第4話 ノートに書かれた行動を取るのは一人じゃない

 あのウインクが示すものが一体何かは分からない。

 俺がノートを持っているということがわかっていてあんなことをしたのだろうか。


 考えれば、考えるほど頭の中で疑問は渦を巻く。

 ノートの内容はかなり衝撃的だが、普段接する瀬名さんにそのような狂気性は窺えないので余計、混乱し、恐怖する。


 とはあれ、ノートの内容、今の一連の行動からして彼女の持ち物である可能性は高いも確かだ。


 後は、その確証をどれだけ高められるか。

 もう少し、彼女の行動を見守る必要がある。


 あれ?

 だとすれば、他にノートを探している二人は一体……?


「──ッ!」


 そんなことを考え、隣をチラリと見た時、気が付いた。


「──……」


 先ほどまで読書に耽っていた黒江さんが今の進藤と瀬名さんのやりとりを見ていたのを。


 何か効果音が今にも聞こえてきそうなほど、圧倒的な雰囲気を纏い、力強く睨むその姿に思わず、悲鳴が漏れそうになった口を塞ぐ。


 これはもしかして……嫉妬?

 瀬名さんに対して、明らかに敵対の意識を向けている。

 さっき挨拶していた時は、普通に見えたが心の奥底では、別のことを考えていたのだろうか。


「…………」



 ―――彼が他の子と笑っているのを見ると、頭が真っ白になる。ありえない。そんなの耐えられない。彼は私だけのもの。誰に渡さない。気付いてくれるまで、私はずっと見続ける。たとえ何年でも、何十年でも。



 そういえば、そんな記述が。

 ノートに沿った行動は何も瀬名さんだけではなかった。


 まぁ、恋敵を睨みつけるくらい誰だってやっていると言われたらそれまでだが。


「ぅぁ!?」


 唐突にジッと進藤たちを見つめていた黒江さんが、一転。こちらに向き直り、目が合った。

 見ていたことがバレ、変な悲鳴と共に一気に冷や汗が噴き出る。


「何か?」

「い、いや……えっと……なんでもない……」

「そう」


 短く返事をすると彼女はまた何事もなかったかのように手元の本に視線を落とした。

 小説でも読んでいるのだろうか。ブックカバーを付けているので中身までは分からない。


 その後も本に集中しているように見せかけて、実際は何度もチラチラと進藤の方を見ていた。


 2年になるまで誰にもまるで関心を示さなかった彼女。

 一体何を考えているか分からないが、ある意味彼女がノートを書いたって言っても信じてしまいそうな自分もいた。

 それくらい彼女はプライベートが謎に包まれている。


 ノートの持ち主は瀬名さんかと思ったけど、そう単純にはいかないようだ。


「はぁ……」


 ここまで来るときっともう一人の彼女も、なんてことが頭をよぎる。

 彼女たちが進藤に好意を寄せていることは間違いないだろう。


 ノートの持ち主は誰か分からない。

 もし、持ち主がその想いを遂げられなければ、きっと悲惨な事態を招きかねない。

 進藤の死という事態が。


 正直、進藤なんぞどうでもいいけど、できればノートの持ち主には幸せになってもらいたい。

 あのノートに込められた必死さ。犯罪的な内容は差し引いても並々ならな想いがそこにはあった。


 ……これは俺のエゴだ。

 自分が失くしてしまった一途な想いの行く末。それを見届けたいのだ。


 だけど、他の二人もまた同様に恋破れることを考えると胸が痛くなるのも確か。


 ………進藤の罪は重い。


 ◆


「新! お弁当作ってきたよ!」

「いや、今日は食堂の気分だからいいよ」

「この前、美味しいって言ってくれたよね?」

「だって、言ったけど、流石に揚げ物ばっかりお弁当はね……いくら好きでもそんなに大量に油取れないよ」

「え、でもこの前好きって言ってたのに……」

「と、とにかく! 僕は食堂行くから。着いて来なくていいからね!」

「あっ……」


 昼休みに入っての進藤と瀬名さんのやり取り。

 教室を出たところで進藤を呼び止めた、瀬名さんの誘いを拒絶した。


 一応、進藤も周りの視線に気を遣ったのか、バレないように廊下の端に移動してのことだ。

 それを目ざとく聞いていたのは俺くらいだろうか。


 瀬名さんは一瞬、儚げな顔をして、進藤の背中を見送ると他のクラスメイトに声をかけられ、お昼を一緒に食べることにしたようだ。

 そこには取り繕った笑顔が向けられていた。




 愛とは難しいものである。

 相手のためを想ってのものでも、相手がそれを気に入るとは限らない。

 瀬名さんは進藤が好きと言ったものを作ってきたわけだが、量が気に入らなかったようだ。


 うーむ。弁当箱とは別で持っている巨大クソデカタッパー。キッチンペーパーで中が見えづらいが容器の大きさからして、相当入っているのが伺える。

 確かにあれを一人で食べるのはフードファイターにでもならないと無理だろう。


 どうも瀬名さんは、進藤のお世話を好き好んでやっているようだが、過剰な部分が見え隠れしている。


 朝、聞いた朝ごはんの件もそうだ。進藤が言うにはフルコースを作っていたらしい。

 それからのしばらく二人のやりとりを見ていたが、そんな過干渉な一面に進藤は鬱陶しさを感じているようだ。


 難しい問題である。瀬名さんには、一途な想いを貫いてほしいという反面、やり方はもう少し考えた方がいい気がする。


 好意が空振る姿は見ていて痛々しい。

 まるで過去の自分を見るようだ。


「どうした? 青い顔して」

「まぁ、いろいろとな」


 昼休みに瀬名さんの一場面を見てから、中庭移動した。

 そこで二年になって別のクラスになった友人の横田一真よこたかずまが弁当箱に入っているオムライスを頬張りながら聞いてきた。

 表面にはケチャップでハートの絵柄。

 そして隣にはその作り主である一真の彼女――神田綾かんだあやがいる。


「うまっ!」

「でしょ?」


 二人は、隣合っていちゃつきながら、楽しそうにお昼ご飯を堪能していた。

 久しぶりに昼飯に誘われたため、来てみればこれ。

 罠に嵌められた気分である。正直言って、鬱陶しい。よそでやれ。


「まぁまぁ、そんな顔するなよ。なんか悩ましい顔してたからな」

「はい、あーん」

「あーむっ。このミニトマトすっぱっ」


 ……こいつら。


「で、何に悩んでるんだ?」

「とある女子がとある男子を好きみたいなんだが……想いが一方通行でな。どうすればいいかと」

「何? 恋愛相談でもされてるの!?」


 神田が隣から興味津々に聞いてくる。いつもは一真の方しか見ていないくせにこういう話には反応が早い。


「いや、全く」

「それならなんでお前が悩んでるんだ?」

「まぁ、成り行きかな」


 あんなノートの中身を見てしまったんだ。

 その行く末が気になるのは当然のこと。例え、成就しないにしても破滅の未来だけは避けたいところ。


「成り行きねぇ……」

「神田に聞きたいことあるんだけどいいか?」

「私に?」

「ああ」

 

 目の前でイチャつかれるのは勘弁だが、せっかく目の前にカップルがいるんだ。ダメージを受けた元くらいは取っておかないとな。


「えー、なにー? 悪いけど、私は一真の女だよ?」

「言い方。別にそんなんじゃないから。もし。もしの話だけど、一真が周りからもモテて、全く神田の好意に気づかなかったらどうする?」


 同じ女性の気持ち。同じ女子として分かるものがあるかもしれないと聞きたくなったのだ。きっとノートの持ち主の気持ちを理解するためのヒントになる。


「えー?」

「それは俺も気になるな」


 神田の答えに隣の一真も期待感を持った表情で見守る。

 そして。


「気づいてくれるように、一真の周りの人間消すかも」

「ひぇ」


 一真が小さく悲鳴をあげる。


 ……ここにも重たい感情を抱えたやつがいた。


 ◆


「やっべ。忘れてた!」


 呑気に中庭で昼休みを過ごしていたが、午後一の授業は体育。

 着替えもあるので、早く行かなければ遅刻してしまう。


 一真たちと別れた後、慌てて自分の教室へと戻る。

 既に予鈴が鳴っているので、クラスメイト達はみんなグラウンドへ移動しているだろう。


 息を切らしながら、教室に入る。

 そしてすぐに自分の席にある体操服を手に取ろうとしたところで気が付いてしまう。


「……え?」

「……っ」


 教室に一人、生徒が残っていたことを。

 そしてその金髪の少女が俺の声に驚き、なんとも言えない表情で振り返ったのを目撃してしまった。

 手には進藤のジャージが握られた状態で。


 ……俺は何も見てません。


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