第3話 酔いどれ冒険者の作り方

 デンはチヨと分かれた後、冒険者ギルドの建物が数多く集まる街の一角へとやってきた。

 その数あるギルドハウスの中の一つ、外観を狩った獲物の骨で飾り立てた異質な建物に向かってデンは真っ直ぐ歩いていく。


 そこは冒険者ギルド『狒々王の手モンキーグリップ』のギルドハウス。このギルド、アルトムでも三本の指に入る大規模冒険者ギルドである。


 この冒険者都市アルトムの周辺はダンジョンの群発地帯として知られ、雑草が生えるようにダンジョンがポコポコ生まれる土地なのだ。

 そのダンジョンから魔物が溢れ出ることもあり、多くの国がこの土地を持て余し冒険者が集うアルトムにこの一体の管理を任せているのだ。

 ゆえにアルトムは冒険者都市と呼ばれることもあり、冒険者のメッカとして多くのギルドがアルトムに拠点を置いているのだ。


 そのなかで三本の指に入ると言えば間違いなく世界でも有数の冒険者ギルドと言える。

 内部も狩ったモンスターの剥製や、使い古された武器や鎧で飾り立てられ、依頼クエストボードや、それを精査する受付スペースの他に食堂兼酒場も併設されている。


 ギルドの中はまだ朝方とあり穏やかな空気が流れ、冒険者が数名、食堂でのんびりと談笑をしていた。

 その空気を引き裂くようにバーンッ!!と大きな音がギルド内に鳴り響く。


 デンがスウィングドアを勢いよく開け放ったのだ。

 その音に驚いた冒険者達が何事かと入り口に目を向け、デンの来訪を知る。


「げっ!デン!!」「デンが来たぞ!マスターをたたき起こせぇ!」


 デンの姿を確認したとたん、ギルド中が慌ただしくなる。


「ガハハハ!!そうじゃ!ワシが来たぞ!」


 そんな様子を気にすることなくデンはズンズンと食堂へ向かう。すぐさま受付の女性がカウンターから出てデンの行く手をはばんだ。


「あのぉ……デン様。今日はどのようなご用向きでしょうか?」


「ガハハハ!チヨの学校が終わるまでの暇潰しじゃ!!」


 そう言うと、奥へ進む。が、ヒラリと受付嬢が身を返し再びデンの前へ再び躍り出る。


「すみません。こちらの食堂はギルドメンバーの者使用可能でして……誠に申し訳ないのですがデン様は……ちょっと……」


 何とか穏便に帰ってもらおうと、やんわりと注意をする。そうなのだ。デンはこの冒険者ギルドに所属してのだ。


「ガハハハ!大丈夫じゃ!心配いらん」


 何の根拠か分からないがデンは自信満々に受付嬢の横を通り奥へと進んだ。受付嬢は「はぁ……」とため息をつき、うずき出した頭痛を和らげようとこめかみを指で揉む。


 席に着いていた冒険者はデンと目を合わせてはならないとテーブルの木目を数えるようにジッと下を見ていた。

 しかし、そんな者は関係なし、とデンは二人組の冒険者が座るテーブルへ無遠慮にドスンと腰かける。

 駆けつけ一杯大声で「酒じゃー!!一升瓶いっしょうびんごと持ってこんかーいっ!!」とギルド中に響き渡る大声で注文を入れた。


 その大声に二人の冒険者がビクッと肩を上げる。


 この冒険者、一人は戦士職のカール。もう一人は魔術師のスント。どちらも若いながらA級に数えられる有能な冒険者なのだが、世界最強デンの前では借りてきた猫のように大人しい。


「よう!景気はどうじゃ!?」


 突然、デンは二人に話しかける。もちろん面識はない。恐縮しきりの二人は「はぁ」とか「まぁ」とか曖昧な返事をするだけ。


「どうしたんじゃ!?元気がないのお」


 デンは顎に生える無精髭をジョリジョリ撫でながら二人の顔を見る。


「デ、デンさんのお酒、おっ、おそいなー。あの……おれ、デンさんの酒を取ってきます!」


 カールはデンと席を共にするプレッシャーに耐えかね、ガタン!と勢いよく席を立った。

 生贄いけにえのように一人残されるスント。

 食堂のカウンターへ出来るだけゆっくりと歩みを進めるカールの背中にスントの怨みがましい目線が突き刺さる。


(どうしてぇ……)


 泣きそうになりながら、スントはデンの様子をうかがう。するとデンとバッチリ目があってしまった。

 デンは不敵にニヤリと笑う。


「のお、あんたは魔法使いかい?」


「はあ……一応は」


 質問の意図が分からず、スントは曖昧にぼんやりと答える。


「あのよお、ワシの娘が水魔法を使えんのじゃと。何でじゃ?」


 とてつもなく漠然ばくぜんとした質問。「そんなの理由は色々あるだろ!」と内心叫びたくなるがなんとかその欲求を抑える。


「えっと……デンさんの娘さんって竜人のですよね?」


 デンは良くも悪くもアルトムで知らぬ者はいない有名人。おのずとその一人娘のチヨも皆に知られていた。


「おう、そうじゃ!チヨうてなあ。今年で8つになる、ワシのかわええ娘じゃ!」


 「ガハハハ」と上機嫌で笑うデン。


「たぶんなんですけど、チヨさんは赤竜レッドドラゴンの属性を濃く継いでるんじゃないですかね?」


「なんじゃ、その言うんは?」


 冒険者ならば、常識も常識。火ならば赤、水なら青、聖なら白と言うように強い属性を持つドラゴンは外見にもその色が反映されるのだ。


 その事をデンに伝えると――


「ガハハハ!!ほうなんかい、初めて知ったわい!いやあ、竜言うやつぁ難儀なやっちゃのお!あげなやつぶん殴って終いじゃ思っとったわ」


 この話を聞き最強の男は常識の埒外らちがいの存在なのだと、スントは実感した。

 普通、ドラゴンと対峙する際は相手の属性を綿密に調べパーティーを組みながら弱点を突きつつ戦う。それでやっと対等と言える戦いが出来るのだ。

 それを殴ってお終いとは……


「ほれは分かったけど、なんでチヨは水魔法が使えんのじゃ?」


 ズデッ!


 スントは椅子から滑り落ちそうになる。どんだけ察しが悪いんだ!内心デンに突っ込みを入れる。

 が、コホンと咳払いをして子供でも知っている事を説明をすることにした。


 右人差し指に魔法で小さな火を灯す。


「これ消すにはどうします?」


「こうじゃ」


 ジュ……


 間髪入れずデンはスントの指先の炎を指先で摘まんで消す。


 思った答えと違いすぎてスントはまたもこけそうになる。デンに質問をしてはダメだ。


「これが火属性の魔力です」


 そう言ってもう一度指先に火を灯す。


「それで、こちらが水属性の魔力です」


 反対の左の人差し指に今度は魔法で小さな水の塊を浮かべる。


「普通、火属性の強い人が水魔法を使おうとすれば……」


 指先の火に水を近づける。その瞬間水はジュッと音を立て火を消してしまう。残った水は小さくなったものの一応の形はとどめている。


「それで、チヨちゃんが水魔法を使おうとするとこうです」


 さっきと同じように左右の指に火と水を浮かべる。今回は火の勢いが先ほどより若干強い。

 左右の人差し指を近づけると、ジュウゥゥと音を立てて水が蒸発してしまった。


「チヨちゃんの魔力が火にかたよりすぎて、水の魔法を打ち消してしまってるんだと思います」


「おお、なるほどのお。よお分かった。お前は頭がええのお」


 デンはバシバシとスントの肩を叩きながら、褒める。


 そのタイミングを見計らってカールが一升瓶を抱えて戻ってきた。酒の銘柄めいがらは「火精霊の舌イフリートタン」。どこの酒場にも置かれる度数が呆れるほど高く安価な酒だ。

 デンはそれを受け取ると、テーブルに置かれたカールとスントのコップになみなみと酒を注ぐ。


「これは、ええこと教えてもらった礼じゃ!遠慮せず飲めえ」


 デンは一升瓶にそのまま口を付けてグビグビと水のように飲む。


 二人は水面張力ギリギリにがれた酒に手をやり、互いの顔を見合わる。

 「はぁ……」とため息をつき合い、これから受けようと思っていたモンスター討伐の依頼クエストを諦めコップを一気に煽る。

 アルコールが食道を焼くように胃に落ちていく。腹の中でマグマが煮えたぎっているのかと錯覚するほど強力な酒。

 しかし、「火精霊の舌イフリートタン」の本領はここから。本来ならば水で割るのが主流だが、原液で飲めば――


「「ゲプッ」」 ボオォ!


 ゲップと共に炎があがる。これが「火精霊の舌イフリートタン」たる所以ゆえんだ。


「ゲェェエエプ!!」 ボオオオンッ!!


 デンはひと際大きな炎を口から吐き出す。


「ガハハハハ!!美味いのお!!お前たちも見とらんでこっち来て飲めえ!!」


 仲間の成り行きを遠目で見ていた冒険者たちもデンに手招きされ、渋々コップを持ってやってくる。

 皆デンの指示に従ってテーブルに自分のコップを置く。

 デンは、こぼれることをちっとも気にせず集まったコップにジャバジャバと酒を注ぐ。全てのコップに酒をちょうど注ぎ終わると酒瓶が空になってしまった。


「ありゃ?もう無あなったか!よしっ、お前ここにある酒全部持って来い」


 デンに指さされたカールは顔を真っ赤にしてズビッと敬礼をキメる。


「あい、持ってきまーす」


 よろよろとテーブルにぶつかりながらバーカウンターへと駆け足で向かう。


「ほいじゃ、全員コップ持ったかぁあ?」


「「「……はーい」」」


 皆の暗い返事がギルドの中に木霊する。逆にデンは朝から酒盛りができると意気揚々。


「乾杯じゃーーー!!」


 ガン!!やけくそでコップをぶつけ合い、そして皆一気に酒をあおる。しばらくすれば所々でゲップと炎があがる。

 

「ガハハハハ。宴じゃ宴じゃ!!」


 いまだ日は東。『狒々王の手モンキーグリップ』には、酔いどれ冒険者たちの断末魔のゲップと、デンの楽しそうな声が響き渡る。


――――――――――――


狒々王の手モンキーグリップ』のギルドマスター・ゴクーは受付嬢からデン襲来の知らせを受け寝間着ねまきのまま大慌てで自宅を飛び出した。


 息も絶え絶えギルドへ駆けつけたが時すでに遅く、ほとんどの冒険者が酩酊めいてい状態で床に倒れ込んでいた。しかも、壁やテーブルがなぜか焦げている……


 その混沌の中ただ一人デンだけが未だ上機嫌に酒を煽っていた。


「デーンッ!!これはどういうことだぁ!!」

 

「ガハハハ。おう、ゴクーのおっさん!よお来た、よお来た。お前も酒を飲めい」


 ガシッ!


 肩を組むと本日五本目に入ったばかりの酒瓶をゴクーの口に突っ込む。元S級冒険者のギルドマスターであっても、デンの前では赤子同然。万力のような腕で押さえられ身動き一つできない。


「ウガッ!うぐっ……うぐッ」


 排水溝に水が吸い込まれるように火精霊の舌イフリートタンがゴクーの腹の中へ。あっという間に酒が腹の中に流し込まれた。

 デンは空になった空き瓶をテーブルにドン!と置きゴクーと組んでいた腕を弱める。


 アルコールで目の回ったゴクーはそのまま床に大の字に倒れこむと――


んげぇぇぇぇぇえぇええええええっぷ!!ボォォォオオオオオオオオオオオ


 今日一番のゲップ《ほのお》を上げた。


 それを見てデンは「ガハハハ」と大笑い。


 受付嬢は、静かにギルド入口へと向かうと本日臨時休業の立札を扉にかけるのであった。


 

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