0-2 

 面白い男だ。


 「……おっしゃりたいことはそれだけでして?」

 「ええ、すっきりしました。仕事の話に戻りましょうか」


 

 ロニアの家で、ロニアの目の前で、しかも単独でロニアに毒を吐く胆力。いや精神だけの話ではない。イツキというこの男、ロニアに戦闘で勝つ気で毒を吐いた。

 (面白いじゃないの)

 普通の諜報員だと思っていたが、公私を分けることなく、あえて踏み込んで己の考えを貫くこともできそうだ。利用できるならばしたいところだが、そこまでの信頼関係を築き上げるには時間が必要だ。

 だがそれもやぶさかではないと、ロニアが思うほどに魅力的な人材。このような人間をこの国はまだ持っているのかと、ロニアが心の中で感心しきりだ。

 ロニアの機微をよそに、イツキが書類の説明を始める。書類には様々なことが記載してあるが、多くが科学的なデータを示すものだ。

 「こちらが今回追う物品の詳細です」

 手際よく資料をまとめ上げたイツキが、ロニアと同じ紙を静かに読み始めた。

 「追跡する物品は「X」と呼称されている正体不明の異世界からの物品。薬品であることは間違いなく、使用者に多幸感と異常な若返りを促進するとされています」

 「こんな薬、あったかしら」

 「ご存じありませんか」

 ロニアのつぶやきを耳ざとく拾ったイツキが言葉を挟んでくる。その言葉に首肯したロニアは己の知識の限り他の異世界の情報を絞り出していった。


 「ドワーフの世界にも獣人の世界にもハイニアの世界にも、違法な薬物は存在します。またゴブリンやオークといった敵対的異種族も興奮剤として違法薬物を使用します。存じ上げないのがフィートアップとマーランダーの世界ですが……。フィートアップは噛みたばことしてアヘンに似た植物を食みますし、マーランダーはそもそもとして薬物の耐性が……」


 ぶつぶつと情報を口ずさみながら頁をめくる。Xの情報は他にも挙がっているが、基本的に顆粒状の薬品であり地球上の薬品科学では製造不能と記されている。ただし、再現実験の可否に関しては「類推だが可能」と付箋が張ってある辺り、使用技術のめどは立っている様子だ。

 入手先も面白い。防衛省が中国総領事の内偵を進めていたところ、肝心の中国総領事が急死した。しかもその死は中国本国により早急に「なかった」ことにされ、表の世界には総領事は本国に帰国したとされた。

 だが日本当局は亡き総領事の押収に成功。死因鑑定を行った内閣公安調査庁が総領事の胸ポケットから数グラムの薬物を発見。鑑定したところ「地球上の生物ではない、生物の粉末」であったことが判明。

 ラットに投与し鑑定したところラットの若返りを確認。しかし投与したラットは数日後に突如心臓発作を起こし死亡。──そのどれもが不可思議だ、ロニアにもそう思える。

 「はい、分かりません。生物組織片ならば薬物ではないのではなくて?」

 最初の印象はまさにそれ。情報がないからこそ内偵を進めるのだ、そしてそこにエルフの力が必要ならばいくらでも力を貸す。

 必要とされる殺しが認められる限りは、だ。

 「そうですか、やっぱりといえばそうですが、同じエルフの職員もそうおっしゃってました」

 ロニアの手から書類を受け取ったイツキは息を吐きつつカバンに書類を入れる。動作を目で追いつつ、ロニアは当然の疑問をイツキにぶつけた。わからないことが多いが、仕事となればまずは疑問の整理から。

 「なぜ私たちのクランの手を?」

 「簡単です、あなた方の殺しの技術は私たちにも勝る。さらにクランという殺人組織は鉄の結束で護れていて情報が漏れない」

 イツキは静かに声を絞って、ロニアに顔を寄せた。ロニアは顔を寄せることなく、音が拡散しないように気を配る。

 「──時には現地の諜報組織の力を借りることも国防には必要なのですよ。日本国であってもそれは変わらない。日本国内の事案であったとしても、ね」

 なるほど、疑問は一つ潰せた。やはりこの男イツキと所属する第六班はかなり優秀なようだ。

 そして次は。──ロニアが書類を置いた。

 「……すみません、お客さんが来たようです」

 「気づいていましたか」

 声を発しつつガンケースからライフルを取り出すロニア。イツキもロニアの行為を咎めるどころか、己の懐からハンドガンを取り出して構えた。──ドイツ製の最新鋭の拳銃だ、大口径の銃口が玄関に向けられる。

 「ちなみにですが、そのライフルは自衛隊の二十一式自動小銃ですよね?」

 「ええ」

 「どこで手に入れましたか?担当者には法の罰を与えたい」

 「まったく、襲われようとしているのに呑気な事」

 ロニアがそういいつつ耳に手をかざす。これだけでロニアの魔術が顕現。まるで視覚で物を見るかのように耳で音を「視」る。

 (革靴の音。全部で十六人。外階段に五人、廊下に六人、残りは車付近ですか)

 革靴の歩き方からして殺しに「慣れて」いないが、しかし殺しを生業とする職業。つまり日本のヤクザだ。

 廊下の六人の足音がロニアの部屋の前に立った。一人おぼつかない足音が聞こえる、管理人だろう。この男を殺してしまうとイツキの協力は得られそうにない。

 だが六人に押し入られても癪だ、先手必勝。

 ロニアがライフルを構えて、即座に射撃。銃撃が部屋に響くことなく、一瞬で五発の弾丸が金属製の扉を貫通する。悲鳴が扉の外から聞こえる、管理人の足音が遠ざかり、そしてドアがけ破られた。

 「……へぇ」

 おかしい。ロニアは「音」で全弾着弾したことを確認している。だというのに六人の男が傷一つなく部屋に押し入ってきた。それを見たイツキもすかさず拳銃を構えて発砲。今度は正常に音が部屋に響く。

 先頭を歩く大柄な男に三発の弾丸が命中した。が、その男の傷痕が一瞬で癒えていく。それを見たロニアは戦闘の男の頭にライフル弾をお見舞いした。

 男の顔上半分が吹き飛ぶ。そこまでしてようやく男の動きが止まり床に倒れ伏した。

 残りのヤクザたちも動きが止まる、恐れおののいたか。

 イツキが動く。一瞬で相手の死角に入り、ロニアに踏み込んできたヤクザの足を撃ちぬく。悲鳴と共にヤクザが倒れた、疵が再生することはない。

 (なるほどね)

 思い当たるところは多いが、それより今は現状の打破だ。ライフルを連射し一人、また一人とヤクザを殺していくロニアがテーブルにある己のスマホに飛びついた。

 イツキがその動きをカバーする。最後の一人がロニアにとびかかろうとするのを、後ろ襟をつかんで引き倒し、首の骨を拳でたたき割って絶命させる。

 「もしもし、ラクア?」

 『あ、なんだよ』

 「増援」

 『……襲われてんのか。しかもお前が手を焼く相手か』

 「アンタの部屋から、非常階段は見えるかしら?」

 ラクアという相手がロニアの電話にもぞもぞと動きだす音が聞こえる。やがてそれは金属音に代わり、チャキリという音とともに何かが完結する音が聞こえた。

 ロニアにはわかる。ラクアが別の建物からスナイパーライフルを構えた音だ。

 『たく、情報技官に狙撃させるなっての』

 「後で部屋にも着て頂戴」

 『人使い荒いなオイ』

 「誰との電話ですか!?」

 会話に乱入してくるイツキを無視したロニアが携帯を切る。これで外の連中は大丈夫。問題は内側、ロニアの部屋に転がる死体の一つにあった。否、正確を期すならばその死体はまだ「死んで」いない。

 「くそ、手際がいいな。てめぇらただもんじゃねぇだろ」

 まるで肉が体の内側から湧き出るかのように損傷した個所を修復していく。男の顔は何度も見た、最初に入ってきてイツキと共にハチの巣にした男だ。

 「出来ればこちらに集中していただきたい!」

 イツキの声にロニアは意識を部屋の内側に集中させる。男は手に何も持っていない、だがその体躯から強烈なパワーを発揮することは容易に予見できる。そして人間らしからぬその再生力。

 まるでスライムでも見ているようだ、この男はスライムでも食べたのだろうか。

 要らぬ考えを排斥し、一瞬でライフルを構えなおして男の頭を撃ち砕く。再び行動を停止した男に、容赦なくイツキもけん銃弾を浴びせていった。

 「弾薬が惜しいのでなくて?」

 「私の弾丸はすべて公費で落ちますからね!」

 「スライム男を殺すために高い税金を払っているのではなくってよ!」

 言い争う時間が惜しい。惜しみなく一マガジン、ライフル弾を浴びせたロニアは、それでもなお目の前の男が頭と体の三分の一を穴だらけにされて動き出すさまを見て本気で驚いた。

 「これは、スライムというよりは」

 「なんですか?」 

 「後にしましょう。──離れてくださいませ」

 イツキに退避を促し、ロニアはライフル銃を下ろした。かすかに脱力し精神統一。

 そして両手を合わせて、たたく。

 それだけだ。一般的な物理法則ならば手を叩く力に見合った音が鳴る。それだけ。

 ──だが、ロニアが魔術を行使して放ったそれは、波の戦車砲の威力すら上回る。ロニアが魔力を己の手に注力し、手を叩いた瞬間発生する音の波を、空気を振動させる周波全てを、加速度的に増幅させる。 


 結果起こったことといえば。


 ロニアの拍手が爆音となって部屋を吹き飛ばし、再生し続ける男を襲った。男を弾丸のような速度で部屋からたたき出した。内装ごと吹き飛んだ男が鉄コン製の外手すりすら貫通し、駐車場へと吹き飛んでいく。残ったのは放射状に部屋のあれこれが吹き飛んだあとと、耳を抑えて呆然とするイツキと、平然とした顔のロニア。

 「これで死なないならば、あの男はドラゴンの生肉でも食べたのでしょうね」

 「……ジークフリートですか」

 「あら、この世界にも似たような神話があるのですね。ですが」

 おそらくイツキはロニアの声が聞こえていない。読唇術で言葉を呼んだだけだ。イツキの耳からも血が流れ出ている、病院に連れて行かなければ。

 「貴方様がまた私の声を聞こえるようにあった後、この話は再開しましょうか」

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきていた。


 その後現場は内庁と公安に引き継がれ、ロニアは一時警察所へと連行された。

 だが「第六班」が絡んでいると知れ渡ると一瞬で解放され、ロニアは自ら吹き飛ばした部屋へと舞い戻った。

 残されたのは部屋の掃除と大家への説明。後者は第六班が「ガス爆発」の報告書を大家に提出し、さらに「見舞金」を大家に握らせてくれて事なきを得た。

 数週間後、イツキが回復したと連絡があった。

 ロニアの部屋がすべて「公費で」修繕された後だった。

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