第2話 チヨと登校

 半ば強奪したパンを食べながら、学校へと続く道を歩くデンとチヨ。


「チヨは何パン食べよるんじゃ?」


「ミルクパン。とおっても甘くておいしいの」


 ほっぺ一杯にパンを詰め込んで幸せそうにチヨが笑う。

 デンは自分の持っているバゲットとチヨの持つミルクパンを交互に見る。

 デンの持つバゲットは量だけは確かにあるが、固くモサモサで美味くはない。

 片やチヨの食べているパンはフワフワの生地にテリテリの表面。ミルクの甘い香りがする実に美味しそうな焼きたてパン。


「なあ、チヨぉ。ワシのパンと交換してくれん?」


「いやよ!あむッ、あむあむ。……モグモグ」


 チヨはもらったパンをデンに盗られまいと一気に頬張る。


「あー、全部食いおった!!」


「んぐんぐ。……ケプ。パンなんだから食べるのは当たり前でしょー。べー」


 チヨはどこかで聞いたようなセリフをアカンベーと一緒にデンに投げ掛ける。


「ええもんねえ。ワシのパンの方がデカくて強いんじゃ」


 謎理論で自分を納得させ、デンも残っていた大きなバゲットをこれまた大きな口の中に放り込んだ。


「んぐんぐんぐ…………がはっ!!パッサパサじゃ。み、水が欲しいのお。チヨ水魔法は使えんのか?ちょいとワシの口ん中にぶっ放してくれ」


 デンは、水をくれとヒナ鳥のようにチヨに向かって「ンガー」と大きく口を開ける。


「無理よ。アタシ水魔法は使えないもん。その代わりアタシは火魔法の才能があるんだって先生が言ってた」


「なんじゃあ、センコーのヤツ。手ぇ抜いとるんとちゃうか?チヨならどんな魔法も使いこなせるじゃろ。今度ワシが文句言っといちゃる」


 デンは水のことなどあっという間に忘れて、チヨの先生に腹を立てだした。

 このままだと本当に教師に文句を言いかねない。それだけならまだ良い。デンは実力行使と言う名の暴力まで出かねないのだ。


 チヨは力いっぱい自分の太い尻尾でデンの背中をバチンと叩く。


「やめてっ!!アタシ学校に行けなくなっちゃうじゃない!!もしそんなことしたらデンのこと、うらむからね」


 叩かれたことは一切気にはならないが、チヨに恨まれることは在ってはならない。デンの怒りの炎はあっという間に鎮火した。


「ほうかぁ……わかった。チヨがそこまで言うなら今回は勘弁しといちゃる」


 チヨはホッと一息つく。これで学校の平和は保たれた。


 今日も冒険者都市アルトムは快晴。ピッカピカの日差しの下、デンとチヨは並んで石畳の道を歩く。

 デンは横目でチヨがどんな様子かチラリとうかがってみる。


 特に変わった様子もなく、まっすぐ道の先を見据えて歩くチヨ。その背筋はピンと伸び、ドラゴンの尻尾が左右に振れる。機嫌は悪くないようだ。

 1・2・1・2と規則正しく上下に振られるチヨの腕。


「……なぁ、チヨ。手え繋いでみんか?」


「えー!?いやよ。デンと手をつないでるとこなんか友達にみられたらはずかしくて死んじゃう」


「ほうかあ……」


 デンはしょんぼりと肩を落とし、歩幅も小さくトボトボ歩く。

 今度はチヨがその様子を横目でうかがう。大の大人が情けない。


「……はぁ。しかたないなあ。ちょっとだけよ。はいっ」


 そう言ってチヨは左手をデンに差し出す。

 それを見てデンは先ほどの落ち込んだ様子から一転「ガハハハ」と笑いながらチヨの手を取った。

 一瞬で上機嫌に変わる、単純さ。


 デンの大きな手がすっぽりとチヨの手を覆い隠す。

 デンは自慢するかのように繋いだその手をブンブンと振り回した。


「ガハハハ。チヨは手もかわいいのお!!」


「ちょっと!そんなに力いっぱい手をふりまわさないでよ。ちぎれちゃうわ」


 少し顔を赤くしながらデンに苦情を言うチヨはそれでも握った手を離すことはしなかった。

 デンも振る腕を小さくするが、その顔は未だご機嫌であった。


 しばらくそうして歩いたが学校に近づくとチヨは、デンの手を振りほどく。


「なんじゃあ、もうお終いかぁ」


「だってもう学校だもん」


 そう言って通りを曲がれば、チヨと同年代の子供たちがチヨと同じようなカバンを肩にかけ同じ方向に歩いていく。

 登校する児童の群れの中、二人の男子がチヨを見つけるとこちらに駆け寄ってきた。


 一人は金髪を短く刈上げ、真っ白なえりのついたシャツにサスペンダー付きの半ズボン。その小綺麗な身なりからある程度の金持ちの息子だと一目でわかる。


 この少年はアルトムきっての大店おおだなの一つガルダラス商会の一人息子ティム。チヨと同じクラスに通ういじめっ子である。


 もう一人はティムの腰巾着、カズー。坊主頭にいつも鼻を垂らして、身なりも平民そこそこのヨレタシャツにズボンという出で立ち。


 そんな二人組がチヨの目の前に来る。


「やあ、おはよう。チヨ」「やあ、おはよう。チヨ」


 ティムの後に続いてカズーが挨拶を真似する。彼らの言葉の中には明らかにチヨを見下す嘲笑ちょうしょうが含まれていた。


「……なんの用よ」


 毎度チヨを見つけては絡んでくるティムに警戒してチヨは冷たい口調で対応する。


「別に用なんてないさ。それより今日は仲良く父親と登校かい?プププ」「登校かい?プププ」


 その言葉の中には「8歳にもなって」という嫌味が見え隠れする。


「たっ、たまたまよ。偶然そこであっただけ。仲良くなんてないわ!!」


 チヨがムキになって反論すると、デンがチヨと肩を組む。


「なんじゃあ、冷たいのお。仲良うしようぜえ」


「ちょっと!デンは黙ってて」


 そう言うとチヨは肩にかかったデンの腕からスルリと抜け出す。


「アッハッハッ。今度はケンカかい?まったく親子そろってヤバンだなぁ」「ヤバンだな」


「はあ……もういいわ。かってに言ってて」


 ティム達の嫌味はいつものこと。チヨは二人を無視して学校へ歩き出す。

 ティムはチヨの態度が気に入らず、去っていくチヨの背中に心ない言葉を投げ掛けた。


「見ろよ、僕のこの金髪。それにこの青い目。お父さんと同じなんだ。それに比べてお前は全然父親に似てないよなぁ。なんでかなぁ?」「なんでかなぁ?」


 ティムはチヨが『』であるいう事実を気にしていることを子供ながらに感じ取っていた。

 しかし、チヨにとってはこの程度の嫌味は日常茶飯事。いつもなら少し心がザワつくだけで無視できるのだが今日は違う。


(だめ。今日はデンがいるのに!デンゼッタイにティムをゆるさないわ)


 そうチヨは確信しデンを止めるため身構えた。が、しかし。


「ガハハハ!お前よう分かっとるのお!!そうじゃ、チヨはワシに似とらんじゃろ?」


「??」


 予想に反してデンは上機嫌。チヨもなんならティムもカズーもデンの態度に驚いていた。


「いやあ、チヨがワシに似んで良かったわい。見てみぃ、こんなかわええんじゃ」


 そう言って自慢げにチヨの頭を撫でる。


「ちょ、ちょっと。やめてよ」


 グリグリ頭を撫でられるがチヨは頭を少し揺するだけの抵抗でされるがままだ。


 渾身の嫌味も思った効果が出ないティム達は面白くなさそうにデン達の横を通りすぎようとした時、「ちょお待てぇ」とデンがティムとカズーを呼び止める。


「お前らぁ、もしかして……」


「ゴクリッ」「ゴクリッ」


 二人は生唾を飲み込む。


「チヨが好きなんか?」


 突然の発言に動揺するチヨ。ティムとカズーはずっこける。


「なななな、何言ってんの!?バカじゃない!?」


 チヨはその言葉を聞いて、顔を真っ赤にしてデンを怒る。


「へ??」「へ??」


 ティム達は質問の意味が分からずキョトンとしている。


「ワシゃあ許さんぞ!!チヨは誰にも渡さーん!」


 何を勘違いしたのか、デンは怒りだしてしまった。思わぬ怒りにチヨの初動が遅れる。

 その隙にバコンッ!バコンッ!とデンはティムとカズーの尻っぺたを蹴り上げた。


「痛いぃ!!」「痛ぁっ」


 驚きと痛みで二人は半泣き状態。その顔を見てデンは勝ち誇る。


「ガハハハ!どうじゃ、参ったかー!!!チヨは渡さんぞお!」


「おっ、覚えてろよ。パパに言い付けてやるからな!!」「な!!」


 最後のプライドを振り絞ってティムはデンに親頼みの情けない啖呵を切った。それに答えデンはギロリと睨みを効かす。


「おう!!誰でも連れてこんかい!ワシが相手になったるけぇのお。どこからでもかかってこいや!」


 世界最強の男が大人げなく、8歳の子供と喧嘩をする。例えティムが本当に父親に告げ口をしたとて勝ち目はないだろう。


「うっぅぅ……お、覚えてろよー」「覚えてろよー」


 タタタタタ……とティム達は走り去っていった。その後ろ姿をみながらデンはガッツポーズを取る。


「おーし、勝ったどー!どうじゃ、チヨ!?ワシ、強いじゃろ?かっこええか?」


「かっこいいわけないじゃない!デンのバカッ!!」


 そう言いながらチヨは学校へと駆け出して行った。


「頑張って勉強せいよーー!!ガハハハ!!」


 デンはその後ろ姿に大きな声で声援を送る。登校中の他の児童達が何事かと振り返るが、デンは気にすることなくブンブンとチヨに向かって手を振った。


 しかし、チヨは振り返ることなく校門の中へと消えていく。デンには見えないがその顔は恥ずかしさと少しのがごちゃ混ぜになった複雑な表情なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る