線を向けるとそこには不機嫌そうな表情をした制服姿の折原さんがいた。

 体育が終わってから、呼び出しを食らった俺は人気のない校舎裏へ。


 こんなん告白かカツアゲの二択しかない。

 多分、告白はない。だって折原さんは進藤が好きなんだもの。


 カツアゲもないとは思うけど、脅しは十分あり得る。


「まぁ、座ってよ」


 コンクリートで作られた少し段差のある部分に彼女は腰掛けた。その隣に手をポンポンと叩く。

 彼女に促されるまま、俺も隣へ。


「なんでそんな距離空いてんの? もっとコッチきなよ」

「……はい」


 これまであまりギャルという人種と関わってこなかったせいか、距離感がイマイチわからない。

 怖いタイプもいれば、気さくなタイプもいるだろう。

 ここまでの絡みからおそらく後者ではある。

 どんな相手も馬鹿にするようなこともないし、誰彼構わず区別せずに話す方だと思っている。


 ただ、それは豹変していなければの話だ。


「なんで黙ってんの?」

「いやー、今から脅されるのかなって」

「お、脅すわけないじゃん!! あたしは、ただ……あのことは黙っててほしいって思っただけだから!!」

「ジャージのこと?」

「……わざわざ言わないでよ」


 折原さんは顔を赤くして顔を逸らした。


「い、言っておくけど! あれは気になることがあっただけだから!! 全然そんなんじゃないからね!?」

「わ、わかってるって。安心してくれ。別に誰にも言わないから。もちろん、進藤にもな」

「そ、それならいいけど」

「……」

「……」


 否定されればされるほど、怪しいんだけども。

 それにしても気まずい。なんだこの空気は。今日はこれで話終わりだろうか。ここでお暇いただいてもいいだろうか。


 ……そんなわけにはいかない。


 とりあえず、ここはチャンスだ。曖昧になったノートのこと。瀬名さんが候補から外れた?ため、次点で彼女である可能性が高い。


 ゴクリと少し喉に音を鳴らしてから隣の彼女の様子を伺う。

 まずは聞けるところから聞いていこう。


「あのさ」

「何?」

「えっと今日の体育の前さ。宮島さんが折原さんのことセツナって呼んでた──」

「聞いたの?」

「っ」


 ギロリ。有無も言わさず圧力で折原さんはこちらを睨みつけた。

 そこには彼女の本当に聞かれてほしくなかったという、悲しみも感情も含まれているように思えた。


「えっと、ごめん」

「……別に謝らないでいいし。折原。雪に那智勝浦の那でセツナ。それがあたしの本名」

「……那智勝浦」

「知らないの? 那智の滝とか有名じゃん。常識でしょ」

「聞いたことはある気がする」


 申し訳ないことに詳しくは……。

 偏見かもしれないが、ギャルに常識を問われたことがなんだか悔しい。


「知らなかったでしょ? あたしこっちの名前イヤでユキナって呼んでもらうようにしてたし。自分でもそう名乗ってた」

「そうなった理由とかあったりするのか? あまり聞いてほしくないことかもしれないけど」

「……だって、厨二くさいじゃん」

「……」


 それだけ?

 なんだか拍子抜けだ。もっと深い理由があるのかと思って身構えてしまった。


「な、なんか言ってよ! どうせ、君もあれでしょ? 恥ずかしい名前とか思ってるんでしょ!?」

「いや、思ってないって。いい名前じゃん」

「っ」

「俺はユキナもいいと思うけど、セツナもカッコいいし、なんて言うか折原さんに似合う素敵な名前だと思う」

「〜〜っっ!!」


 俺の一言に折原さんは照れたのか思いっきり顔を逸らす。

 自分で言ってなんだが、少しクサイセリフだったかも。若干の後悔が襲ってくる。


「そ、それでさ。まだ聞きたいことがあって。前にその……倫理のノート失くしたって──」

「見つけたの!?」

「っ!?」

「ねぇ? どこにあるの? ねぇねぇねぇ!!!!! 早く出して! ほら、早く!!! 出して!!!」


 調子に乗った。さっきまでの会話のやり取りから折原さんとは、軽く会話できると思ってしまっていた。


 しかし、それは誤りだった。

 俺の言葉を聞いた彼女は豹変したような見たことないくらいに目を広げ、こちらに食い入るように迫ってきた。


 いつしか、瀬名さんにも感じた狂気。

 マズった。


「もしかして、拾って中身見た……とかじゃないよね?」

「い、いや……あの……」


 あまりの眼力にそうだと言えない。

 これはやばい。このノートは、折原さんのものだったのか……!


「拾った? ねぇ、拾って見たの?」

「ひ、拾って……ないです」


 嘘をついた。いや、吐かざるを得なかった。

 生気のない瞳で見つめられ、言葉に詰まってしまったのだ。

 そうしなければ多分、明日ここに変死体が上がっていた。

 そう思わせるくらいの豹変ぶりだった。


「もう、驚かせないでよ! 失してたノート見られたかと思って焦ったじゃん!」


 元の折原さんに戻ったようで心臓が忘れていたように鼓動を取り戻す。


「あ、あはは……ち、ちなみにそこには何が?」

「えぇ? それは……もう……恥ずかしいし、言えない」

「そ、そうっすか」


 ビビりすぎて変な言葉遣いになってしまった。

 折原さんは顔をまた赤くして、そっぽを向いている。


「それでなんでそのこと聞こうと思ったの?」

「い、いや、まだ探してるのかなーって」

「当たり前じゃん。あれがないとあたし……」


 なんだか本当に切実な様子。それもそうだよな。あんな感情を綴ったノート。誰かに見られていたかと思うとゾッとする。俺が見てしまったんだが。


 未だ心臓は暴れ馬のようだ。急死に一生を得た気分だが、せっかくの機会だ。

 ここは、念の為、もう一つ確認しておこう。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。


「ちなみにその……ノートには関係なけどさ。折原さんってさ。その……進藤のこと好きなのか?」

「や、やっぱそう見える?」

「ああ……なんとなく」


 ジャージの匂い嗅いだり、私物交換してたりすればね……。


「どういうところがいいんだ?」

「えっ? それ聞いちゃう?」

「あ、ああ。言いたくないならいいけど」

「まぁ、正直に言えば、好きって言うのは違うのかも。というか、あれ。推しってやつかな! もうなくてはならない存在っていうの? そこにいるだけでいいって言うか、その人とのこと考えるだけでもう……! それにまず優しさ! あれはガチ、無自覚に人助けしてるとことかマジで卑怯でしょ? 後ね、多分努力家なところ! 誰も見てないところでちゃんと頑張ってるんだろうし、なのに自分のこと全然偉そうに言わないとことか……ほんっと好き! それにやっぱり一番は匂い! あたし彼の匂い嗅ぐだけで子宮がキュンキュンしちゃうっていうか。てか、逆に好きにならない理由ある? 無理でしょ!?」


 めちゃくちゃ早口。そして口調もなんかおかしい。

 最初に言った言葉を最後に矛盾させるのやめてもろて。

 後結構、危ない発言してたけど、大丈夫だろうか。やっぱ匂い嗅いでるじゃん……。


 これもある意味豹変か……。 

 ……というか、これ進藤のことにしてはなんか違和感がある。


「それが、に向ける感情かな」


 その目は遠く、過去の日を見ているようで何かに縋っているように見えた。


 やっぱ、この重いに応えないといけないやつですかね?


────────

日間1位、週間1位ありがとうございます!

皆様に楽しんでいただけて嬉しく思います。ただ、プレッシャーはありますが……笑

引き続きよろしくお願いします!


フォロー、星まだの人は是非お待ちしております!

コメント等いただけると嬉しいです!


※補足

いくつか感想いただいておりますが、あまりタグでハーレムが外れたのはお気にせず……。

ちょっとした都合で外しておりました。元に戻しております。

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