第4話 はて、さて


 液晶のブルーライトが目に染みて、ふと顔を上げると、いつの間にか午前三時になっていた。カーテンを締め切ってパソコンしか見ていなかったから気付かなかったようだ。

 丸山は固まった身体で伸びをし、シャットダウンさせた画面に、ジャージ姿の優男が写った。

 そのまま意識して口角を上げると、鏡のように写ったそこには清潔感がある若いお兄さんの顔が現れる。すぐに顔を作るのをやめたけれど、やっぱりそこには柔和な顔の男性が居た。

 ため息ひとつ。

 僕はそんなに怪しいだろうか。いや、怪しくないはずである。怖い顔なんてしていないし、眉間に皺も寄せていない。だのに、どうして初対面の人間は皆一様に丸山を詐欺師というのか。

 職業柄、嘘つきだ何だのの云われはあるだろうが──しかし。

「僕はそんなに怪しいですか」

 液晶に笑いかけると、鈴が鳴った。

 右横の、引っ掛けられていたフックから落ちたそれは落ちて尚、チリチリ言い続ける。

 揺れていないのに、中の玉がぶつかっているのだ。警鐘と言うには淡い音だが、郷里の御鈴おすずは暴れるように報せていた。

 ──摘み上げて引っ掛け直してやると、鈴の音を掻き消す粗野な、どんと音がした。丁度丸山から見ての左。鈴の正面側になる窓が叩かれた。


 事前情報では、華崎さんの幽霊らしきものは探すような事をするそうだが。まあ、目を付けられたのだろう。霊能力者は敵が多い仕事なのだ。その証拠にこの部屋にはスピリチュアルなアイテムがごまんとある。

「──華崎」

 わざと呼び捨てるとどんと窓が叩かれた。

 "目論見通り、あれは僕を岬さんだと思っているらしい"。──そう丸山が認識させているからこそ、あれはここへやって来ている。

「入れないでしょう。ここには霊験灼あらたかな護りがありますからね。霊能者に頼ったんです。貴女は人ではなくなりましたから」

 意思があるのか──あるだろうな。そう判断している。

 どん、ど。乱暴に、不定期に叩かれるが、ここは丸山の家だ。ここは彼のテリトリーであり、彼の防空壕である。

 丸山正直まるやままさなおが飯を食い住まうここは彼の縄張りであるのだから、部外者はそちらだ。いくら恨みがあろうと、遺恨があろうと、易々と入り込めるわけが無い。

 また伸びをしたら疲労由来の眠気がやってきて、つい欠伸をした。


 突然、物の割れる──瓶の割れる高い音がした。この部屋にある瓶は一つ。神酒だけだ。


「何が……」

 背後を向くと、そこには底の当たりからパックリ割れた瓶の欠片が散らばっていて、中央には見覚えのある御札が酒浸しになっていた。

「──なるほど、それで脅かしたつもりですか」

 ドン。ドン。ドン。次第にヒートアップする音を気にせず丸山は御神酒の欠片かけを拾おうとして、フ、と手を止める。


「結界は破られていないはず」


 そう。この部屋を護る結界はまだ保っている。なのに、何故、ピンポイントに御神酒に霊障を起こしたのか。

 ふむ、と欠片を指で弄びながら、丸山は思案し、どう定義すべきかとグチャグチャの御札を見る。

「僕の──いや、僕を経由して、部屋に──いや、そうじゃない。"僕ではない"。だとすると、」

 独り言をブツブツ呟く。こうすると絡まった思考が整頓されていくのだ。

 この霊障の原因はどうやって霊障を起こ《そう》したか、どうこの部屋という壁を越えたのか。

 少しばかりの熟考の末、丸山は一つ閃いた。

 この御札は、元々三枚のうちの一枚であり、残りの二枚は岬の元にある。ということはこれは三枚でワンセットなのだと言えるから──岬さんを経由して、御札のえにしから辿ってきたのではなかろうか。

 だとすると随分と賢しい幽霊だ。ただドンドンと体をぶつけてくる程度の霊とはとても思えない。──まあ、これは仮定なのだ。後からまた判断出来る。

 岬さんの為にも、御鈴を取り寄せるべきだろうかと少し考えて、丸山はいつのまにか集めていた御神酒の欠片を机の上に散らばせる。

 スタンドライトの黄色みを帯びた光に照らされて、欠片たちはツヤツヤと輝いていて、そのうちの一つを指で摘むと、力を込める。

 パキ、と音が鳴った。

 丸山は脆くて小さなそれ《それ》を壊してしまったのだ。

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銀幕スターにしたかった 三雨ぬめり @nmnmklll

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